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7. 過剰防衛の熱力学的敗北

 



「あのSランクの冒険者が最近行動を共にしているガキども、どうやらどこかのお貴族様で、手柄を自分達のものにして、ランクを上げているらしい」


 冒険者界隈に漂う、羨望と僻みが入り混じった根拠のない噂。それがすべての発端だった。



 深夜。アリアとセレスが同室で深い眠りについていたその時、哀れな勘違いをした小悪党が、窓ガラスを割って侵入を試みた。


 パリンッ……。


 硬質な音が夜の静寂を微かに破った。


 アリアが目を覚ますよりも早く、コンマ数秒の世界で「それ」は起きた。


 轟音とともに、部屋の堅牢なオーク材のドアが蝶番ごと「消失」したのである。


 いや、正確には物理的な粉砕だ。土煙とともに突入してきた完全武装のゼノが、ベッドにいたセレスティアとアリアを流れるような動作で部屋の死角へと移動する。


 有無を言わさぬ、100点満点の完璧な『護衛(物理)』だった。


 問題は、数秒遅れてひどく満足げな顔で現れたラキシスである。


「フッ、愚かな輩め。夜這いとは感心しないな。実地テストにちょうどいい……喰らえ、新作『対不審者用・非致死性制圧魔道具プロトタイプ』」


「待って、非致死性って言う割に、マナの収束音がどう聞いても兵器――」


 セレスの静かな制止も虚しく、銀色の筒状の魔道具が作動した。


 ――ドガァァァァァァァン!!!


「理論上の閃光と指向性音波」が発生するはずだったそれは、なぜか強烈な熱を伴う爆発を引き起こした。


 侵入者は白目を剥いて即座に気絶したものの、同時に部屋のベッドは炭化し、壁には隣の部屋の調度品が見えるほどの大穴が開き、部屋の約七割が焦げ跡と共に消し飛んだ。



 * * *



 犯人が衛兵に連れて行かれるのを見送ってから、十分後。


 鼻をつく焦げ臭さの中で、宿の主人は極めて平坦な、それゆえに冷徹な声で被害査定を下していた。


「……いいか、よく聞け。あの小悪党が割った窓ガラスの修繕費は『銀貨3枚』だ。対して、お前たちの過剰防衛による壁の構造材補強、床板の張替え、家具の全損、および隣室の営業機会損失による損害賠償額の合計は『金貨80枚』だ」


「いや、違うんだ! これは魔道具内のマナ充填率と、割れた窓ガラスから流入した夜風による熱力学的なイレギュラー干渉が――」


「侵入者が悪いことは分かっているんだ……だが、やりすぎだ! 他の部屋を貸すことはできない! 悪いが出ていってくれ!」


 それは、いかなる交渉の余地もない、退去勧告だった。



***



 月明かりの下、急ごしらえで荷物をまとめた4人は、とぼとぼと夜の街を歩いていた。


 命の危機は微塵もなかったが、ただひたすらに徒労感だけがアリアたちの肩にのしかかっている。


「……ラキシスさん。あの魔道具、開発費いくらだったんですか?」


 アリアがジト目で尋ねる。


「素材費だけで金貨30枚くらいだが……いや、今回は侵入者の窓を開ける角度が悪かったんだ。侵入のベクトルと魔道具の指向性エネルギーが不運にも衝突してだな……」


「言い訳が苦しすぎます」


 さらにセレスが淡々と事実を並べた。


「窓ガラスの破片の初速と質量、そこにあなたの魔道具の爆風による運動エネルギーの相殺を考慮しても、部屋の壁の耐荷重を突破して大穴を開けるエネルギー量はどう考えても説明がつきませんわ。欠陥品ね」


「ぐっ……痛いところを……」


「そもそもですね」


 アリアは夜空を見上げて、ふう、と深いため息をついた。


「ゼノさんがドアを『物理的に粉砕』して入ってきた時点で、私たち、出て行くことになったと思うんです。普通に、鍵を開けて入れませんでしたか?」


「……甘いです、アリアさん」


 ゼノは夜風に銀髪を揺らしながら、一切の悪びれもなく胸を張った。


「緊急避難措置としてのドアの破壊は、護衛対象である君たちの『生命の価値』と『ドア一枚の価値』を比較考量すれば、正当防衛として完全に成立します。ギルドの保険約款にもそうあります」


「じゃあその保険で宿屋の壁を直してくださいよ」


「約款の免責事項には『身内の魔道具の暴発による自損事故』は適応外だとあります。残念ながら全額自腹です」


「全然誇れる状況じゃないですよね……」


 アリアの静かなツッコミが夜の街に溶けていく。


「……というわけで、だ」


 ゼノが咳払いをして結論を急いだ。


 彼らの目の前には、深夜でも温かなオレンジ色の灯りをこぼしている中堅宿『フクロウ亭』の看板が見えてきた。


「今回の件で、一つの部屋にあなたたちが揃っていると、どちらかが狙われた時に2人とも危険になると分かりました。次からは、あなたたちを別々の部屋に配置し、我々が両隣の部屋を確保します。つまり、4部屋続きで借ります」


「えっ、別に私たち2人は同じ部屋でも……」


「ダメだ。4部屋横並びなら、何かあっても、両隣から『壁をぶち抜いて』すぐ助けに行けるからな。完璧な布陣だ」


 この人たちは、なぜ壁やドアを「通り抜けられるもの」としてカウントするのだろうか。


「あの、先ほどから『ドア』や『壁』を通常ルートとして見るのをやめてもらえませんか?」


「新しい宿の主人の胃に穴が開くので、お願いですから普通にドアノブを回して入ってください」


 初心者二人の切実な訴えも虚しく、Sランク二人は「いかに効率よく壁を破壊して最小限の被害で救出するか」という、宿屋にとっての悪夢のような構造力学の議論を始めている。



「すみませーん、4部屋続きで空いてますか……?」


 アリアは諦めたように、フクロウ亭の重い木の扉をそっと――絶対に壊さないように――押し開けたのだった。




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