可愛い妻
うちの妻は可愛い。
細くて小さくて胸と尻がふかふかしていて、全体的にちょこんとしている。
全部丸でできたような顔は癒し系だし、俺が出掛けるときは、いってらっしゃい、気をつけてね、と心配そうに言うし、帰ってくれば、お帰りなさい、お疲れさまって、にこーっと笑う。
服を脱ぎ散らかしておくと、ちゃんと洗濯バスケットに入れておいてと、キャンキャン吠えるけど、チワワが精一杯怒っているみたいで、それもまた可愛い。
そう。とても可愛いのだが。
飛び散らない袋物は、基本的に、ぱん、と破裂させて開ける。
メモをくれ、と言ったら、いきなりカレンダーの下を破り取って、はい、とくれる。
伸ばしすぎちゃって取れちゃった、と根元から引っこ抜いた掃除機のコードを見せてくれたことも。
扇風機の首をへし折り、リモコンで向きを変えられるはずのテレビの可動部分をへし折り、無理に物を棚に突っ込もうとして、棚板にヒビを入れる。
一度、ドメスティック・バイオレンスのニュースを見ている時に、冷たく底光りする目で言った言葉が忘れられない。
「ヤられる前に、ヤらなきゃだめだよね。女の方が力が弱いんだから。一発でヤっちゃわないと」
彼女がヤると言うたびに、頭の中で大きく殺の字が浮かんだ。たぶん、間違っていないと確信している。
うちの妻は可愛い。
俺が出張だと言うと、しょぼんとして、寂しいなんて言う。あんまりかまってやらないと、のしかかってきて、ぎゅっと抱きついてくる。
可愛い。とても可愛い。好きだ。愛してる。俺の人生捧げてる。……のだが。
「あなた、金曜っていうと、今日飲んでくるって、電話一本で朝まで飲み明かしやがって。ふざけんな。こっちは手間暇かけてご飯作ってんのに、人の労力をなんだと思ってんの。私は家政婦か。今日いらないっていうなら、あなたのメシはもう作らない」
なんか、微妙にバイオレンスな言葉のまじった迫力のある声にビビリながら、それでも反論する。
「俺にも、付き合いってものが」
「だったら、少なくとも二次会までで帰ってくりゃいい話じゃないの。一回一万の飲み代ってなんだ、くそふざけやがって。今月もう三万も持ち出したでしょう。いいかげんにしろ。ふざけんな」
ぷつん、と電話が切れた。
呆然と携帯を見つめた。肝が冷えきって、心臓がばくばくしていた。
うちの妻は可愛い。
でも、あれほど恐ろしい女を、俺は他に知らない。