13. 迫る侯爵家の影とすれ違う鉄壁の護衛
初めてのダンジョン探索依頼を終え、黄昏の空の下を歩く4人。
定宿である『暁のフクロウ亭』まであと少しという、人通りの少ない裏路地に差し掛かった時のことだった。
「……止まってください」
先頭を歩いていたゼノが、ピタリと足を止め、低く鋭い声を放った。
彼のサファイアブルーの瞳が、夕闇に沈む路地の屋根と、前後の退路を冷徹に射抜く。
「囲まれています。数は十。……ただの盗賊ではありません。足音も気配も完全に殺している。高度な訓練を受けた、隠密の戦闘集団です」
ゼノの言葉に、ラキシスが即座に迎撃の術式を指先に展開する。
一方、セレスティアは静かに目を細め、夕闇に潜む『敵』の気配を探った。
真の勇者である彼女の規格外の知覚は、屋根の上に潜む者たちのわずかな呼吸の癖や、装備の擦れる微かな音までを完璧に捉えていた。
(……この統率の取れた動き。それに、短剣の柄に微かに彫られた百合の紋章……間違いないわ。お父様の直属である『ローゼンブルク侯爵家・精鋭影騎士団』ね)
セレスは内心で冷や汗をかいた。
王太子から婚約破棄され、実家から勘当されたはずの自分を、なぜ侯爵家の精鋭たちが追ってくるのか。
理由は一つしか思い当たらない。王宮の面子を潰した自分を正式に捕縛し、あるいは一緒にいる国宝級の聖女アリアを王宮へ連れ戻すためだ。
(……私を連れ戻そうとするのは構わない。けれど、もし彼らがゼノ様に剣を向ければ、ゼノ様は容赦なく彼らを斬り伏せてしまう)
セレスは静かに、しかし冷徹な決意を固めた。
愛する彼の剣を、自分の家族の血で汚させるわけにはいかない。そして何より、この穏やかな日々を終わらせるつもりは微塵もなかった。
「セレスティア様、アリア様。僕の背中から離れないでください。……一瞬で片付けます」
ゼノが、腰のミスリル剣を静かに抜き放つ。
チャキッ、という澄んだ音と共に。
シャラララーーーンッ!!!
「なっ!?」
夕闇の裏路地が、突如として大聖堂の鐘の音と、真昼のような黄金の光に包み込まれた。ラキシスの開発した『闘気光輝変換環』が、ゼノの闘気に反応して無駄に神々しいエフェクトを全力で撒き散らしたのだ。
闇に紛れてセレスたちを安全に『保護』しようと近づいていた影騎士たちは、突如現れた強烈な光と音に完全に視界を奪われ、激しく動揺した。
「ひ、光の剣!? 馬鹿な、こいつが噂の『神話の勇者』だというのか!」
「ええい、構わん! 我らの使命はセレスティア様と聖女様を王宮の魔の手からお守りすること! この剣士を無力化して、お二人を確保しろ!!」
影騎士の隊長が声を張り上げ、十人の精鋭が一斉にゼノへと襲いかかった。
「……甘い」
ゼノの姿がブレた。
魔法を持たない彼の、純粋な身体能力のみによる神速の踏み込み。黄金の光を帯びた剣の腹が、一切の容赦なく、先頭の影騎士の胴体を薙ぎ払う。
(ダメっ!)
その瞬間、セレスティアは無詠唱で神聖魔術を放った。
『絶対防壁』『衝撃吸収』『生命力継続回復』――。
彼女が魔法をかけた対象は、ゼノではない。ゼノに斬り飛ばされようとしている『敵(実家の影騎士たち)』である。
ドゴォォォォンッ!!
ゼノの規格外の腕力で放たれた一撃を食らい、影騎士たちは石畳を削りながら路地の奥へとボールのように吹き飛んでいった。普通なら全身の骨が砕け散っているはずの威力である。
「……む?」
剣を振り抜いたゼノが、微かに眉をひそめた。
吹き飛ばしたはずの襲撃者たちが、ゴホゴホと咳き込みながらも、骨一つ折れることなく全員がゆらりと立ち上がったのだ。
「馬鹿な……僕の全力の剣撃を受けて、無傷だと……?」
ゼノの表情に、これまでにないほどの緊迫感が走る。
相手はただの人間ではない。もしかすると、太古の魔法で強化された魔人か何かなのではないか。護衛としての危機感が、ゼノの闘気をさらに一段階引き上げた。
「……セレスティア様。どうやらこの者たち、尋常ではありません。本気で排除します」
「ま、待ってくださいませゼノ様! 無闇に命を奪うのは――!」
セレスの静止も聞かず、ゼノは黄金の光を撒き散らしながら、再び影騎士たちへと突っ込んでいく。
ドガン! バキィッ!
裏路地に響き渡る、人間が殴られているとは思えないほどのすさまじい破砕音。
しかし、どれだけゼノが剣の腹で強打し、石壁に叩きつけようとも、影騎士たちはセレスが裏からかけ続ける『極大の防御バフ』のおかげで、物理的なダメージを一切受けていなかった。
(くっ……! ゼノ様の連撃が重すぎる……! 私の防御魔法の上からでも、彼らの体力が削られてしまうわ……!)
セレスが額に汗を浮かべながら、必死に『敵』に防御魔法を重ね掛けする。
その横で、一部始終を冷静に観察していたアリアが、小さく息を吐いた。
(ああ、あれセレスちゃんのご実家の騎士団ね。お父様たち、心配で探しに来ちゃったんだ。……でも、このままじゃゼノさんが彼らを魔人か何かと勘違いして、本当に首をはねかねないわね)
アリアは、セレスの意図を完璧に理解した。
彼女はそっと手を合わせると、ゼノの死角から、影騎士たちに向けて広範囲の『極大ヒール(疲労回復)』を連続で発動させた。
「はぁ、はぁ……な、なんだこの剣士は……! 信じられんほどの重い一撃……だが、なぜか全く痛くない……!?」
「それに、いくら殴られても不思議と活力が湧いてくるぞ……! これが、我らのローゼンブルク侯爵家への忠誠の力か!!」
勘違いを加速させた影騎士たちが、アリアの回復魔法によってゾンビのように何度も立ち上がり、ゼノへと立ち向かっていく。
「……ッ、どれだけ打撃を与えても即座に回復するだと!? やはり人間ではない……不死身の怪物か!」
シャラララーーーンッ!! という無駄に神々しい音と共に、ゼノの焦燥感が剣閃をさらに加速させる。
そして最後尾では、ラキシスが「うむ、連続で剣を振るうと光の残像が重なって美しいな」と呑気にメモを取っていた。
数分後。
防御バフと回復魔法で物理ダメージこそゼロだったものの、ゼノの圧倒的な剣圧と「光と音」による精神的疲労により、影騎士たちはついに膝をついた。
「隊長……これ以上は無理です……! あの光の勇者、強すぎます……!」
「くそっ……セレスティア様と聖女様を王宮の魔の手からお守りしたかったが……今の我々では、あの化け物からお二人を引き剥がすことは不可能だ! 撤退する!!」
影騎士たちは煙玉を地面に叩きつけ、文字通り命からがら、夕闇の中へと逃げ去っていった。
「……逃げられましたか」
ゼノは光り輝く剣をゆっくりと鞘に納め、深く息を吐き出した。
その整った顔には、襲撃者を仕留め損なったことへの強い悔恨が滲んでいる。
「申し訳ありません、セレスティア様。僕としたことが、あなたを狙う追手を逃してしまいました。……あの異常な耐久力と回復力。次は必ず、息の根を止めます」
(お願いだからやめてあげて。お父様の忠実な部下たちなの……)
セレスは内心で深く安堵のため息をつきながらも、決して表情を崩さず、静かに彼の腕に手を添えた。
「気に病むことはありませんわ、ゼノ様。あなたが盾となってくださったおかげで、私たちはこうして無傷なのですから。……素晴らしい護衛でしたわ」
「……もったいないお言葉です」
主からの労いに、ゼノは真剣な眼差しのまま深く頭を下げた。
こうして、愛娘を保護しようとした侯爵家の精鋭部隊は、「不死身の怪物」としてゼノに警戒されることとなり。
セレスの静かで深い愛情(と隠蔽工作)は、彼女の愛する護衛の剣を、身内の血で汚すことから完璧に守り抜いたのであった。




