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6. 推しへの投資(課金)と彼が触れた指先

 



 辺境都市フレリアの冒険者ギルド。


 受付カウンターに置かれた指定薬草と、角兎(ホーンラビット)の死骸を見て、ベテランのギルド職員は目を丸くしていた。


「……こいつは驚いた。薬草は根も葉も一切傷ついていない完璧な保存状態。それにこの角兎(ホーンラビット)、毛皮に傷一つないぞ。一体どうやって仕留めたんだ?」


 職員が信じられないという顔でゼノとラキシス、そしてその後ろに優雅に佇む二人の少女を交互に見比べる。


 EランクやDランクの依頼は初心者向けだが、だからこそ納品される素材は泥だらけだったり、剣で切り刻まれてボロボロだったりするのが常である。これほど状態の良い素材が持ち込まれることは、辺境のギルドでは極めて稀だった。


「彼女たちの腕が良いんです。魔法の扱いも、素材の知識も、新人とは思えないほどに」


 ゼノは淡々と答えた。


「まあ、俺の新しい爆炎石のデータもバッチリ取れたしな! 優秀な後衛のサポートと、惜しみない研究費のおかげで、気兼ねなく実験できたぜ」


 ラキシスはホクホク顔である。


 すっかりアリアの規格外な回復魔法を「便利なバッテリー」扱いしているが、アリアもアリアで「お役に立てて光栄ですー!」と小声で楽しそうに笑っている。


 どうやら、この二人の利害関係は完璧に一致しているらしい。


 ギルドでの昇格手続きと報酬の受け取りを終え、外の風に当たったところで、セレスティアは扇子をパチンと閉じた。


「さて。初陣も無事に、かつ完璧に終えたことですし。皆様、少しお買い物にお付き合いいただけますか?」


「買い物? お嬢さん、こんな辺境の街に貴族が喜ぶような宝石やドレスは売ってないぜ」


「ええ、分かっていますわ。私が用があるのは――武具屋です」



***



 フレリアで最も腕が良いとされる、ドワーフ族が営む高級武具店。


 店内には鉄と油の匂いが立ち込め、所狭しと剣や鎧が並べられている。


「親方。この方に合わせて、最高純度のミスリル銀で一振りの剣を打っていただきたいのです。……予算に糸目はつけませんわ」


 セレスティアはドワーフの店主の前に、ずっしりと重い硬貨と宝石の入った袋をコトンと置き、真っ直ぐに告げた。


「……セレスティア様。これは、どういうことですか」


 オーダーメイドの特注品。

 その素材の希少さとドワーフの技術料を合わせれば、辺境の家が丸ごと三軒は建つほどの莫大な金額になる。

 ゼノは困惑したように眉をひそめた。


「どういうことも何も、あなたへの投資ですわ。ゼノ様、今の剣も手入れが行き届いていて素晴らしいですが、Sランクであるあなたの本来の力を限界まで引き出すには、あなたの体格や剣筋に完全に合わせた専用の剣が必要です」


 セレスティアはこともなげに言い放つ。

 これに対し、ゼノはきっぱりと首を横に振った。


「お気持ちは感謝します。ですが、僕はあなたを護衛する立場です。雇い主から、これほどの投資を無償で受け取るわけにはいきません」


 Sランクとしての矜持。

 ゼノの誠実さが真っ直ぐに伝わってくる。


 だが、セレスティアもここで引き下がるわけにはいかなかった。


(何を言っているの。私はすでに、ラキシス様の魔術研究に惜しみなく投資しているのよ? 後衛の魔術バカに多額の予算を出しているのだから、最前線で命を張る推しの装備をオーダーメイドで誂えることなど、パーティーのパトロンとして息をするのと同じくらい当然の経費ではないか! ここで推しの専用武器を作らないなんて……パトロンの名折れよ!)


 己の欲望を完璧に正当化したセレスティアは、一歩踏み出し、ゼノのサファイアブルーの瞳を真っ直ぐに見上げた。


「無償ではありませんわ。これは、私の命を預ける剣への『必要経費』です。……それに、ゼノ様。あなたは昨日、私に言いましたよね?」


「……?」


「『常に僕の剣が届く場所、僕の目が届くすぐ隣にいろ』と。……私は、その言葉に従ってあなたのお側にいます。ならば、あなたには私を絶対に守り抜く義務がある。そのための最高の剣を私が用意するのは、パトロンとして当然の権利ではありませんか?」


 理路整然とした、しかしどこか退路を断つような強引な説得。


 ゼノはわずかに息を呑み、反論の言葉を探すように視線を彷徨わせた。


「……それは」


「どうか、受け取ってくださいませ。私のために」


 セレスティアが祈るように両手を胸の前で組むと、ゼノは観念したように深くため息をついた。

 やがてその大きな掌で、セレスティアの小さな両手をそっと包み込んだ。


「……分かりました。あなたの命を守るため、その剣、ありがたくお受けします」


(あああっ! 手が! 推しの手が私を握っているわ!! 温かい!!)


 セレスティアの脳内で歓喜の爆発が起きている中、ゼノの表情はひどく真剣だった。


 彼は、自身の掌の中にあるセレスティアの指先を、不思議そうに見つめていた。

 白く、細く、どこまでも柔らかい令嬢の手。


(……おかしい)


 ゼノは内心で、微かな違和感に首を傾げていた。


 これほどまでに美しく、守られるべき『か弱い令嬢』の手。

 だが、一流の剣士である彼の感覚は、その柔らかさの奥に潜むものを微かに感じ取っていた。


(この手は……ただ花を愛でるだけの手じゃない。底知れない力と、過酷な修練を積んだ者だけが持つ『芯の強さ』が隠れている……?)


 現在のセレスティアは、持ち前の圧倒的な魔力で肉体を完璧に手入れしているため、手には一切の傷もタコも残っていない。

 けれど、ゼノの研ぎ澄まされた本能は、彼女がただ守られるだけの存在ではないことを、理由のない直感として確かに感じ取っていた。


「……ゼノ様?」


 手を見つめたまま固まっているゼノに、セレスティアが小首を傾げる。


 ハッとして我に返ったゼノは、どこか切なげに目を細め、彼女の柔らかい指先をもう一度、壊れ物を扱うようにそっと握り直した。


「……いえ。なんでもありません。ただ……あなたのこの手には、絶対に傷一つつけさせないと、そう誓おうと思っただけです」


「え……っ」


「僕の隣から、絶対に離れないでくださいね。セレスティア様」


 静かで、重たい誓いの言葉。

 それは彼自身にも理由の分からない「絶対に手放したくない」という強烈な執着の表れだった。


(距離が近いわゼノ!! 私の心臓が持たないからやめて!!)


 限界を迎えたセレスティアが、顔を真っ赤にしてフリーズする。


 その一部始終を店の隅で見ていたラキシスとアリア。


「おい、あの二人、武具屋のど真ん中で何の手を握り合ってんだ? 俺たちは何を見せられてるんだ?」


 呆れるラキシスに対し、アリアは的確すぎる解説を挟んだ。


「まあまあ! パトロンとしての投資が成功して、誓いの言葉(ファンサ)までもらえたんだから、そっとしておいてあげましょう!」




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