世界に勇者はもう要らない
勇者が魔王を倒した。
かくして、世界は救われた。
「うおお!!勇者様!!」
「キャー!こっち向いてー!」
王都。
僕たち勇者一行の凱旋パレードに人々が群がっている。
「あはは。すごい人だかりだなぁ……」
僕は手を振りながら苦笑いをした。
「当然でしょ。あたしたちは世界を救ったの。もっと賛美されてもいいぐらいだわ」
魔法使いは口ではそう言いつつも、顔が少しにやけている。
「皆が我の筋肉を崇めている……素晴らしい世界だ……」
剣士が目から涙をこぼし、
「ひ、ひぃ……人が、いっぱい……」
聖女が床に丸まる。
「…………終わったんだね」
民衆を見て、僕が思わず言葉をこぼした。
全員が笑顔で、平和な世界だ。
「そうだわね」
「そうだな」
「そうですね」
僕の顔が自然と笑顔になっていく。
良かった。
この世界を守れて、本当に良かった。
「みんなはこれからどうするの?」
僕がみんなに問いかける。
「私は故郷に帰ってゆっくり過ごすわ」
「我は王国騎士団から誘いを受けていてな!剣を振るう毎日を送るぞ!」
魔法使いと剣士が答える。
「聖女は?」
「私?私ですか……私は特には……教会の言う通りにします」
「はぁ!?あんた世界を救ってまだそんなこと言ってんの!?バッカみたい!!」
「ひ、ひぃ……」
魔法使いの叱咤に聖女がおびえる。
「まぁいいじゃないか。結局、みんながみんな自分の道を選ぶことになりそうだね」
僕はみんなの顔を見る。
「みんな、今までありがとう!」
そして僕たちは、各々の人生を歩み始めた。
一年後。
僕は王都周辺で魔族を狩る仕事をしていた。
僕や騎士のおかげで王都周辺の魔族の数はどんどん減っていき、一年も経てばついにほとんど全員の魔族が狩られていた。
「お疲れ様です、勇者様」
王都周辺の見回りが終わり、裏門から帰宅した僕に聖女が駆け寄ってくる。
「わざわざ待っててくれなくていいのに……」
僕が少し困り顔で言う。
聖女は”自分の仕事が終わったから”といつも裏門で見回りに行っている僕を待ってくれているのだ。
「私が待ちたいから良いんですよー」
聖女が笑顔で僕に水を渡す。
「ありがとう」
僕は水を受け取り、飲み干した。
そして数舜間を置き、躊躇いつつも口を開く。
「……平和なこの王都に、僕はもう必要ない」
僕が事実を口にする。
「そうですね」
意外なことに、聖女はそれに同意した。
君のことだ。てっきり慰めの言葉でも口にするかと思っていたのに。
「貴方のおかげですよ」
「貴方が作ったんです。この平和で、”勇者のいらない”世界を」
「素敵ですよね。勇者様!」
聖女の目は優しく笑っている。
なるほど、そういうことね。
……それも、そうだな。
「聖女。僕は旅に出ようと思う」
僕が続ける。
「僕と一緒に、この世界を見てみないか?」
そして、聖女の目を見てそう言った。
君のことだ。きっと……
「……ごめんなさい。私には、聖女としての仕事があるので」
聖女が目を伏せる。
……そっか。
……じゃあ、仕方がないか。
「ごめん。今までありがとう。それじゃあ……」
「はい。お元気で」
聖女が僕に手を振る。
……聖女。
僕はまだ、君のことを何も知らないみたいだ。
「振られちゃったなぁ」
そして僕は一人、王都を出た。
十年後。
僕は魔族を倒しながらずっと旅をしていた。
でも、この旅はただ魔族を倒すだけの旅じゃない。
平和になった世界を自分の目で見たくなったのだ。
いろんな村や町をめぐり、平和で笑顔の絶えない人々を見守る。
それだけで、僕の何かが満たされていくのが分かった。
僕は旅をするとき、正体がばれたら色々と面倒なので、僕は日常的にローブを深くかぶることにしている。
けど、これはもう必要なさそうだ。
数年前まではローブをかぶっていても正体がばれて人がたくさん集まってきたというのに、今となっては誰にもバレない。
そんな日々を送っていたある日、僕が泊まっていた小さな村で”魔族と思しき者が出現した”との話があった。
僕は情報提供者がいるという村長さんの家のドアを叩く。
「ようこそお越しくださいました。勇者様」
村長さんがドアを開いた。
「こんにちは」
僕が笑顔で挨拶をする。
そして、村長さんの家に上がった。
家の真ん中の机には一人の女性がいて、僕を見るなり駆け寄ってくる。
「こんにちは勇者様。私が魔族を見つけたレファーと申します。えっと、申し訳ないのですが、その……握手をしてもらっても……」
「えぇ。良いですよ」
僕が左手を差し出す。
「ありがとうございます」
レファーが僕の手を握る。
「それで、魔族なんですけど…………」
そして、すぐに魔族の目撃情報の話へ移った。
昔はもっと長い時間手を握ってもらったんだけどね。
今じゃ形式だけの握手だ。
少し、寂しいな。
そんなことより、レファーの話によると、近くの森に薬草を採取しに行っていた際、草木をかき分ける音が聞こえたので見に行ったら黒く、頭から角を生やした生物が居たそうだ。
なるほど、角が生えてるとなれば魔族だな。
「私、必死に逃げて逃げ切れたんですけど、もしこの村の場所がばれちゃったらと思うと……」
レファーが心配そうな顔で言う。
「僕に任せてください。すぐに魔族を退治しますので」
僕は安心させようと朗らかに笑った。
「お願いします……」
そして魔族を倒すべく家を出る。
二日後、魔族の討伐が終わった。
あまり強い魔族ではなかったが、”平和になった”とのことで村では祝勝会が行われる運びとなった。
ああいう魔族は十年前の森ならどこにでもいたレベルである。
世界は随分平和になったようだった。
良いことだ。
「いやぁ、すごいですなぁ勇者様は」
村長さんが僕のグラスに酒を注ぐ。
「いえいえ、そんなことないですよ」
本当に、そんなことはない。
体が疲れやすくなってきて、探索に二日もかかってしまった。
僕は随分弱くなってしまったようである。
酒を一口だけ飲む。
炭酸が喉を焼いた。
……少し、年を取ったな。
昔は、みんなでよく酒を飲んだものだ。
何かあった日でも、何もなかった日でも。
…………あの頃は騒がしかったなぁ。
魔法使いと剣士が毎日のように喧嘩していて、僕と聖女でそれを止めてて……
…………。
やっぱり、寂しいな。
三十年後。
剣士が死んだらしい。
魔族との戦いの最中、命を落としたそうだ。
生涯現役ってやつかな。彼の性格を考えると一番幸せな死に方だったのだろう。
僕は久々に王都の正門をくぐる。
ここに来るのは何年ぶりだろうか。
もう、誰も僕に歓声を上げようとしない。
誰も僕には気付かない。
「おっ、勇者。久しぶり」
「勇者様、お久しぶりです」
魔法使いと聖女が剣士が眠っているであろう聖堂の前で待っていた。
「二人とも、久しぶり」
僕が挨拶を返す。
「ほんとに久しぶりね……ていうか、予想通りすぎ。やっぱりあのバカが最初に死ぬんだ」
魔法使いがため息をつく。
そして、聖堂のドアを開けた。
中にいる人たちは全員僕たちと同じよう年齢か年上の人しかいない。
そりゃそうか。三十年以内に生まれた若者が僕たちを知っているわけがない。
僕は剣士の前まで行き、その手を握った。
何十年もただひたすら剣を握っていた手。
「おやすみなさい」
きっと彼は、最後まで彼らしく生きたのだろう。
僕は腰に携えた聖剣を握る。
僕には剣士が少し、羨ましく思えた。
四十年後。
狭い部屋で、僕は一人で寝ころんでいた。
体を動かす力はもうない。
お腹が空いた。
けど、食料を買いに行く元気はない。
聖女や魔法使いは今、何をしているのだろう。
……あぁ。
僕は死ぬんだろうな。
…………。
悔しい。
あれだけ頑張ったのに、あれだけみんなから好かれていたのに。
死ぬときは一人だなんて。
悔しい。
悔しい!!
こんなことになるんなら、もっと皆との時間を大切にすればよかった!もっと皆と生きればよかった!!
もう僕は誰にも必要とされていない。
聖剣はとっくの昔に輝きを失っていた。
一人ぼっちだ。
僕は、僕は……
……もう、死んでしまうのかな?
「勇者様」
小さな声が聞こえた。
「……誰?」
「探しましたよ、勇者様」
……この声は。
僕は力を振り絞り、玄関の方を向く。
そこには、優しく微笑む聖女が居た。
「お久しぶりです。お互い、老けましたね」
……聖女。
「聖女、僕は……」
「はい。分かってますよ」
聖女がベッドの上に座る。
「何の話をしましょうか?」
そして、優しくそう言った。
「……」
聞きたい話か。
「あの頃の、話を……」
「はい。分かりました」
聖女の話は、美化された勇者の冒険譚ではない。
僕たちの、泥臭くて、地道で、馬鹿みたいな。
でも、楽しかった日々の記憶だ。
「ごめん」
少し、眠ることにしよう。
「はい。おやすみなさい」
聖女が僕の頬に手を触れる。
あぁ。
あったかいなぁ。
チュンチュン
おはよー。
調子はどう?
あれしないとかー。めんどくせ
明日はあれがあって、明後日は……
おぎゃあおぎゃあ
あははは!
…………。
世界は、今日も平和である。
そこに、勇者はもういなかった。
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