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俺は神に感謝した。
暗闇の路地裏で男達が女の子を取り囲んでいるからだ。
その男達ものっぺらな黒いマスクを被っている。魔王崇拝者である末裔達が身につけている物だ。
この国において魔王崇拝は認められていないし、個人的な恨みもたっぷりある。
悪党共をボコボコにする為の条件がそろったって事だ。
「そこまでにしろよ悪党ども」
あまり興味の無いふりをする。正義の味方したかったんです! 魔法を全力でぶつけたかったんです! 個人的な憂さ晴らしをしたかったんです! みたいな雰囲気は絶対にだしてはいけない。
あくまで、冷静に。
初心者はやれやれと口にしましょう。上級者はその風体だけで、『巻き込まれちまったぜ』と言うのを表現できます。
上級者な俺はもちろん口に出すような事はしない。ポケットの中に手を突っ込んでたまたま見てしまったんだよね。って感じをアピール。
そう考えている合間に末裔達の一人が稲妻を俺に放ってくる。
俺は意図的に魔法の対消滅現象を起こすことにした。
相手の放ってきた稲妻と全く同じ威力の稲妻を俺も放つ。
路地裏は一瞬だけ昼間みたいに明るく照らされる。魔法の対消現象時に起こる閃光だ。
男達はその閃光を呆然と見つめている。
まぁ当然だよね。
魔法の対消滅なんて事前に使う魔法を打ち合わせして、威力や範囲を決めないといけない。
もしも実戦でやろうと思うのなら、相手の魔法を一瞬で読み取って自分に届く前に魔法を使わなければならない。
それがどれだけ難しい技術か。彼らにだって解るだろう。
末裔達の一人が魔法をもう一度放つ。
先ほどと同程度の稲妻を四十七本。
しかもその一つ一つの威力が微妙に違っている。
先ほどの現象は偶然起こってしまった。そう自分に言い聞かせる為にこんな手法を使ってきたのか。
俺はその四十七本全てをそのままコピーし、対消滅をもう一度引き起こした。
「それだけ?」
ガッカリしたように肩をすくめてみせる。
俺は末裔達に一歩ずつ近づいていく。
さてどうやって料理しようか?
と俺が思案している合間にも末裔達が逃げ出してしまった。
追いかけたいところではあるが……それよりも女の子を助ける方が先だ。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
少女は壁を背にするような形で倒れていた。 衣服が破れ腕に火傷の跡がついている。
俺は少女に対して治癒魔法をかける。誕生と終焉の二つを専門としている俺にとってはこっちの方が簡単だ。
火傷跡が全く解らないレベルで回復させる。意識の方もすぐに取り戻すはずだ。
「これで大丈夫。傷跡は残らないよ」
「大丈夫か!」
長身で骨みたいにやせている男性が血相を変えてこちらに向かって走ってくる
「この子は大丈夫です。後は貴方に任せます」
俺はこの場を去ることにした。
「名前、あんた名前は!」
「オーシュ、オーシュ ブランシェ」
そこで俺は自然と目を覚ましてしまった。
良い夢だったなぁ。助けた女の子の名前を聞きたかったなぁ、せめて顔をきちんと見たかったなぁ。と寝起きの頭でぼんやりと考えている内に徐々に目が覚めていく。
………滅茶苦茶恥ずかしい夢を見てしまった。
現実の俺は魔法なんて一切使えない魔法不能者の一人だ。未だに魔法での階級制度が色濃く残る現代において、魔法が使えないのは差別されかねない。もっとも、俺の周りの人間はそんなこと気にしない優しい人ばかりだ。
だから俺自身としては何とも思っていないつもりだったんだけど、こんな夢を見てしまうようでは相当こじらせているらしい。
モテないことか? 魔法が使えないことか? それともヒーロー願望でもあるのか!?
それよ以上に女の子が襲われていて嬉しいなんて人として最低だ!!!!
「あーーーーーーーーー!!!」
頭を抱えながら、叫んでしまう。
こんな夢を見てしまったと言う記憶を消したい。それが消せないなら、良い夢だと思ってしまった記憶だけでも良いので消してしまいたい。
でもやっぱり夢の続きみたい! 女の子の顔がみたい! 出来ればおっぱいも凝視したい! 助けたお礼にデートに誘われてイチャラブしたい!
今二度寝すればギリギリセーフで夢の続きみれるよね!?
「やれやれ朝から叫ぶとは、兄さんは鶏にでもなったのですか? それとも発情期の猫ですか? 去勢しないとダメですか? 明日から姉さんになってしまうのですか?」
棒読みレベルの抑揚の無い声が俺の部屋に響く。
俺の妹であるロリスだ。畜生、いつの間に入ってきたんだよ。
ロリスはじとーっと眠そうな瞳で俺をを見つめている。朝だから眠いと言うわけでは無い。ロリスは何時だって眠たげで無愛想な表情をしている
「それにしても兄さんが自力で起きているなんてどういうことですか? 可愛い妹のお仕事を奪う気ですか? ロリスを妹ポジションから失職させる気ですね? 天変地異の前触れですか? いいえ、これが天変地異ですね。了解です」
「おはよう」
「えぇ、おはようございます、兄さん。それで、どうして叫んでいたのですか?」
恥ずかしい夢を見て悶えていましたなんて言えるわけないだろ。
「兄さんが困っていると言うのに、それを打ち明けてもらえないなんて、これはきっと私が頼りないからですね。ロリスはブラコン失格ですね」
「ブラコンの自覚あったのか」
「もちろん。ロリスはブラコンです。ただし、ブラザーコントロールですが、こんなダメな兄さん、ロリスが管理しなければ一体誰が管理すると言うのですか?」
ロリスは俺にしか解らないレベルで口角を上げた。
「俺の管理なんかよりも、自分を管理しろよ。友達と遊んだりとかさ」
無表情で口を開けたかと思うと罵詈雑言が飛び出してくる為、ロリスには友人が居ない。少なくともロリスの口から友人に関する話を一切聞いたことが無いし、自宅に呼んだ事も無い。
黒髪のツインテールに大きめの瞳、体は同年齢の少女よりも多少小柄で、胸も……今後に期待。そういったあどけない可愛さを持っているのだから、少し口調を変えるだけで、友達ぐらいすぐに出来るだろうに。
「それが兄さんの悩みですか? でしたら……可愛い子ブリっ娘で~キャラ作って~友達モドキぐらいは作るよお兄ちゃん!」
この口調で周りの人間を罵倒するんだろうな……
「……どうやら違うみたいですね。だいたい私には兄さんがいますし、生徒会もあります」
その兄さんがいるってのが友達ができない最大の問題だと俺自身は思っている。兄がいるから他者と会話しないのは何か違うだろ?
「ほら、ご飯食べますよ」
そう言うとロリスは俺の部屋から出て行った。
ロリスと一緒に朝食を食べて、ロリスと一緒に登校する。
十分も歩くと学校の正門に到着する。やたらめったらでかい正門前は馬車や人が行き交う活気のある場所だ。
「兄さんも通えれば良かったのに」
「魔法の才能全く無いからな。しょうがない」
ロリスはプレクス魔法学園に通っている。
プレクス魔法学園はブランチェ地方から有数の魔法使いを集めた最高峰の魔法学園であり、通っているだけで今後の人生エリート街道をひた走ることになる。
対して俺はプレクス魔法学園近くにある飲食店でバイト生活。
大体、魔法の才能が無い奴が学校に行ってどうするんだ? 魔法が使えない=人間で無いみたいな時代だってあったんだ。今でも魔法格差はあるし、学校に行けないのもその一つだけど、別段気にしていない。
「でも……」
「ボルドーさんに迷惑かけるわけにもいかないだろ」
俺たちには両親が居ない。二年前に殺されたからだ。
俺は両親が惨殺された場所で無傷で発見された。ロリスはボルドーさんに預けられていて無事だった。
警察の調べでは魔王信仰集団である末裔達であるらしいが、未だ犯人は見つかっていない。
それでも二人で生活していけるのは父の友人であるボルドーさんから支援してもらっているからだ。
「でも、ボルドーさんは高校に通っても良いと」
ぶっちゃけ金さえ積めば学校には通える。通ったところあんまり意味が無いだけだ。
「俺バイト生活気に入ってるんだよ。ロリスの気にするような事じゃ無いって、ほら可愛い顔が台無しになっちゃうぜ」
俺はロリスのほっぺたを引っ張る。笑顔じゃなくて変顔になる。ロリスは手出しせずに俺をじっと見つめる。無愛想で怖く見えてしまうが、こういうときのロリスは内心喜んでいるのを俺は知っている。
俺は手を離すと、バイト先のレストランに向かう。
「行ってきます」
俺がオーバーに手を振ると、
ロリスは返事をする代わりに少しだけ手を上げてゆっくりとゆらした。