第8話:名前を呼ぶ声、過ぎ去りし日の幻影
第8話をお読みいただきありがとうございます。
ついに明かされた本名と、イチカの残酷な正体。
そして、名呼び一つで崩れるエイトの鉄のポーカーフェイス。
おじさんと少女の絆が、単なる「迷い人同士」から一歩踏み込む回となりました。
カビ臭い禁書庫の静寂の中、俺は震える指先でその頁を捲った。
そこには、この世界の『天の声』が刻み込んだ、残酷なまでの真実が並んでいた。
【転移者登録:NO.000008】
氏名:黒田 栄人
適性:賭博師
戦闘力:5
備考:システム外の論理による因果律改変を確認。修復不能のバグ個体。
「……バグ、か。三十路を過ぎて異世界にまで来て、不良品扱いとは泣けてくるぜ」
自嘲気味に呟き、俺は先頭の行に視線を落とした。
……そして、心臓が凍りついた。
【転移者登録:NO.000001】
氏名:八嶋 一美
適性:界境の生贄
備考:『一』から『九』の数字を持つ者を束ねる楔。魂の磨耗率……限界。
「……生贄? 魂の磨耗……?」
最悪な言葉が並んでいる。イチカ――八嶋一美が、単なる迷い人ではなく、この世界のシステムを維持するための「消耗品」として呼ばれたことを示唆していた。
「ねえ、おじさん! いつまでその古本に齧り付いてるのよ。早く行こうよ、リクドウが起きちゃう前に!」
背後から、聞き慣れた明るい声が響く。
俺は慌てて名簿を閉じ、何でもないふりをして振り返ろうとした。
だが、その時。
「……エイト! 大丈夫だった?」
いつも「おじさん」と呼んでいた彼女が、不意に俺の名前を呼んだ。
その瞬間、俺の視界が歪んだ。
(……エイト! 大丈夫だった?)
目の前にいるイチカの声と、元の世界……現代の日本で、同じように俺を気遣ってくれた『一美』の声が、完璧に重なった。
街の喧騒、コンビニの明かり、そして隣で笑っていた彼女の体温。
失われていたはずの記憶の濁流が、胸の奥を突き上げてくる。
気づけば、俺の頬を熱いものが伝っていた。
「……えっ? ちょっと、おじさん……エイト? な、なんで泣いてるのよ!?」
イチカが、弾かれたように俺の顔を覗き込んできた。
彼女は自分の失言を必死に探すように、あたふたと手を動かす。
「ほら、いつまでもおじさん呼びもなんだからさ、ちょっと名前で呼んでみようかなって思っただけなのに! まさか、泣くほど名前呼びが嬉しかったの!? それとも、そんなに気持ち悪かった!?」
「……いや。……ああ、そうだな」
俺は袖で乱暴に目元を拭い、無理やり口角を上げた。
「……嬉しかったよ。最高に、な」
「も、もう! 30過ぎて泣かないでよ、びっくりするじゃない! 変なエイト!」
イチカは顔を真っ赤にしてぷいっと横を向いたが、その耳たぶまで赤くなっているのが見えた。
俺は、隠し持った名簿の重みを感じながら、彼女の背中を見つめる。
八嶋一美。
システムに定められた「生贄」の運命なんて、俺が全部ぶち壊してやる。
相手が世界だろうが神様だろうが関係ねえ。
俺は賭博師だ。
絶望的な確率であればあるほど、逆転の配当は高くなる。
「……行こうぜ、イチカ。次の勝負が待ってる」
俺は、決意を込めて歩き出した。
第8話、いかがでしたでしょうか?
一美が抱える「生贄」としての宿命。
エイトが流した涙は、再会の喜びか、それとも彼女の運命を知った悲しみか。
名簿を手に入れ、王国の闇に触れた一行。
次回、第9話。監査免状の権限をフルに使い、エイトはイチカを救うための「禁じ手」を打ちに行きます。
新たな「数字」を持つ者も登場……? お楽しみに!




