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11. 天才魔術師の思いつき

 



 辺境都市フレリアは、依然として「Sランク剣士ゼノ=伝説の勇者の再来」という噂で持ちきりだった。


 その噂の震源地である当の本人たちはといえば、定宿となった暁のフクロウ亭の食堂で、いつも通りの穏やかな朝食をとっていた。


「アリア様、セレスティア様。本日の依頼ですが、Cランクに昇格したとはいえ、まずは比較的浅い遺跡の調査から慣らしていくのが賢明かと――」


 ゼノが、淹れたての紅茶を口にしながら、極めて真面目な顔で本日の安全な護衛計画を語り始めた、その時だった。


「ゼノ!! お前には決定的に足りないものがある!!」


 バンッ! と勢いよく食堂の扉が開き、徹夜明けで目を血走らせたラキシスが転がり込んできた。


「……おはようございます、ラキシス。朝から随分と騒がしいですね。僕に足りないものとは、何ですか?」


 ゼノが静かにカップを置く。

 ラキシスはゼノの目の前までツカツカと歩み寄り、ビシッと彼を指差した。


「『派手さ』だ!!」


「……は?」


「街中でお前は『伝説の勇者の再来だ』と騒がれている! 確かにあの日、お前が放った闘気と剣圧はBランクの変異種を岩壁ごと吹き飛ばすほど凄まじかった! だがな、純粋な『物理』であるお前の剣撃には、光も、爆炎も、派手さが一切ない!!」


 純粋な剣士であるゼノは、不思議そうに首を傾げた。


「剣とは敵を斬り伏せるためのものです。無駄な光や爆炎など、視界を遮るだけで実戦では不要でしょう」


「馬鹿者!! 神話の勇者たるもの、聖なる光を放ち、悪を打ち払う神々しい姿でなくてはならないのだ! 今のままでは、ただの『物理的に異常に強いお兄さん』でしかない!!」


 ラキシスの熱弁に、ゼノは「強ければそれでいいのでは?」と全く理解できない様子だったが、横で聞いていたセレスティアは、表面上は優雅に微笑みながらも、内心でラキシスを大絶賛していた。


(……素晴らしい着眼点ですわ、ラキシス様!!)


 ゼノを『世界が認める勇者』にするには、確かに「視覚的な説得力」が必要だ。

 真の勇者であるセレスのサポートは、対象の身体能力を底上げする完全な不可視の神聖魔術バフである。光も音も出ないからこそ隠蔽には最適だが、逆に言えば、ゼノの戦い方はどこまでも地味な「物理攻撃」になってしまう。


(もしゼノ様の剣が、魔法の使えない彼自身の力ではなく『魔道具の効果』として神々しく光り輝けば、民衆は彼をより一層『勇者』として崇め立てる。その上、支援魔法もすべて『ゼノ様の持つ魔道具の力』としてごまかせる……一石二鳥ですわ!)


 セレスは静かにカップを置き、パチンと扇子を開いた。


「ラキシス様。あなたのおっしゃる通りですわ」


「セ、セレスティア様?」


 突然の雇い主の賛同に、ゼノが目を丸くする。


「考えてもみてください、ゼノ様。あなたが魔物と対峙した際、その剣が眩い光を放てば、魔物は本能的に畏縮するはずです。それは結果として、私たちを安全に護衛することに繋がりませんか?」


「……確かに、威嚇効果による安全性の向上は、護衛任務において理にかなっています」


 ゼノは「主の安全に繋がる」と言われると極端に弱い。彼が渋々納得したのを見て、ラキシスは「フハハハ!」と高笑いしながら、懐から銀色の奇妙なリングを取り出した。


「というわけで、徹夜で組み上げたのがこれだ! 名付けて『闘気光輝変換環とうきこうきへんかんリング』!! 剣の鍔に装着するだけで、振り抜いた際の運動エネルギーを感知し、無害だが無駄に神々しい黄金の光と、謎の聖なる効果音を発生させる!」


「……効果音まで鳴るんですか」


 アリアがジト目でツッコミを入れる。


「当然だ! さあゼノ、さっそく中庭でテストしてみるぞ!!」



***



 暁のフクロウ亭の広い中庭。


 ゼノは自身の最高純度ミスリルの剣の鍔に、ラキシスの作った怪しげなリングを装着させられていた。


「いいかゼノ。いつも通り、鋭く素振りをしてみろ。危なくないように、魔力は込めずに軽くでいい」


「……分かりました」


 ゼノは小さく息を吐き、静かに上段に構えた。

 美しい所作から放たれる、淀みのない完璧な剣筋。彼が剣を振り下ろした、その瞬間。


 ――ピュルルルルル!! シャラララーーーンッ!!!


「!?」


 ゼノの剣の軌跡から、目を射るような黄金の光の帯がブワッと溢れ出し、大聖堂の鐘が鳴り響くような過剰に神々しい効果音が中庭に響き渡った。


 光の粒子はキラキラと宙を舞い、ゼノの周囲を神話の英雄劇のように美しく照らし出している。もちろん物理的な破壊力は一切なく、ただただ「無駄に神々しくて派手」なだけの光だった。


 剣を振り抜いた姿勢のまま、ゼノは完全に固まっていた。

 彼の整った顔は、これまでに見たことがないほど困惑に引き攣っている。


「……なんだ、これは。音が、光が……剣筋の邪魔すぎる……」


「大成功だ!! 見ろ、ただの素振りがまるで伝説の聖剣の解放のようじゃないか!!」


 ラキシスが両手を上げて歓喜の声を上げる。


「わぁ。舞台演劇の主役みたいですね。すごく勇者っぽいです」


 アリアが一切の感情を込めずに拍手をした。


(あああっ……! 光を纏うゼノ様、最高に美しくて神々しいですわ……!! これぞ私が求めていた『偽勇者』の完璧な姿!!)


 セレスは内心で狂喜乱舞しながらも、令嬢らしく優雅に微笑んで頷いた。


「素晴らしいですわ、ラキシス様。この魔道具の開発費として、追加で金貨を融資いたします。より発光効率を上げ、耐久性を高めてくださいませ」


「本当かセレスちゃん!? よーし、次は光の軌跡を虹色にして、さらに荘厳なコーラスが鳴るように改良してやる!!」


「コーラスはやりすぎです。敵に居場所を教えるような真似は――」


「ゼノ様」


 ストイックな護衛として正論で反論しようとしたゼノを、セレスが静かに呼ぶ。


「その光、とても頼もしいですわ。……これからの依頼でも、ぜひその剣で私たちを守ってくださいね」


「……っ」


 主から真っ直ぐに信頼の目を向けられ、ゼノは言葉に詰まった。

 彼の中にある強烈な護衛本能が、彼女の願いを無下にすることを許さない。


「……承知、いたしました。セレスティア様が安心されるのであれば、この……過剰に光って音が鳴る剣で、魔物を威圧してみせます」


 ゼノは、恥辱とストイックな使命感の狭間でギリッと奥歯を噛み締めながら、神々しく光り続ける剣を静かに鞘に納めた。




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