第5話:昏水(こんすい)に沈むプライド
第5話をお読みいただきありがとうございます。
昏水ハイアンドローは単純なルールだけど運に見放されると思いもしない数字を引き当てることもある。はたして、数字に弄ばれるのはどちらなのか…
「……っ、ふざけないで。こんな子供騙しの遊びで、この私が揺らぐとでも?」
メリッサの声は鋭かったが、その視線は足元で波打つ『昏水』を厳重に警戒していた。
水位はすでに膝を越し、彼女の制服の裾がじわじわと重く湿り始めている。
現在の場札は『7』。先攻のメリッサのターンだ。
「さあ、次がこれより上か下か。エリート様の直感を聞かせてくれよ」
俺は、カードの山を指でトントンと叩いた。
「……『上』よ」
メリッサが絞り出すように答える。めくられたカードは――『11』。
【判定:HIGH(正解)。水位の上昇を停止します】
「ふぅ……当然の結果ね。次はあなたの番よ、無能者」
メリッサが安堵の息を吐き、挑発的な視線を向けてくる。場札は『11』。次はこれより上か、下か。
「……『下』だ」
俺が即答し、めくられたのは『3』。
【判定:LOW(正解)。水位の上昇を停止します】
「……ちっ。運がいいわね」
「運じゃねえよ。11より上が出る確率はたったの二枚分だ。……さあ、次は『3』だ。アンタの番だぜ」
「……『上』に決まっているわ」
メリッサがカードをめくる。現れたのは――『5』。
【判定:HIGH(正解)。水位の上昇を停止します】
「……ふん。調子が出てきたわね。次は『5』よ。さあ、どうするの?」
「……『上』」
俺がめくったカードは――『4』。
【判定:LOW(不正解)。水位が『4』段階上昇します】
ゴボゴボと音を立てて、俺の側の水槽に一気に水が溢れ出した。水位は俺の腰を越え、魔力を吸い取る昏水の冷たさが肌を刺す。
「あはっ! 外したわね! ざまあ見なさい、そのまま溺れ死ぬといいわ!」
「……はは、こりゃきついな」
俺はわざとらしく肩を竦めてみせた。実際は戦闘力5の俺に吸い取られる魔力など微々たるものだが、彼女を油断させるには十分だ。
「さあ、場札は『4』だ。アンタの番だぜ。上か下か、選べ」
「……『上』よ!」
メリッサが叫ぶように言った。めくられたカードは――『2』。
【判定:LOW(不正解)。水位が『2』段階上昇します】
「きゃっ……!? 嘘、2なのにこんなに!?」
メリッサ側の水位が一気に胸元までせり上がる。この昏水は、対象の魔力量に反応して水位を変える。エリートである彼女が動揺して魔力を漏らせば漏らすほど、水は彼女を飲み込もうとするのだ。
「あ、ああ……頭が……っ」
メリッサの瞳が、昏水の効果でトロンと濁り始める。プライドの塊だった彼女が、水の中でふらふらと揺れ、制服の肩口が解けて白い肌が露出した。
「ちょっと、エイト! やりすぎじゃない!? あの子、本当に入水しちゃうわよ!」
「そうよおじさん! 私のハニートラップよりえげつないわよ!」
観客席からイチカと三奈の悲鳴が聞こえる。だが、場札は『2』だ。ここで俺がカードを引けば、次はほぼ間違いなく『上』で俺が勝つ。
だが、俺はあえて、自分の権利を放棄して彼女に突きつけた。
「……ラストだ。場札は『2』。俺のターンをアンタにやるよ。天の声、いいよな?当てれば水位が下がる。外せば……アンタの口元まで水が届くぜ」
【承認:相手が許可すれば認めます】
「な……。わ、私に……譲るというの……?」
「ああ。情けじゃねえ、ただの『賭け』だ。……さあ、選べ。上か、下か」
「……『上』よ! 1以外の全部が当たりなんだから……っ!」
メリッサは朦朧とした意識で、震える指をカードに向けた。
確率、90%以上の勝ち。だが、俺は知っている。極限状態の人間は、最も引いてはいけない「絶望」を引き寄せる。
めくられたカードは――『1』。
【判定:LOW(不正解)。水位が『1』段階上昇します】
【確定:プレイヤー・メリッサの口元が水没。勝者、エイト】
「……あ」
メリッサが力を失い、ゆっくりと水の中に沈んでいく。俺は即座に指を鳴らし、空間を解除した。
色彩が戻り、ギルドの床にびしょ濡れのメリッサが横たわる。
俺は、彼女の懐からこぼれ落ちた銀色のプレート――『特級監査免状』を拾い上げた。
「……ふぅ。命のやり取りにしちゃあ、少しばかり濡れすぎたな」
俺は、気絶したメリッサを見下ろし、小さく息を吐いた。
手にした免状をポケットにねじ込みながら、俺は呆然としているイチカと三奈を促し、出口へと向かった。
第5話、いかがでしたでしょうか?
90%以上の確率を外す「ギャンブルの魔力」。
エリートとしての自信を完膚なきまでに叩き折られたメリッサですが、彼女の再登場はあるのか……?
そして次回、第6話。免状を手にしたエイトは、イチカと関係の深い場所へと向かいます。
そこで待つ、新たな強敵とは。
お楽しみに!




