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14. 侯爵の決意と過保護を極める剣士

 



 王都、ローゼンブルク侯爵家の地下訓練場。


 辺境都市フレリアへ派遣されていた精鋭影騎士団の隊長が、侯爵の前に深く片膝をついていた。

 彼らの表情は一様に青ざめ、深い疲労と恐怖が刻み込まれている。


「……申し訳ございません、旦那様。我々の力では、あのお二人を『保護』することは叶いませんでした……!」


「どういうことだ。我が家の精鋭であるお前たちが、ただの冒険者相手に後れを取ったというのか?」


 侯爵が険しい顔で問い詰めると、隊長は震える声で報告を始めた。


「あのSランクの剣士……化け物です。その剣速と膂力は、我々がこれまで対峙してきたどの魔獣よりも規格外でした。さらに、彼の振るう剣からは大聖堂の鐘の音と共に、目を焼くような神々しい黄金の光が放たれており……我々は完全に視界と気勢を削がれました」


「光の剣、だと……?」


「はい。ですが、最も恐ろしかったのは……」


 隊長はゴクリと喉を鳴らし、信じられないものを見るような目で自分の両手を握りしめた。


「あれほど凄まじい連撃を浴び、何度も石畳に叩きつけられたというのに……我々の体には、骨折はおろか、打撲の痕一つ残っていないのです」


「……なんだと?」


「不思議なことに、斬り飛ばされるたびに温かい力で傷が癒え、無理やり立ち上がらされるような感覚がありました。……あの剣士、我々をあえて殺さず、治癒と破壊を繰り返してなぶり、精神だけを完全に破壊する気だったのだと……!」


 その報告を聞いた瞬間、侯爵の顔からサッと血の気が引いた。


 影騎士たちが無傷だった本当の理由は、セレスティアの裏からの『絶対防壁』と、アリアの『極大ヒール』による隠蔽工作の賜物である。

 しかし、娘の力や聖女の加担を知る由もない侯爵には、まったく別の恐ろしい光景として脳内変換されていた。


(怪我を治しながら、光の剣で精神だけを徹底的に破壊する……なんというサディスティックで残忍な男だ! 我が愛娘と聖女様は、そんな恐ろしい男に人質として囚われているというのか!)


 侯爵はギリッと奥歯を噛み締め、マントを翻した。


「……ええい、私が直接フレリアへ向かう!」


「だ、旦那様!? しかし、当主自らが辺境へ赴くなど……王宮に怪しまれます!」


「馬鹿者、正装で行くわけがなかろう! 身分を隠し、一介の豪商に変装してあの男に接触し、セレスティアたちを必ず奪還するのだ! すぐに出立の準備をしろ!!」


 かくして、壮絶な勘違いを胸に抱いたローゼンブルク侯爵自らが、娘の奪還のために王都を出発することとなった。



***



 一方、その頃。


 辺境都市フレリアの『暁のフクロウ亭』では、穏やかな朝の光が食堂に差し込んでいた。


「……セレスティア様。このスープ、厨房からの動線で一瞬だけ死角を通過しています。僕が先に毒見を」


「ゼノ様。ここは私たちが定宿にしている平和な食堂ですわ。それに、このスープは先ほど厨房のおかみさんが笑顔で運んできてくれたものですけれど?」


「昨夜の『不死身の襲撃者』たちの手口は、極めて高度で隠密に長けていました。彼らの狙いが何であれ、あなた方に危険が及ぶ可能性が1ミリでもあるなら、護衛としてあらゆる可能性を潰すのが僕の義務です」


 ゼノは極めて真剣な顔でそう告げると、セレスティアのスープをスプーンですくい、静かに口に運んだ。

 その横顔には、一切の妥協を許さないSランク剣士としてのストイックな使命感が張り詰めている。


(ああ……713回目のあなたも、本当に不器用で、誠実で……愛おしい人)


 セレスは扇子で口元を隠し、内心で静かに目を伏せた。


 昨夜の敵が実家の騎士団であることも、彼らがもう追ってこないことも、彼女は知っている。しかし、何も知らない彼が、自分の命を懸けて自分を守ろうとしてくれるその不器用な献身が、胸の奥を温かく締め付けるのだ。


「……異常はありません。どうぞ、セレスティア様」


「ふふ、ありがとうゼノ様。あなたのその細やかな配慮、とても頼もしく思っていますわ」


 セレスが優雅に微笑んでスープ皿を受け取ると、ゼノは「当然の務めです」と深く頭を下げ、彼女の背後ピタリ1歩の位置に直立不動で控えた。


 その異様すぎる光景に、向かいの席でパンをかじっていたアリアが、ジト目を向ける。


「ゼノさん。さっき厨房のおばちゃんが、ゼノさんの隙のない殺気が怖くて野菜が切れないって泣いてましたよ」


「……厨房の裏口に罠が仕掛けられていないか、視線で牽制していただけなのですが。僕の配慮が足りませんでした、後で謝罪してきます」


 大真面目に反省するゼノ。

 そこに、2階の階段からドタドタと不機嫌な足音が下りてきた。


「おいゼノ! お前、また俺の部屋の扉を粉砕したな!?」


 徹夜明けのラキシスが、寝癖のついた頭を掻き毟りながらゼノを指差す。


「ラキシス。昨夜の敵の身のこなしは尋常ではありませんでした。あなたの寝込みが襲われていないか、朝一番で最速の安否確認をするためには、ドアノブを回すコンマ数秒すら惜しかったのです」


「だからって、おはようの挨拶代わりにドアごと部屋に突入してくる奴があるか! 俺の書きかけの術式メモが爆風で全部散らばっただろうが!!」


 天才魔術師の悲痛な叫びに、アリアが冷静な声で手元の帳簿に書き込みをする。


「……宿の主人へのドアの弁償代、これで3回目ですね。金貨を追加で支払っておきます」


「仕方ないですね、アリア。彼が私たちの安全のために、これほど心を砕いてくれている証ですもの。必要経費として私の口座から落としてちょうだい」


 セレスが優雅に紅茶を口にしながら事もなげに言うと、ゼノは「寛大なお心遣い、感謝いたします」と再び深々と頭を下げた。


 アリアは小さくため息をつきながら、パンにジャムを塗る。


(ゼノさんの護衛としての真面目さが、セレスちゃんのお父様たちのせいで完全に裏目に出ちゃってるなぁ。……でも、セレスちゃんが嬉しそうだから、まあいっか)


 究極の共犯者であるアリアは、目の前で繰り広げられる過保護な剣士と、それを愛おしそうに受け入れる親友の姿を、どこか楽しげに見守っていた。


 王都から巨大な勘違いを抱えた侯爵が迫っていることなど露知らず。

 辺境都市フレリアの朝は、今日も異常な安全管理と、温かなすれ違いのまま過ぎていくのであった。





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