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日常
「ただいまー」
自分で鍵を開けて玄関に入ると、しばらくしてから足音がして、居間のドアが開く。
「おかえりなさい、お疲れさまー」
彼女が俺の姿を認めて、安心したように満面の笑みを浮かべる。
それを目にしたとたん、やたら仕様変更の多い客のことだとか、使えない後輩ばかりかき集めてきて、これでどうにか間に合わせろと無茶を言う上司だとか、そういったことが、すうっと心の隅に退いていく。
かわりに、温かい気持ちが心の中を満たしていく。
「ん。腹減った」
「ごはん、すぐあっためるね。今日は、麻婆豆腐だよー」
寝室に向かいながら、居間の奥のキッチンに行く彼女の背を見送る。
毎日繰り返される変わり映えのない会話。けれど、変わることなく心のこめられた、笑顔と言葉。
そんな何気ない日常に、今日一日の苦労が報われたと思えてしまう。
俺はネクタイをさっさと抜いて、家の中に漂う、うまそうな匂いを胸いっぱい吸った。
男心を癒すのは、うまい飯と、掛け値なしの笑顔。