悪い子狩り
12月20日の夜。月はもう少しで満月になりそうだ。
その月に、シルエットが二つ映った。気付いたものは誰もいない。
「ねぇ、どこに行くの?」
一つのシルエットがしゃべった。
彼女の名は神楽坂ひな。成り行きで、今「悪い子狩り」に向かっている。
そもそも「悪い子狩り」とは何なのであろうか。
「ちょっとこれ見ろ」
そう言ったのは風守騎士。サンタ見習いだと言っている。本当にそうなのかは、まだ不明だ。
彼が指を鳴らした。
すると、ひなの前に書類みたいなのが現れた―もっとも、宙に浮いているが。
「これなに?」
「リストだ。悪い子たちはこのリストにのっている。俺たちは一番上に書いている子の所へ向かっている」
そこには、ひなより少し年上の少女が写真付きで載っていた。
寺内菫。高校生だった。
「菫は最近万引きと言う悪い事をしているそうだ」
万引きと言う所には興味なさそうに言う騎士。
「ところで、万引きってなに?」
「万引きって言うのはね……! 騎士君、万引き知らないの?」
「俺はサンタの使いだ。この世界に来たのは初めてだからな。ひなの料理もこっちの世界に来て初めて食べたよ。いやー、おいしかったな」
それを聞いてひなは驚いた。
「本当に?」
「あぁ、サンタ見習いって言うのはまず、何年かサンタクロースの所で修行する。そのあと合格をもらうと、やっとこの世界に来ることができる」
―じゃあ、騎士君は、この世界の住人じゃないって事?
「騎士君は、どこに住んでいるの?」
「う~ん……上手くは言えないけど、どこにでも住んでいるよ」
ひなの頭の中には「?」のマークがいっぱいあった。
―まぁ、一緒にいれば何か分かるか。
そう思いひなはそれ以上質問しなかった。
その代わり、万引きを教えた。だが、騎士は「ふぅん」と言ったきり、何も言わなかった。
「お、あそこの店だ!」
一つの店を指差して騎士は言った。
地上に静かに着地。
「よし。行くぞ」
「ま、待って!」
急ぎ足で追うひな。
店の中には、菫がいた。友達も何人か連れている。
「これから始めるぞ。まず言っておくが、俺は皆には見えていない」
「え?」
「俺を見ることが出来るのは「子供」と「いい子」と言う条件があるやつだけだ。つまり、ひなはとてもいい子だったから俺が見えた」
菫を指差して騎士は言った。
「これから菫はひなが言う、万引きをする。その時、俺が動き出すからよくみていろ」
「?」
騎士が言った通り、菫はきょろきょろしながら、友達と輪になった。監視カメラからは見えない。
バックを開けて―
「あっ……」
ひなが言いかけた時には横にいたはずの騎士が消えていた。
「悪い事したら……」
菫に向かって走り出す騎士。
「だめだろうがぁぁぁ!」
「え?」
菫は今までいなかった少年がいきなり見えて驚いている。なぜか、周りの人は動きが止まっている。
騎士の蹴りが菫にあたった。
―なにしてるの!! あたればけがするじゃない!
ひなはそう思っていたが、予想とは違った。
菫はその場に崩れ落ちただけだった。意識を失っている。
その代わりに、なにか黒いものが飛び出してきた。
「これが、菫にとりついていた悪い心だ」
黒い塊を見ていった。
そのなにかが、急に動き出した。
「いてぇ! お前、何者だ?」
黒い塊がしゃべった。
状況を整理すると―
騎士が走りだしたときには、騎士、ひな、菫以外に動いている人はいなかった。
そして、騎士の蹴りで何かが出てきた。
今、その物が人の形になった。
見た感じ、不良少年なよう。人間と明らかに違うのは、体が黒いと言う所だけ。
「よし。後は倒すだけだ」
「俺の仕事、邪魔するんじゃねぇよ!」
そう言った少年は、騎士に向かって殴りかけてきた。
それを軽く避けた騎士は話した。
「俺はサンタの風守だ! せっかくのいい子の心を、汚すな!」
ベッドの上で遊んでいた時とは違い、迫力が全く違った。
「は? お前ごときに俺が……」
そう言っている時には騎士の回し蹴りが直撃していた。
「うっ……」
「お前は俺には勝てない。分かったらさっさと、この子から出ていけ!」
「そうもいかねぇ!!」
そう言った瞬間、少年はひなに向かって走ってきた。
「きゃあ!」
少年の体がひなの中に入っていく。
なに……これ……
ひなの意識は飛んだ。
「そう来ると思ったぜ。頑張れよ。ひな!」
そう言って騎士は倒れかけたひなを抱きかかえた。
「……ここは?」
そこには、暗い所だった。
「お前の心の中だよ」
不意に誰かが言った。
声の持ち主は、さっきの少年だった。
「あなたは!」
「いやぁ驚いた。お前、いい子だったんだ」
「?」
「お前が少しでも悪い子だったら乗り移れたのにな」
「どういうこと?」
「俺たちはな、悪い心を少しでも持っている人間にとりつく事が出来る。でもな、何百人、いや何千人の中には「いい子」が存在する。少しも悪い心をもっていない、とてもいい子が存在するのさ。それがお前だ!」
ポカンとしているひな。
―そんなこと急に言われても……あ、でもさっき騎士君が言ってたっけ。
「だから、もう少ししたら俺は消える。いい子には逆らえないのが、この世界のおきてみたいなもんだ」
「そうなの?」
「あぁ。全く、運が悪いな……」
そう言ったあと、
「そんな事も知らないで、俺の事を体に取り込んだのか?」
―?
「……ひな? 聞こえるか? これから、俺の言う通りにしろ」
騎士の声が聞こえてきた。
「その声は!」
「しっ! 聞こえないようにしろ」
いいか。詳しくは説明する暇はないが―
そこにいるのはひなも分かるように、「悪い心」だ。そいつはもう少ししたら消えてなくなる。それまでに、いい子の心にして菫に戻してくれ! そうしないと、菫は悪い心のままになってしまう!
―つまり?
お前ならできる! とにかく頑張れ!
声が聞こえなくなった。
―私にできる事?
ひなは考えた。
―あの子の心の声を聞く。
本能的にそう感じた。
「ねぇ、なんであなたは菫さんに万引きなんてさせたのですか?」
「? それは……」
さっきまでと違い、少し戸惑っている様子。
「なんで?」
「俺は、あの子の心に言われた。親にかまってほしいって…」
―中学三年生になると、弟が生まれた。受験が控えていると言うのに、両親は菫のことなんてどうでもいいように彼女から離れていった。
「高校生になるんなら、自分の事は自分でしろって……だから! 万引きをしてばれたら言おうと思っていたんだ! だけど、初めのとき上手くいってしまった。次第に、目的も忘れて盗みだけになっていった」
少し、彼の姿が白くなってきている。
「そんなの……」
自分でも驚くような声で、ひなは叫んだ。
「そんなの、間違っています!」
「親にかまってもらいたい? その気持ちは分かります。でも、おかしいと思いませんか? 盗みを犯してまでですよ? あなたは、間違っています!」
ひなは自分が気付いた時には泣いていた。
「親がいるだけでも、いいと思って下さい」
「?」
「私は、両親も友達もいません。あなたには、大切な友達や家族がいるでしょう? まだ、やり直せます。償って、両親に謝って下さい!」
「っ……」
言葉にならない声で少年は何かつぶやいた。黒い体から少しずつ、白くなった。
「俺のやり方は間違っていたのか?」
「そうです!」
きっぱりとひなは言った。
「……」
彼は、少し考え込んでから言った。
「俺、あいつの心に入って説得してくる。俺は俺の罪を償うことにするよ」
一呼吸置いてから彼は言った。
「有難うな」
そう言って、彼は消えた。
と、同時に、ひなも目が覚めた。
「……?」
「お疲れ!」
騎士は、嬉しそうに言った。
「ひなのおかげで、いい子の心が戻ったよ」
店の中で、客や店員は忙しそうに動いている。
「終わったの?」
「あぁ。今日の悪い子狩りは終わりだ。帰って詳しく説明する」
そう言って、騎士はひなを引っ張っていった。
店を出るとき、店員に泣いて謝っている菫の姿が見えた。
今回は、少し長くなってしまいました。
騎士の行動は、びっくりしましたね(作者もびっくり)。
次回は、悪い子狩りについて書こうと思っています。それまで、お待ち下さい!