表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

19. 父の契約書と先手を打つ政治戦略

 



 『暁のフクロウ亭』の貸し切り個室。

 西の大商会『ロゼ』の会長(に変装したローゼンブルク侯爵)と、セレスティアたちパーティー『白銀の誓い』による、スポンサー契約の詰めの話し合いが行われていた。


「……以上が、我が商会から君たちへの支援内容だ。セレスティア様、こちらの契約書にサインを」


 ロゼ会長が、分厚い羊皮紙の束をテーブルの上で滑らせる。

 ゼノは部屋の扉の前に直立不動で立ち、サファイアブルーの瞳で怪しい豪商(侯爵)の一挙手一投足を鋭く監視し続けている。彼にとって、この商談の場ですら一切の気の抜けない護衛任務の最中なのだ。


「確認いたしますわ、会長」


 セレスは優雅な所作で羊皮紙を受け取り、目を通し始めた。

 表向きは、装備の提供や情報網の共有といった、冒険者に対する手厚い支援契約が書かれている。しかし、ページをめくった二枚目。そこには、商会の書式とは全く違う、見慣れた父親の力強い筆跡で書かれた『手紙』が挟まれていた。


『――愛するセレスティア。馬鹿な王太子の言葉など気にするな。我々が、自慢の娘を勘当するなどあり得ない。お前は今も昔も、ローゼンブルク侯爵家の誇りだ。お前の望む道を進みなさい。家族全員で、お前を守り抜く』


「……っ」


 その文面を目にした瞬間、セレスの指先が微かに震えた。


 公衆の面前で婚約破棄され、実家にも多大な迷惑をかけた。当然、縁を切られたものだと固く信じ込んでいた。一人で生きていく覚悟を決めていた彼女の心に、家族からの底知れない愛情が、温かい波となって押し寄せてくる。


(お父様……お母様……。ありがとうございます……)


 セレスは泣きそうになるのを必死に堪え、扇子で顔の半分を隠して深く息を吸い込んだ。


「……とても、素晴らしい契約内容ですわ。この条件で、よろしくお願いいたします」


 セレスが顔を上げ、サインをした羊皮紙を返す。

 その瞳に浮かぶ深い感謝の光を真っ直ぐに受け取り、ロゼ会長(侯爵)もまた、感極まりそうになるのを咳払いで誤魔化した。


「うむ! 契約成立だ。……さて、ここからは、君たちが今後この辺境で活動を続けるための『王宮対策』の話をしよう」


 ロゼ会長は表情を引き締め、ゼノとアリアを見据えた。


「単刀直入に言う。このまま辺境でコソコソ活動を続けるのは下策だ。噂を聞きつけた王宮の連中が、必ず干渉してくる。だからこそ、こちらから先手を打つ」


「先手を打つ、とは?」


 ゼノが鋭く問い返す。


「私が王都へ戻り、中央の貴族院と王宮へ大々的に『報告』するのだ。……『数日前、忽然と姿を消した国宝の聖女様は、女神の啓示を受け、辺境に現れた真の勇者を導くための聖なる旅に出られていた』とな」


 その言葉に、ラキシスが「ほう」と感嘆の声を漏らす。


「なるほど。ただの家出を、崇高な『神のお導き』にすり替えるわけか」


「そうだ。さらにこう付け加える。『その聖なる旅に、たまたま辺境にいた我が侯爵家の令嬢セレスティアが合流した。侯爵家はこれを名誉とし、勇者と聖女のパーティーを国の代わりに公式に支援している』……とな」


 ロゼ会長はニヤリと、貴族らしい老獪な笑みを浮かべた。


「これにより、聖女様の出奔は『勇者発掘の偉業』に変わり、王宮の面子は保たれる。さらに、勇者パーティーの後ろ盾がすでに我が侯爵家(ロゼ商会)となっている以上、王宮も安易に手出しはできなくなる。……国の管理下に置かれることなく、君たちは堂々と、勇者としての活動を辺境で続けられるというわけだ」


「ああ、なるほど! 私の『推し活』っていう置き手紙は、『勇者を推し進める活動』っていう意味だったんですね!」


 共犯者であるアリアが、ポンッと手を打って話を完璧に合わせた。


(……素晴らしいわ、お父様。これで王宮はゼノ様を無理に召し上げることも、私をパーティーから排除することもできなくなる。私たちの居場所が、完全に保証されたのね)


 セレスは内心で、家族の強大なバックアップに深く感謝した。


「……理にかなった戦略です。王宮の政治的な横槍を未然に防げるのであれば、これほど心強いことはない」


 ゼノもまた、ロゼ会長の提案の完璧さを認め、小さく頷いた。

 しかし、そのサファイアブルーの瞳の奥にある警戒心は、未だに解けていない。


「ですが、ロゼ会長。あなたがセレスティア様に危害を加える素振りを少しでも見せれば、王宮との関係がどうなろうと、僕が必ずあなたを斬ります。……それだけは、お忘れなきよう」


「わ、わかっておる……。見事な忠誠心だな、剣士殿」


 実の娘を命懸けで守ろうとする(そして自分を本気で斬ろうとしている)このストイックなSランク剣士に、侯爵は冷や汗を流しながらも、どこか複雑な親心を抱かざるを得なかった。


 こうして、セレスの心の奥底にあった「勘当の傷」は温かく癒やされ。

 侯爵家の絶大な政治力による「先制報告」という最高の一手により、勇者パーティー『白銀の誓い』は、誰に憚ることもなく、堂々と世界を救う(騙す)ための表舞台へと歩み出すこととなったのである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ