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バスティアは一度自宅のマンションに戻り、私服に着替えてから公園に向かった。
貴族と言えば私服でもその権威を表したがる物だが、バスティアの私服はかなり地味で、平民と見分けがつかない。
なぜかメイドも私服に着替えているが、服を着替えたところで、メイドの精神までは切り替えられないらしい。バスティアから常に一歩後ろを歩いている。
メイドとの会話を聞き取ると、どうやらメイドが以前から公園で販売されているアイスクリームを食べたかったらしい。それで、わざわざバスティアが買ってあげるとは見た目によらずかなり優しい人だ。
「もしかしたらバスティア先輩達が食べているアイスクリームの味に、秘密が隠れている可能性があります。それに人が多いとただ突っ立っている私たちはかなり不自然です」
意訳 お兄ちゃんとアイス食べたいな♪
そう言うわけで、ロリスとアイスを食べながらバスティアを監視している。
もうただのデートになってるな。
バスティアとメイドさんの会話の中身も、このお店のアイスを全部制覇したいだの、この間出来たショップにあった犬のぬいぐるみが可愛かっただの、今年のファッションの流行だの、女の子女の子した物ばかりだ。
女々しさのかけらも無いバスティアが興味を持つとも思えなかったが、レディーをリードするのは男のたしなみとでも言うように談話していた。
メイドと主人って関係じゃなくて友達みたいだ。
突如としてバスティアの口が止まる。一カ所を見つめている。
そこには美しい少女……
「ネージュだよな?」
「ネージュさんですか?」
髪の色を黒に変えて三つ編みにして眼鏡も装着。来ている服もゴシックロリータだ。
一目見ただけでネージュと判別するのは俺たちにだって難しい。
おでこをを見ないと解らなかったぜ。
そんなネージュをバスティアは魂を吸い取られたみたいに見つめている。ネージュだと気づいているようには思えない。隣に居るメイドさんはネージュよりもそんなバスティアを見て楽しんでいるみたいだ。
バスティアが自分を取り戻すのに三十秒ほどかかった。かかった後に、ネージュの格好に文句をつけ始めていた。
「思い出した」
「何をですか?」
「バスティアを見たときにどこかで見たことあるような気がしていたんだ。公園で一度ネージュと会ってるんだよ。そのとき近くまで近寄って衣服を凝視していた」
だからネージュはわざわざ仮面をつけていたわけか。
その隣に居た俺に気づかなくても、服を着てる本人にはさすがに気づくだろ。
にしてもネージュがここに現れたのは偶然なのか、それとも俺にヒントを送るつもりだったのか。
聞いても答えてはくれないだろうな。
メイドと別れた後、バスティアが向かったのはメイドが話していた犬のぬいぐるみの店だった。一目見て、ぎゅっと抱きしめた後、きょろっと辺りを見回して誰も居ないことを確認しレジに持って行く。
メイドへの贈り物かとも思ったが、店員に包装するのを断っていたのでたぶん自分用だろう。
その後バスティアはペットショップのウィンドウに十分ほど張り付いて、犬を堪能して、マンションに帰っていった。本来ならばマンションの中に入ってバスティアの部屋も調べた方が良いのだろうが、さすが貴族の一人娘。ロリスの魔法では入る事すら出来なかった。
犯罪だから試す前に止めて欲しかったけどね。
ネージュが作ってくれた夕飯を食べた後、バスティアの行動をリストアップして今後の方針を立てるのがロリスの作戦だったが。
「どうやらバスティア先輩はカワイイものがお好きみたいですね」
とリストアップする間でもなく結論が出た。それでも一応書き出しているロリスは良い子です。後、先ほどメモった罵倒用語をリストアップするのは止めてください。
「ネージュが公園に居たのは俺たちにバスティアがカワイイもの好き、ってのを教えたかったんだろ?」
じゃなかったら、昨日の同性愛者って発言を取り消すとも思えない。
「え!? あたし今日はずっと家にいたよ。出かけてないよ」
「なぜ隠したがる」
散々いろんな衣装を着まくってるのだから、今更恥ずかしくなさそうなのにな。
「バスティアがガン見してなかったら気づかなかったよ。一体どうやって髪色まで変えてるんだ」
今のネージュは髪を元に戻している。
「……奇跡使って髪色変えてるんだ。可愛い服着るんだから、それにあった髪にしたいもの」
ネージュはそう言いながら髪の毛を手ぐしで解かす。解かした部分が桃色ブロンドに変化している。
「それ以外にも目の色から身長まで好き勝手に出来るんだよ。せっかくだし髪の毛ではしご作っちゃう?」
「そのやる気を俺の決闘の為に回してくれよ」
「だ~め! 神が与えた試練から逃げようだなんて勇者失格だよ」
「学生として合格してりゃ俺としては十分だ」
「兄さんは遠くの女神より近くの妹を頼るべきです。バスティア先輩はカワイイものが好き。そしてもう一つ大事な要素があります。
カワイイもの好きであることを隠したがっている事です」
直接公園に行けばいいのに、一度マンションで地味な私服に着替えてから行ってるのも、カワイイもの好きなのを隠すためと考えれば自然だ。
問題はどうして隠したがっているかだ。
別に隠すような事でも無いと思うが……
「カワイイもの好きなのを利用してお近づきになれば情報を集められそうです」
じゃぱにーずメイド服を着ていたネージュに話しかけていた事もあったので、可愛い服を着ていたら友人になれるかもしれない。
「そうなると、俺は固有魔法の特訓に専念して、ロリスがバスティアのお友達になって情報収集か。生徒会役員なんだし簡単だろ?」
「何を言ってるんですか? バスティア先輩がそう簡単に敵になりそうな人物に情報を渡すと思うのですか?」
そうなるとネージュ……が助けてくれる訳無いし、アンジェ、不適任だな
「そこで兄さんに問題です。バスティア先輩にほとんど顔がバレておらず、決闘に関しても積極的な人間が居ます。誰でしょう」
「いないだろ」
ロリスは指を指した。その指の先に居るのは……俺だ。
「俺こそ顔がバレているだろ」
「女装すれば問題ありません。幸い兄さんと私の顔のパーツは似ているので可愛くなるのは保証されています」
「大体どうやって女装―――」
「はい!はい!はい!それなら手伝う!」
ネージュが手を上げて俺の顔面まで近づいてきた。鼻息荒いよ!
「神の試練はどうした!?」
「趣味なのでノーカン! むしろ神の試練の中に女装があったのを今思い出した!」
「ロリスも兄さんが女装しているところを見てみたいのです」
ロリスは隠微な笑みを浮かべている。
退路は消えた。