出会いと決断
かくして私は例の声へ出向くことになった。
道は繁茂する草木に阻まれなかなか進めないが、どうにか掻き分けて進んでいく。
とは言っても、正直植物が多すぎるだけで、ツタなり枯れ枝が少ないおかげか現世の山よりか断然通りやすくはある。次いで鼻をつんざく匂いが漂っているのが気になるが、大丈夫であろうか。
少しの懐疑心が頭に残るが、進もう。
やはり天国なだけあってか、各種とりどりの果物がそこら中に実っている。柑橘類は勿論、ぶどうやリンゴ等も実っているではないか。見事なものだ。
「一つくらい取っても構いはしないか」
しかし触らぬ神に何とやらだ。私も原罪を犯してここから追放、なんて望んではいない。
「やっぱり止めておくか」
私としては珍しく勘が働いている。
そこからさらに進んで、小高い台地にたどり着いた。恐らく、例の声は推測するにこの上から鳴ったものであろう。すると、またもや私を呼ぶように声が鳴る。
「ラ~ララ~♪」
今度はハッキリ聞こえた。非常に甲高い声で歌っているのが分かる。なるほど、遠くからでも聞こえるわけだ。
私は今まで訝しむのをやめなかったが、こんな安堵感と疲れでは、どうも斯様なことさえ考えるのを忘れてしまっていた。
「天女あるいは天使なのか。なんでも良い。早く行こう」
到着を急ぐように、私は崖を登り始めた。
疲弊しながら、やっと上まで登れた。また相変わらず綺麗な場所である。先とは全く違い、花が一面に咲き誇っている。種類はラベンダーをはじめ、キンギョソウ、アーティチョークなどが見える。多様な植物が競り合うように自生している。
あまりに現実離れしている様相に思わず息を飲みながら、その場に佇んでいると何やら後ろから物音がする。
そういえばここにはあの声の主を探しに来たのだ。すっかり抜け落ちていた。
急いで物音のする方へ振り返る。
「やぁ、旅人」
(人⋯なのか?)
外見は完全に人間そのもの。顔は鮮やかに太陽光の下、照らし出されている。
絶世の美女と評すべきか。おおよそ類を見ないほどに顔然り、全体がひどく整っている。その清廉さにかえって身震いを起こす。本能的な畏怖だろうか。私は足の震えを止めることが出来なかった。
たじろぐ私とは裏腹に、彼女は言葉を紡ぐ。
「君は何者だい?ここらじゃ見ない顔だ。どこからの来訪者だ?」
私は言葉を発せなかった。緊張、あるいは動揺か。何しろ言葉を交わせるその存在に、下手な事が出来ないわけだ。現世から来た、外界から来た、地元から来た、何を言うにも言葉に余る。
まるで私が意気地なしのようではないか。事実なのかも知れないが。
続けて彼女は話す。
「何も話さないか。まぁそれも良いだろう。ところで君、何故 [探知] に引っかからないんだ?」
緊張感がさらに高まる。[探知] が何を指しているのかは分からないが、明らかに芳しくない雰囲気なことだけは伝わる。拍動の音が耳に響いてくる。
何と答えれば良いのだ。この状況を最も知らないのは私であるはずなのに、何故詰められているのか。
ようやく私は口を開けれた。
「すみません、その理由について僕もよく分かりません。というか最近ここに辿りついたばかりで、この状況さえもよく分からないんです。本当にごめんなさい」
拙い文だが、最低限の敬意は払っているつもりだ。どうにか許してもらえないだろうか。
彼女も口を開く。
「そう、変な人じゃないならいいや。森が君の存在を拒んでたから」
どうやら誤解は解けたようだ。ひとまず安堵できそうだ。
それはそうと、森に拒まれるとは?ま、まぁいいさ。安全が確保できるのなら。
一応この人(?)に、現在地の情報について聞いておくか。今のままでは情報量に乏しすぎる。
「あのー、少しお聞きしたいのですけれど、ここってどこ何ですか?重ね重ね失礼ですが、この森から出る方法についても良ければ教えて欲しいです。今、ここに関して無知過ぎるので⋯」
彼女は少し考えた後、話し始めた。
「ここは「死と迷いの森」の中心部に位置する花園だよ。通称 [廻血のマウソレウム] 。上流貴族が勝手に作って、そのまま放置されてる権威の象徴みたいな場所。あと、ここから抜け出したいならあっち側に歩けばいいよ。方角的には南西かな。そしたら多分村がある」
そういって彼女は指をさす。
「お手数おかけしました。ありがとうございます」
私は感謝だけ伝えてその場をあとにした。たいそう親切な方で少々驚きだった。しかし離れても足の震えは止まらなかった。やはり意気地なしかもしれない。
今考えたのだが、ここは本当に天国なのだろうか。今までの記憶からして恐怖感ばかり先行している。これは天国へのイメージとの乖離から生じたものなのか、それともここが天国ではないのか。地獄に行くまでの経路を辿っている可能性もあるが、にしては地獄らしくもない。
うむ、取り敢えず保留しておこう。
ひとまずの目標は村に辿り着くこと。そう決意して私はまた歩き始めた。




