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16. 災害指定魔獣と神話の演出

 



 ズズン……、ズズン……ッ!


 フレリアの街の北門に展開した防衛陣地に、地鳴りのような足音が響き渡っていた。

 土煙を上げて南下してくるのは、小山と見紛うほどの巨体を誇るAランク魔獣『狂魔の岩竜マッド・アースドラゴン』。全身を覆う岩の鱗は鋼よりも硬く、その一歩ごとに大地がひび割れ、木々が薙ぎ倒されていく。


「ひ、ひぃぃっ……! あんな化け物、俺たちの剣が通じるわけがない!」

「弓兵、放て! 少しでも足止めをするんだ!」


 街の自警団や冒険者たちが必死に矢や魔法を放つが、岩竜の分厚い装甲の前では弾かれるばかりだ。圧倒的な絶望感が、陣地全体を覆い尽くそうとしていた。


「……セレスティア様、アリア様。ラキシスの結界の内側から、絶対に出ないでください」


 混乱する陣地の最前線。

 ゼノは、ただ一人、静かに剣の柄に手を添えていた。


「ええ、ゼノ様。どうかご無事で……私たちの帰る場所を、守ってくださいませ」


 セレスが両手を胸の前で組み、祈るように見つめる。

 その言葉を受け、ゼノは「必ず」と短く応え、岩竜へと向かってただ一人、悠然と歩みを進めた。


(……さあ、始めましょうか)


 セレスは扇子で口元を隠し、誰にも気づかれないよう、瞳の奥に『真の勇者』としての深淵の魔力を宿した。


 愛する彼に、かすり傷一つ負わせるわけにはいかない。

 Aランクの災害指定魔獣だろうが関係ない。彼が振るう剣が必ず届くよう、私が世界で最も残酷で、最も確実な盤面を裏から構築する。


極大重力結界グラビティ・プリズン

岩石装甲脆弱化アーマー・メルト

『神聖なる剣の加護ホーリー・エンチャント』――。


 無詠唱で放たれた不可視の神聖魔術が、戦場を支配する。

 岩竜の周囲の重力が局地的に数倍に跳ね上がり、その巨体の動きが泥に沈むように鈍る。同時に、鋼より硬いはずの岩の鱗が、魔法の干渉によって粘土のように脆く変質していった。


『グォォォォォォッ!?』


 自身の体に起きた不可解な異変に、岩竜が苛立ちの咆哮を上げる。

 そして、目前に立つ小さな人間――ゼノに向けて、巨大な尻尾を大木を薙ぎ払うように振り抜いた。


「遅い」


 ゼノのサファイアブルーの瞳が、冷徹にその軌道を捉える。

 セレスのバフによって限界突破した彼の純粋な身体能力が、常人には視認できない神速の踏み込みを生み出した。


 ゼノは上段に構えたミスリルの剣を、岩竜の巨体に向かって一切の迷いなく振り下ろした。


 ――その瞬間である。


『パァァァァァァァァァァンッ!!!』


「!?」


 ゼノの剣閃から、天を衝くほどの巨大な黄金の光の柱が立ち昇った。

 それだけではない。無数の『光の羽根』が空を舞い、どこからともなく『アァァ〜〜〜♪』という、百人の聖歌隊が歌い上げるような荘厳なコーラスが戦場全体に響き渡ったのだ。


 ラキシスが徹夜で組み上げた特効魔道具『闘気光輝変換環・第二形態』の、あまりにも過剰で、神話の壁画そのままのような演出である。


「な、なんだあの光は!?」

「天使の羽根が……! 聖なる歌声が聞こえるぞ!!」


 絶望していた街の兵士たちが、信じられないものを見るように目を見開いた。


 光の柱の直撃(実際はただの物理的な剣圧)を受けた岩竜の巨体は、セレスのデバフによって泥のように脆くなっていたこともあり、まるで豆腐を切るかのように、頭から尻尾まで綺麗な一文字に両断された。


 ズズゥゥゥンッ……!!!


 Aランク魔獣が、真っ二つに分かたれて大地に沈む。

 巻き上がる土煙の中、舞い散る光の羽根と黄金の残滓を纏いながら、ゼノがゆっくりと残心をとった。


 ――静寂。

 風の音すら消えたかのような数秒間の後、陣地から爆発的な歓声が沸き上がった。


「た、倒したぞぉぉぉぉっ!!」

「一撃だ! あの岩竜を、光の聖剣で一刀両断しやがった!!」

「見ろ、あの後光を! やはり噂は本当だったんだ! ゼノ様は、伝説の勇者の再来だぁぁぁっ!!」


 兵士たちや冒険者たちが、武器を天に掲げて熱狂の渦に包まれる。


(……ええ。完璧ですわ)


 セレスは、歓声の波の中で静かに微笑んだ。


 713回、残酷な結末を押し付けてきた神のシステム。それを欺き、愛する彼を『絶対的な勇者』として世界に刻み込むための、最初の巨大な楔が今、完全に打ち込まれたのだ。


 この圧倒的な光景を目にすれば、もう誰も彼がただの剣士だとは疑わない。


「フハハハハハ!! 見たか! 俺の計算し尽くした光の屈折率と、空間反響を応用した音響魔術の完璧なる融合を!! 英雄には最高の舞台装置が必要不可欠なのだ!!」


 ラキシスが両手を広げて大歓喜している。


「ラキシス様。素晴らしいお仕事です。帰ったら特別ボーナスを支給しますわ」


「本当かセレスちゃん!? よし、次は倒した瞬間に背後に後光の魔法陣が浮かび上がる仕様に――」


「それ以上はゼノさんの精神が削れるのでやめてあげてください」


 有能な聖女アリアが、淡々と釘を刺した。

 その言葉通り、討伐を終えて戻ってきたゼノの表情は、これまでにないほど深く沈み込んでいた。


「……セレスティア様」


 ゼノは光の明滅が収まった剣を鞘に納め、深々と頭を下げた。


「ご無事で何よりです。あなたの平穏を脅かす敵は排除しました。……ですが、あの、あまりにもけたたましい歌声と羽が舞う仕掛けは、護衛の際の隠密行動に致命的な支障をきたします。今すぐ外しては――」


「ゼノ様」


 セレスは優しく、しかし有無を言わさぬ慈愛の笑みで彼を見つめた。


「あの神々しい光があったからこそ、怯えていた街の人々も希望を取り戻せたのですわ。あなたのその剣は、ただの護衛の剣ではなく、皆を導く『光』になったのですよ。……私、とても誇らしかったです」


「……っ」


 主からの、最大級の賛辞と信頼の眼差し。

 ストイックな護衛剣士は、その言葉の前には完全に無力だった。


「……あなたがそうおっしゃるなら。この過剰な仕掛けも、甘んじて受け入れます」


 ゼノはギリッと奥歯を噛み締め、ストイックな忠誠心と羞恥心の間で静かに葛藤した。


「おぉぉぉっ! ゼノよ、我が街を救ってくれた真の英雄よ!!」


 そこに、涙と鼻水を流しながら、ギルドマスターをはじめとする街の代表者たちが雪崩れ込んできた。


「あの岩竜を一撃で討ち果たすとは……! やはりお前は、神話に謳われる――」


「あ、感動のところ失礼します」


 アリアが、ギルドマスターの前にスッと進み出た。

 その手には、しっかりと『討伐証明』の書類と羽ペンが握られている。


「事前のお約束通り、街の総力戦における最大貢献者として、私たちパーティーの『Bランクへの特例昇格』と、Aランク魔獣討伐の『特別報酬』の手続きをお願いします。あと、あの岩竜の魔石と素材の優先買取権もウチでいいですよね?」


「お、おお……もちろんだとも。勇者様のパーティーに、国庫を叩いてでも最大限の報奨を約束しよう!」


 街中が「伝説の勇者の誕生」に湧き上がる中。

 最愛の親友の共犯者たるアリアは、冷徹なまでに事務的な手際で、確実な地位と資金を回収していく。


 こうして、セレスティアの完璧な裏工作と、ラキシスの無駄に派手な特効魔道具により。

『Sランク剣士ゼノ=伝説の勇者』という絶対的な名声は、辺境都市フレリアから王国全土へ向けて、爆発的な勢いで広まっていくこととなるのだった。




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