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 バスティアが向かっていたのは自宅のマンションだった。

「待ってよ!」

「どうして、どうしてついてきたの!」

 バスティアは壁を何度も叩いた。その勢いは徐々に落ちていき、最終的には壁にもたれた掛かるようになってしまった。

 対照的に俺の気持ちは酷く落ち着いていた。

 襲撃犯が堂々と襲ってきた事は驚いたけれど、知っている事実に驚けるほど俺は自分の演技力に自身は無い。

 実際ダメダメな演技を今現在進行形でやっているけど、バスティアに演技かどうか見分ける余裕なんて存在しやしない。

「あの、リュシェール様、ご、ごめんなさい。貴族だと知らずに無礼をお許しください」

「お願い、お願いだから、リリアナまで、そんな風に私を扱わないでくれ」

 涙が臨界点を超えて溢れてくる。一度出てしまった物は止めることができず、次から次へと流れ出ていく。

「私は、ただ、友達が欲しかった、だけで」

 ぼろぼろと泣き崩れるバスティアの肩を軽く抱き頭をなで、言葉を紡ぐためのタイミングを待つことにした。

 頭をなでながら俺は別のことで頭がいっぱいだった。

 どうやってバスティアに勝つべきなのか。

 信用は十二分に築いた。こんなに信用されるとは思っていない、ただ、ちょっと情報を手に入れられれば良かっただけなんだ。

 こんな事になるなんて俺は想定していない。

 俺が倒す相手は、ノブレスス第一部隊隊長で、ネージュ派閥党首で可憐で美しい少女じゃないのかよ!

 こんな寂しがり屋のか細い少女を倒せって言うのかよ?

 バスティアが泣き止むのを確認する。演技を続けなければならない。

 でもそれは誰のために?

「友達でいいのでしょうか」

 誰のための言葉?

「友達じゃなきゃ、嫌だ」

「でもバスティア リュシェール様なら」

「バスティア、って呼んで」

「バスティアなら私でもなくてもお友達はできたよ」

「違う、誰も私の事なんて求めていない。

 皆が求めているのは兄様や父様のような偉大な指導者だ。

 私じゃ無い。

 だから偉大な指導者を演じなければならない。

 そうやって作られた私は焚き火だ。

 周りにいくら人が集まってきても私に触れようとはしない。

 本当の私は薪で燃えるために引き裂かれていく

 だから、友達なんて出来ない。誰も私を知らない。好きになろうとはしない」

「私、バスティアのこと大好きだよ」

「私、こんなに弱くて、嘘つきなのに?」

「うん。カワイイものが好きで、犬が好きで、私の事を守ってくれるバスティアが大好きだよ。貴方の事をもっと教えて」

 バスティアは少しだけ頭を動かし頷いた。




 そう言うわけでなし崩し的に俺はバスティア家にお泊まりする事になった。『もっと教えて』なんて言った後に、

「あの、泊まっていって」

 と言われてどうやって拒否をすればいいのでしょうか?

 エントランスを通り抜けてエレベーターで七階にまであがり扉が開くと玄関だった。そういやロリスが七階を借り切っているみたいな話をしていたな。

「お帰りなさいませお嬢様」

 本物のオリヴィアヴォルダーレン嬢が出迎えてくれる。笑顔なのだが、どこか怖さを感じる。裏側に何を隠しているか解らないからだろう。

「あぁ友達だよ」

「リリアナ ヴェスです」

「あぁお友達でしたか。これは失礼しました」

「二人きりで話をしたい」

「解りました。ではお茶とお茶菓子だけお持ちします。」

 頭を下げるとオリヴィアはそそくさと台所に向かったようだ。

 さすが、我が家の自称ヒキコモリメイド女神とは練度が違う!

 バスティアにリビングに通されると圧巻するしか無かった。

「夜景―――」

「すっげえええええ広いです! 大理石? 大理石!? ふぉおお!!! ソファーすっごいふっかふかだ! この花瓶すっごい奇麗だけどやっぱりブランドもの!? ってか犬ぐるみ超でかい上に三体いる!?」

 豪華が豪華で豪華に豪華でした。自分の語彙の貧相さに絶望。

「そっちなの?」

「何か言いましたか?」

「ほら、夜景見ようよ」

 バスティアに誘われて窓から景色を見る。

「奇麗です」

 言ったのでは無くて思わず漏れてしまった。

 窓からは町が一望でき街灯の光がきらめいている。

「私この家って嫌いなんだ。ぬいぐるみで埋め尽くしても広いもの。でもこの景色だけは好き」

「はい。ねぇプレクス学園ってどんな場所なんですか?」

「聞いてもあんまり楽しくないよ。それよりもリリアナのバイト先の話をまたしてよ」

「えぇ良いですよ」 


 そうして俺たちは自分の話を始める。俺はプレクスが迂遠に行く前の自分の話をちょこちょこ改変させた話。バスティアは本当の自分の話。

「来週私は決闘をする」

「大丈夫ですよね?」

 沈黙。

 喋らないということは、可能性すべてを内包してしまう瞬間がある。

 そしてその可能性は俺のこれからすべてを左右しかねない。

 息をのむ。

「ネージュから魔法を授かったなんて嘘つきだけど、魔法使いとしての素質は天才と言って差し支えが無い。本当に女神の加護でも受けてそうだ。でも負けることは無いよ」

 本当に加護を受けているんだけどな。俺は右手の甲を見る。魔法で隠しているが今でもくっきりとネージュの紋章が刻まれている。

「何か作戦でも」

「私には聖杯がある。精神と記憶の聖杯、これで兄様の記憶を私の中に入れれば、私は兄様のように振る舞える。いつも魔法を教えていたのは本来の私の魔法で、学校で使っているのは兄様の魔法だ」

 だから固有魔法が二つ使えるのか。

「なら大丈夫ですね」

「…あ、あぁ大丈夫だよ」

 しかし妙に歯切れの悪い返答だ。口はあるけど手助けしてくれない女神よりも、口も手足も無い聖杯の方がよほど役に立つだろうに。

「あの、一緒の布団で、寝てくれない、かな」

 視線を少しだけそらし上目使いで恥ずかしそうにバスティアは言った。

 俺が勇者になって欲しい物なのだが、

 女の子と女の子の友情を育んだ結果で欲しいとは言ってない。


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