12. 初めてのダンジョンと輝きすぎる剣士
辺境都市フレリアの冒険者ギルド。
Cランクに昇格したセレスティアとアリアは、ギルドの壁に張り出された羊皮紙の依頼書を熱心に見つめていた。
「これまではギルドが常時買い取ってくれる薬草や魔石の依頼ばかりでしたが、今日からはこの張り出し依頼を自由に受けられるのですね」
「うん。せっかくCランクになったんだから、少し歯ごたえのある依頼に挑戦してみたいよね。……あ、これなんかどうかな?」
アリアが指差したのは、『黄昏の地下迷宮・第一階層における【青光石】の採取』という依頼だった。
魔法の触媒として需要が高い鉱石だが、薄暗いダンジョンの奥深くでしか採れないため、Cランク指定となっている。
「いいですわね。階層を降りず、入り口と同じ第一階層の奥へ進むだけなら、地形の把握もしやすいはずですわ」
セレスティアが頷くと、背後に控えていたゼノが静かに口を開いた。
「『黄昏の地下迷宮』ですね。あそこは通路が狭く、視界も悪い。ですが、第一階層であれば出現する魔物もCランク以下が中心です。僕が先行して安全を確保すれば、問題なく採取できるでしょう」
ゼノは相変わらず、完璧な護衛としてのストイックな意見を述べる。
しかし、セレスはパチンと扇子を鳴らして彼を見上げた。
「ゼノ様。安全を確保してくださるのは心強いですが、私たちもCランクの経験を積まなければなりません。道中で私たちが対処できそうな魔物が出た場合は、極力自分たちで倒させてくださいませ」
「……分かりました。ですが、少しでも危険だと判断した場合は、僕が斬ります。あなたの安全が最優先ですから」
「ええ、頼りにしておりますわ」
ゼノの過保護な条件を快諾し、4人は受付で依頼を受注した。
***
『暁のフクロウ亭』から馬車に揺られること1時間。
鬱蒼と茂る森を抜けた先に、ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟――『黄昏の地下迷宮』の入り口が現れた。
ひんやりとした湿った風が、ダンジョンの奥から吹き抜けてくる。
「では、僕が先頭を歩きます。ラキシスは最後尾を。アリア様とセレスティア様は、絶対に僕の背中のすぐ後ろから離れないでください」
ゼノの鋭い視線がダンジョンの闇を見据える。
ラキシスが指先に灯した魔術の光を頼りに、4人は慎重に地下迷宮へと足を踏み入れた。
第一階層は入り組んだ自然洞窟のような構造だった。
歩き始めて数十分。さっそく、暗がりからカサカサという不気味な足音とともに、巨大なムカデのようなCランク魔物『ケイブセンチピード』が2匹、壁を這って襲いかかってきた。
「来ます、セレスちゃん!」
アリアが即座に前に出て、強固な防御結界を展開する。
魔物の鋭い大顎が結界に弾かれ、火花が散った。
「硬い甲殻を持つ魔物ですわね。ならば、関節の隙間を――『氷の矢』!」
セレスが扇子を振り抜くと、無詠唱で生成された無数の鋭い氷柱が、結界の外で体勢を崩した魔物の甲殻の継ぎ目を正確に貫いた。
ギャァァッ、と短い悲鳴を上げ、2匹の魔物が絶命して地に落ちる。
「お見事です。冷静な判断と、正確な魔法のコントロール。これなら第一階層の魔物相手でも十分立ち回れますね」
ゼノが感心したように頷く。
セレスとアリアは、Cランクとしての実戦経験を積むべく、その後も現れる数匹の魔物を自分たちの手で的確に処理していった。
しかし、ダンジョンの奥へ進むにつれ、魔物の気配が濃くなっていく。
目的の『青光石』が群生する鉱脈の部屋にたどり着いた時だった。
『グルァァァァァッ!!』
天井の暗がりから、岩と同化していた4匹の巨大な『ロックガーゴイル』が、一斉にセレスたちに向かって滑空してきたのだ。
硬質な岩の体を持つ、Cランク上位の厄介な魔物である。
「数が多い。下がってください、セレスティア様!」
ゼノが鋭く声を上げ、セレスたちを庇うように前へ出た。
彼は迷うことなく、腰のミスリル剣を抜き放つ。
チャキッ、と澄んだ金属音が響いた、次の瞬間。
――シャラララーーーンッ!!!
「!?」
ゼノが剣を振り抜いた軌跡から、ダンジョンの暗闇を真昼のように照らし出す、無駄に神々しくて黄金に輝く光の帯がブワッと溢れ出した。
さらに、どこからともなく大聖堂の鐘の音と、荘厳な天使のコーラスのような効果音が鳴り響く。
ラキシスが昨日、ゼノの剣の鍔に勝手に装着した特効魔道具『闘気光輝変換環』が、完璧に作動したのだ。
ゼノの放った凄まじい物理的な剣圧は、4匹のロックガーゴイルを文字通り一刀両断して粉砕した。
しかし、周囲に舞い散る黄金の光の粒子と、響き渡る聖なる効果音のせいで、その光景は「勇者の聖なる一撃によって、邪悪な魔物が浄化された」ようにしか見えない。
「……っ!」
魔物を瞬殺したゼノは、光り輝く剣を持ったまま、羞恥と困惑で完全にフリーズしていた。
彼のストイックな美学からすれば、この無駄な光と音は拷問に近い。
「フハハハハ!! 見たか! 俺の改良版『闘気光輝変換環・コーラス付き』の威力を!! 暗いダンジョンだと余計に光が映えるな!!」
最後尾でラキシスが腹を抱えて大爆笑している。
「ゼノさん、すごく勇者っぽいです。眩しすぎて前が見えません」
アリアが目を細めながら、極めて平坦な声で感想を述べた。
(あああっ……!! 薄暗いダンジョンを照らす、光り輝く推しの剣撃!! これぞファンタジーの王道、真の勇者のお姿ですわ!! ラキシス様、天才すぎます!!)
セレスは内心で限界オタクとして狂喜乱舞のスタンディングオベーションを送りながらも、表面上は淑女の微笑みを崩さずにゼノに歩み寄った。
「素晴らしい一撃でしたわ、ゼノ様。あなたのその神々しい光のおかげで、ダンジョンの暗闇の不安も吹き飛びました」
「……セレスティア様が、そうおっしゃるなら。……ですが、やはり音が少し……」
主から褒められ、ゼノはギリッと奥歯を噛み締めながら、シャラランと光を放ち続ける剣を、そっと鞘に納めた。彼の耳まで真っ赤になっているのは、光のせいだけではないだろう。
ゼノの『神々しい一撃』によって鉱脈の部屋の安全が完全に確保された後、セレスとアリアは壁に群生する青く光る鉱石を、ピッケルを使って丁寧に採掘していった。
「目的の青光石、規定量まで採取完了しましたわ!」
セレスが麻袋の口を縛り、達成感に満ちた笑みを浮かべる。
「お疲れ様、セレスちゃん! 初めてのダンジョン依頼、大成功だね!」
「ええ。ゼノ様とラキシス様の護衛のおかげですわ」
セレスが振り返ると、ラキシスは「次はどんなエフェクトにしようか」とブツブツと手帳にメモを取り、ゼノは深い疲労感(主に精神的なもの)を滲ませながら壁に寄りかかっていた。
「……帰りましょうか。皆さんの安全を、帰り道も全力で……この剣で、お守りします」
ゼノが腰の剣に手を当てて、遠い目で呟く。
物理特化のSランク剣士が強制的に「光り輝く勇者」の演出を背負わされたまま、セレスたちの初めてのダンジョン探索依頼は、大成功のうちに幕を閉じたのであった。




