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俺とバスティアは毎日夕方の公園で会うことになった。
「今日は魔法を教えるね」
俺と話すときのバスティアは学内で見せる高圧的な態度は一切見せない。どこにでも居る女の子としての振るまいを自然にこなしている。
あるいは学内での態度こそが仮初めなのかも知れない。
「よろしくです」
女の子っぽい喋りをしようと思えば思うほど、なぜかロリスっぽい口調になってしまう。もちろん罵倒はしないけど。
「……君の喋り方、後輩を思い浮かぶよ」
「そうなんですか?」
「うん。君と容姿も似てるからもしかしたら親戚かもよ」
「一度会ってみたいですね」
「あぁ、でも彼女はアレだ気むずかしいからね。まぁそこも可愛らしいと言えば可愛らしいんだけど、でも君みたいな繊細な子だと傷ついてしまいかねない」
……その子は毎日俺の事を傷つけている上に、傷つけることに愉悦を見出しています。
「そうなんですか? 残念です」
「今日は、魔法だったね。自分の身を守りたいなら、本格的な魔法を覚える必要があるんだけど、とりあえず固有魔法を見せてみて」
俺は手のひらで水をすくうように組み合わせる。できる限り少ない威力で固有魔法を発動させる。
魔法使いの実力は前に行った玉による方式を使うぐらいしか解らないし、あの玉もけっこうな高級品だし、平民が護身術として習うなら使うことは無い。
ってロリスは言っていた。
固有魔法で手のひらの中にスライムを生成する。魔法を使うのは本当に久々だ。学校は座学がメインで魔法を使わない。
「水を生成するのか」
「はい」
「護身術には向かないね。ちょっとそのままにしていて」
バスティアは空間からナイフを作り出すと自分の親指を軽く切る。
「あの一体何を」
「慌てないでいいよ。これぐらい痛くないから」
バスティアは切った親指を俺が作ったスライムの中に差し込んだ。
スライムが体の中に侵入してバスティア大ピン……いや絶好のチャンス到来と思いきや特に変化が見られない。
バスティアの親指から血が止まった。
「癒やしの水だね。君にピッタリだよ」
「ありがとうございます」
いや、そんな訳無い。以前ロリスの服を解かしたのも同じ固有魔法だぞ? 服を解かすけど、体は治す水を生成する固有魔法!? そんなのって有りなのか?
「どうしたの? 浮かない顔しているけど」
「これでは護身にならないです」
「そうだね。でも君はそれでいいと思う。人間的な向き不向きがあるように、魔法にだってそう言う物があるんだ。求める意思に関わらずにね……私も戦闘向きじゃないの」
バスティアの戦闘時のあだ名の一つに眼光のバスティアと言うのがある。眼光と言うのはバスティアの固有魔法、蛇の魔眼から来ている。睨むことで生命体を一瞬だけ止める固有魔法。効果は一瞬だが、それで生まれた隙は一生を左右する。
「私の固有魔法はだね」
バスティアは手を広げるとそこから草が伸びて来た。
「刹那の春。瞬間的に植物の一生を作りあげる魔法。固有魔法の中では弱い。私も戦闘向きのが欲しかったよ」
そうやって説明している合間に植物は枯れてしまった。
固有魔法が全然違う。固有魔法を偽る理由なんて無いだろ。蛇の魔眼を使うプレクス学園の生徒は、他にも十三名存在し珍しくない。
「固有魔法はその人間の特質を見れる。癒やしの水なら、治癒能力や強化系の補助的な魔法、あるいは水の部分から着目した物質創造が得意な事が多いんだ。私の刹那の春だったら生命創造」
「固有魔法が二つあると言うことはあるのですか?」
「私は聞いたことが無い。治癒魔法の勉強に変える?」
「いえ、護身に使える基本的な魔法を教えて欲しいです」
「そっか、では魔法の基本的な所からね」
そうしてバスティアの魔法講義が始まった。
ぶっちゃけ、学校の授業よりわかりやすいです。
訓練が終わると必ずよる場所があった。
ペットショップだ。
バスティアが店先のウィンドウにへばりついて真っ黒な犬を見ている。
「グルちゃん、きたよ~」
しかも名前をつけている。
「買った方が良いのです」
店員さん怒るどころか、またかって感じであきらめてるよ。
「グルちゃ~んグルグルちゃ~ん……ぐへへへ」
今まで女の子と動物の組み合わせは世界最強であると確信していたのだろうけれど、この惨状を見ると確信が壊れていく。顔の筋肉緩みっぱなしなあげくに、気味の悪い笑い声をあげている荒い鼻息が聞こえてくるしで……
もしもこのペットショップがつぶれたらバスティアの責任だ。
「そこまで好きなら飼えばいいのです」
「それが、ね、今メイ……お金が無いから……」
どうやらメイドである本物のオリヴィアは犬が苦手かアレルギーであり、犬よりはメイドを優先するぐらいの良心は健在のようだ。
にしても、他の犬とか動物もいるのに、なぜこの黒い犬にご執心なのだろうか? 別に珍しい犬種と言うわけでもないし。
「ほら、あそこの猫ちゃん可愛いですね」
「ぐるちゃ~ん」
無反応。どんだけ好きなのその黒い犬。
「その子ばっかり見てますね」
「他の動物もみんな好きだけど、この子は別格。だって昔飼ってたワンちゃんにそっくりだから」
緩みっぱなしの顔で俺を見てくる。
「グルちゃんは私が一人で寂しい時でもずっとそばに居てくれたんだ。しっぽをふりふりして、散歩にいこって姿が今でもよく思い出すよ。後凄いグルメでいつも同じ餌しか食べなかったなぁ」
「良い子だったんですね」
「うんグルちゃんが私のそばに居てくれて、暖かさをくれなかったら、私はきっと居なかったと思う」
バスティアは少しだけ寂しい表情をしていた。




