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8. 冒険者の日常と試し切りと助けの声

 



 暁のフクロウ亭での4部屋続きの生活が始まってから、数日が過ぎた。


 アリアとセレスの冒険者としての日常は、極めてシステマチックに回っていた。


「葉脈の魔力回路、根元の微かな発光……学園の薬草学教本の記述と一致。特級の止血草ですね」


「こっちの群生地も当たりですわね。土壌の魔力濃度が高いから根の張りが違いますわ」


 湿った腐葉土に躊躇いなく膝をつき、アリアとセレスは泥まみれになりながら手際よく薬草を根ごと採取していく。


 冒険者になった当初こそ勝手が違ったものの、学園で叩き込まれた高度な魔法理論と動植物の生態知識の前では、泥の汚れなど「ただの洗い流せる付着物」でしかなかった。


「Dランクのホーンラビット3匹、解体終わったよ。毛皮の剥ぎ取りも、学園の魔物解剖学の実習に比べれば造作もないね」


 アリアが淡々とナイフの血糊を布で拭いながら立ち上がる。


「ところで、ゼノ様。今日は随分と森の深い層まで来ていますが、薬草の採取ノルマなら浅い層で十分だったはずでは?」


 セレスが周囲の魔力濃度の変化を察知し、冷静に問いかけた。


 Dランクの彼女たちにとって、ここは初めて来る深度だ。

 もっとも、背後に歩く戦術兵器が2名いる時点で、環境的脅威度は限りなくゼロなのだが。


「ええ、すみません。採取ついでに、あなたたちに少し付き合ってほしいことがありまして」


 ゼノはそう言うと、腰に提げた真新しい長剣の柄に、愛おしそうにそっと手を触れた。


「先日、セレスティア様に誂えていただいたこの剣――最高純度ミスリルの特注品ですが。少しばかり『試し斬り』をしておきたくて。いつもの浅い階層だと、思い切り振るうにはいささか手狭でしょう?」


(あああっ! 推しが私の貢いだ……じゃなくて投資した専用装備を嬉しそうに撫でているわ!!)


 内心でパトロンとしての歓喜の舞を踊るセレスをよそに、アリアがジト目を向ける。


「……まさか、地形が変わるようなことはしませんよね?」


「安心してください。剣の重心と魔力の伝導率を確かめるだけです。ただの素振りですよ」


 ゼノはそう言うと、手頃な空間に向けて1歩踏み出し、静かに剣を抜いた。


 チャキッ、と澄んだ金属音が鳴る。

 特別な構えも、詠唱もない。ただ無造作に、刃筋を確かめるように軽く1振りした。


 ヒュッ――。


 空気を切り裂く、というより、空間に満ちたマナそのものを両断するような異音が響いた。


 直後。

 剣の延長線上にあった樹齢数百年の大樹が4本、スパンッ、と見事な斜めの断面を見せて滑り落ち、轟音とともに倒壊した。


 そればかりか、大地には一直線に深いクレバスのような斬撃痕が走り、その奥にあった小高い岩山が綺麗に真っ2つに割れていた。


 森の鳥たちがパニックを起こし、一斉に飛び立つ。


「……凄まじい魔力の通りだ。私の気を一切のロスなく刃に乗せきっている。素晴らしい、これなら竜の鱗でも簡単に斬れそうです」


 ゼノが感動したように剣を鞘に納める。


「ゼノさん」


 アリアが、一直線に切り拓かれた新しい『巨大な道』を見つめながら、感情の抜け落ちた声で呼んだ。


「次から試し斬りは、海か荒野でやってください。素振りで岩山を割らないで」


「……計算外でしたね。まさかあの岩山の強度がこれほど低いとは」


「ご自身がSランクの冒険者であり、人間の規格から外れているという前提になぜ立てないんですか」


「いやいやアリアちゃん、ゼノの言う通りだ!」


 ラキシスが腕を組んで、研究者のような目を輝かせて頷く。


「この森の大地は魔力不足だな! 私の開発した『高位成長促進の魔法薬』をこのクレバスに流し込んでデータを取りたい! 明日の朝には元の森より立派な巨大魔樹の森が――」


「ラキシス様は拗らせないでくださいませ。ただでさえ危険な森が、魔境に変わりますわ」


 相変わらずのやり取りに、セレスが小さく息を吐きながら麻袋の口を縛った。

 推しの規格外な強さは眼福だが、物理的な被害額を考えると胃が痛い。


「薬草採取とDランクの魔物討伐も本日のノルマは達成しましたし、ゼノ様の試し斬りも無事に終わったようですし、今日はもう帰りませんか? フクロウ亭の夕食の時間にもちょうどいいですし」


 こうして帰路につこうと踵を返した、その時だった。



 ガサガサガサッ!!


 突如、奥の茂みを乱暴に掻き分けて、1人の男が転がり出てきた。


 ボロボロの革鎧を着た、若い冒険者だ。

 あちこちから血を流し、その顔は恐怖と焦燥に引き攣っている。


「た、助けてくれ……ッ!」


 男は、アリアたちの姿を見るなり、縋るように叫んだ。


「奥で……仲間が、魔物の群れに襲われてるんだ! お願いだ、助けてくれ……ッ!!」


 平穏だった森の空気が、一瞬にして緊迫の色に染まる。


 セレスとアリアの間に、冒険者となって初めて直面する、明確な「他者の命の危機」というイレギュラーが舞い込んできた。


 男は必死に訴えながら、ふと、アリアたちの背後に広がる『一直線に真っ2つに割れた岩山とクレバス』を見て、ビクッと体を震わせた。


「え……なにこれ……神の怒り……?」


「気にしないでください。ちょっとした素振りの跡です」


 アリアは極めて真顔で即答した。




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