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1. 被害者(聖女)公認! タイムアタック婚約破棄

 



「セレスティア・フォン・ローゼンブルク侯爵令嬢! 貴様のような性悪女との婚約は、今この場をもって破棄させてもらう!!」


 王立魔術学園、大講堂。

 色とりどりのドレスや豪奢な礼服がひしめき合う、華やかな卒業記念パーティのど真ん中。


 王太子の、腹の底から響くような大音声がホールに轟いた。


 ざわめく貴族たち。

 一斉に突き刺さる、冷ややかな、あるいは軽蔑の視線。


 そして、その視線を一身に浴びる十六歳の少女、セレスティアは――。


(――キタキタキタキターーーッ!!)


 扇子で口元を優雅に隠しながら、誰にも気づかれないよう内心で渾身のガッツポーズを決めていた。


 彼女は現在16歳。王太子よりも2つ年下である。

 普通に考えれば、同じタイミングで卒業式を迎えるはずがない。


 だが、セレスティアは学園に入学してからのこの二年間、文字通り血を吐くような努力で魔法学と一般教養を脳内に叩き込み、前代未聞の『飛び級』を繰り返して、王太子の卒業年度に強引に合わせたのだ。


 すべては、この『大々的な婚約破棄イベント』を最速で発生させるため。


 王族との婚約なんていう重すぎる枷をさっさと外して。

 一刻も早く実家を追放されて。

 愛しのゼノを探し一緒に居られる自由を得るために!


 勇者としてのクソ重い使命など、今の彼女の頭には微塵も存在しない。


 いかにして愛しの彼をダミー勇者に仕立て上げ、二人でしっぽり因果の外へ消え去るかの計画でいっぱいである。


「皆の者、聞くがいい! このセレスティアは、聖女アリアの教科書を破り捨て、頭から泥水を浴びせかけ、旧校舎の地下室に閉じ込めたのだ!」


 王太子が声高に彼女の罪状を読み上げる。


(古くてボロボロだったから最新版の参考書をプレゼントし、セレスティアが開発した超高級ミネラル泥パックを施し、静かに昼寝できるVIPルームとして地下室を改装して提供しただけである)


 すべては、セレスティアと『ズブズブの共犯関係』にある聖女アリアと裏で結んだ、見事なマッチポンプの成果だ。


「もはや弁解の余地はあるまい! 貴様のような悪逆非道な女は、僕の婚約者にふさわしく――」


「――分かりましたわ」


 静まり返った大講堂に、セレスティアの涼やかな声が響いた。


「……は?」


 振り上げた拳を下ろすタイミングを完全に失い、王太子が間抜けな声を漏らす。


 セレスティアは扇子をパチンと閉じ、一歩前へ出た。


「婚約破棄と、ローゼンブルク侯爵家からの追放処分ですね。謹んでお受けいたしますわ」


「えっ、あ、いや……っ、貴様、反省の弁とか、泣き喚いて許しを乞うとか……というか、追放!?……」


「とんでもございません。殿下の素晴らしいご判断、心より支持いたします。それではわたくし、ひどく急ぐ用事がございますので、これにて失礼いたしますわ」


 ドレスの裾を優雅に摘み、王族に対する非の打ち所のない完璧なカーテシーを決める。


 大講堂は、水を打ったような――いや、完全に思考が停止したような静寂に包まれていた。


 セレスティアはくるりと背を向け、大股でホールの扉へと歩き出す。


 その途中。殿下の影に隠れるように立っていた『被害者』の聖女アリアと、ほんの一瞬だけ視線が交差した。


『(お疲れ、セレスちゃん! 完璧なタイムだったね!)』


『(ありがとうアリア。最高の演技だったわ)』


 怯えて震えるフリをしながら、顔の半分を隠してバッチリとウインクを決めてくるアリア。


 セレスティアは口元だけでふっと微笑み返し、そのまま一度も振り返ることなく、重厚な扉を開け放って夜の闇へと飛び出した。


「えっ!?」


「えっ、本当に出て行ったぞ!?」


「強がり……いや、なんかめちゃくちゃ足取り軽くなかったか!?」


 遅れて弾けた貴族たちの困惑の声と、


「ま、待て! 僕の話はまだ終わって――!」


 という、王太子の情けない叫びが背後から聞こえた気がしたが、彼女の知ったことではない。



***



 数時間後。


「いやー! 完璧なフィナーレだったねセレスちゃん! 殿下のあのポカン顔、笑い堪えるの必死だったんだけど!」


「お疲れ様アリア。あなたの『怯える小動物』の演技も、年々キレが増してたわね。劇団のトップ女優も夢じゃないわ」


 王都外へと向かう豪華な馬車の中で、セレスティアと聖女アリアは優雅にノンアルコールのシャンパンで乾杯していた。


「それにしても、見事なスピード追放劇だったわね! 一切の未練なしって感じが最高にクールだった!」


「ええ、おかげで予定よりだいぶ早く動けそうよ」


「……で、次はどうするの?」


 馬車の揺れに合わせて金糸の髪を揺らしながら、アリアが大きなリュックサックを下ろして尋ねる。


 セレスティアはリュックサックを見て、目を瞬かせた。


「ちょっと待って、アリア。 その大荷物は何!? もしかして……」


「え? だって、私セレスちゃんについていくって最初から決めてたもん。お城での生活なんて退屈すぎて死んじゃうし。それに……」


 アリアは、セレスティアの右腕を真っ直ぐに指さした。


 豪華なドレスの下に隠された、淡く光る『勇者の証』を。


「聖女の直感ってやつ? 世界には魔物が溢れていていつ魔王が復活するか分からない。 それなのに勇者がどこにもいない。でも、セレスちゃんは途方もない力を持ってる。……セレスちゃんが、勇者なんでしょ?」


 アリアの揺るぎない瞳に、セレスティアは小さく息を吐いた。


「ええ、そうよ。私が勇者なの。だけど……使命を果たすと消えちゃうでしょう? 私にはどうしても、残して消えたくない人がいるの。 だから、足掻いてみようと思って。 最愛の人を見つけ出して、彼を世界の誰もが認める『勇者』にするわ」


「今度は世界を騙すのね! さすが悪役令嬢だね、私、全力で協力する! どんな計画か教えて!」


 無邪気に笑うアリア。


 こうして、本物の勇者たる令嬢と、ノリの良い聖女による、世界を巻き込んだ壮大な『勇者プロデュース計画』が幕を開けた。




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