表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バカ舌王子に婚約破棄されたので、辺境で屋台はじめます!  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/15

第3話

 私の屋台「ひだまり亭」の前に、奇妙な二人連れ(?)が並んで座っていた。

 一人は、柴犬サイズの白い毛玉――伝説の魔獣フェンリルの仮初めの姿であるシロ。

 もう一人は、黒いマントを纏った蒼い瞳の青年――後に私が「常連さん第一号」と呼ぶことになる、グレンさんだ。


 グレンさんは、私が追加で握った二つの「具入りおにぎり」を、まるで聖遺物でも扱うかのような手つきで持っていた。


「……中身が、入っているのか」

「ええ。さっきのは塩むすび。今度のは、私のとっておきよ」


 彼はゴクリと喉を鳴らすと、一つ目のおにぎりを口に運んだ。

 それは、「紅鱒ベニマスの塩焼き」を入れたおにぎりだ。

 市場で仕入れた、脂の乗った川魚。それを炭火で皮がパリッとなるまで焼き上げ、身を丁寧にほぐしたものをご飯の中心に忍ばせてある。


 ガブリ。


 彼が一口齧った瞬間、その整った眉が大きく跳ね上がった。


「――ッ!」


 口の中に広がるのは、お米の淡白な甘みだけではない。

 噛み進めた先で遭遇する、紅鱒の凝縮された塩気と、炭火焼きの香ばしさ。

 魚の脂が熱々のご飯に溶け出し、一粒一粒をコーティングしていく。

 淡白なご飯と、塩辛い魚。この二つが出会うことで生まれる、爆発的な旨味の相乗効果。


「……すごい。味が、変化していく」


 グレンさんは独り言のように呟き、夢中で食べ進める。

 塩むすびが「静」の美味しさなら、これは「動」の美味しさだ。

 具材に到達した時の喜び。ご飯とのバランスを舌の上で調整する楽しみ。


 あっという間に一つ目を完食し、彼はすぐさま二つ目に手を伸ばした。

 今度は、真っ黒な佃煮を入れたものだ。

 昨日、出汁を取った後の「海蛇(昆布)」を細かく刻み、醤油代わりの調味料と砂糖で甘辛く煮詰めた「再利用・昆布の佃煮」。


 彼はそれを口に入れ――そして、動きを止めた。

 目を見開き、少し震えている。


「……甘い。いや、辛い? これは……なんだ、この深い味わいは」

「それは出汁を取った後の『出し殻』よ。捨てるなんてもったいないから」

「これが……残りかすだと? バカな……宮廷で食べたどんな高級食材よりも、奥深い味がするぞ」


 昆布のグルタミン酸と、甘辛い味付けは、白米にとって最強のパートナーだ。

 日本人が「ご飯のお供」と呼ぶ理由が、彼の反応を見ればよく分かる。

 彼は最後の一粒まで大切に食べ終えると、深い、本当に深いため息をついた。

 その顔には、久しぶりに血の気が戻り、生気が宿っていた。


「……ありがとう。生き返った心地だ」

「お粗末様でした。お代は、出世払いでいいわよ」

「出世払い……か。ふっ、それなら高くつくぞ」


 彼は少しだけ口元を緩め、どこか皮肉っぽく、しかし穏やかに笑った。

 その笑顔を見て、私はドキリとした。

 やつれていて気付かなかったけれど、この人、とんでもない美形だ。栄養が行き渡ったら、傾国の美青年になるんじゃないだろうか。


「また来る。必ずだ」


 彼はそう言い残し、まだふらつく足取りながらも、しっかりとした背中で街の闇へと消えていった。


 さて、と。

 私は視線を足元に戻した。

 そこには、空になったおにぎりの皿を悲しそうに見つめる、白い毛玉が一匹。


『……娘よ』

「はいはい、分かってるわよシロ。おにぎりだけじゃ不満なんでしょ?」

『うむ。あの白い穀物も美味いが、我は狼だ。身体がもっと「脂」と「肉」を欲している』


 シロは尻尾をパタパタさせながら、私のエプロンを前足でちょんちょんとつついた。


『ガツンとくるやつだ。こう、噛んだ瞬間に肉汁が溢れるような、野生の本能を呼び覚ますやつを頼む』

「注文が多いわねぇ。でも、ちょうどいいわ。私もそろそろ、アレが食べたかったところなの」


 私はニヤリと笑った。

 寒い地方には、カロリーが必要だ。

 そして何より、屋台料理の王様といえば、やっぱり「揚げ物」しかない。


     ◇


 私は屋台の冷蔵庫(氷魔法石入り)から、とある肉を取り出した。

 「コカトリスのモモ肉」。

 鶏肉に似ているが、弾力と旨味の濃さは比にならない高級食材だ。この街では「石化の呪いがある」と敬遠されがちだが、ちゃんと血抜きをして毒腺を取り除けば、これほど美味しい肉はない。


「今日のメインは、『コカトリスの拳骨唐揚げ』よ!」


 まずは下準備だ。

 巨大なモモ肉を、一口大――といっても、私の拳くらいの大きさにぶつ切りにしていく。

 ザクッ、ザクッ。

 包丁を入れるたびに、プリプリとした肉質の良さが伝わってくる。


 切った肉をボウルに入れ、そこに魔法のタレを投入する。

 すりおろした「大蒜ガーリック」と、ピリッとした辛味のある「黄根ジンジャー」。

 そこに、醤油によく似た「黒豆のひしお」と、少しのお酒。

 隠し味に、ごま油のような香りのするナッツオイルをひと回し。


「ここが大事なのよ。美味しくなーれ、美味しくなーれ」


 私は手で肉を揉み込む。

 グッ、グッ、と力を込めて。

 繊維の奥までタレを染み込ませるように、マッサージしていく。

 肉がタレを吸い込み、艶やかな飴色に変わっていく。ニンニクと醤油の香りが立ち上り、それだけで白米が食べられそうだ。


 このまま十五分ほど寝かせる。

 その間に、揚げ油の準備だ。

 寸胴鍋とは別の深い鉄鍋に、植物油をたっぷりと注ぎ、火にかける。


 タレが十分に染み込んだ肉に、衣をつける。

 使うのは小麦粉ではなく、デンプン質の多い芋の粉(片栗粉)だ。

 これをまぶすことで、外はカリカリ、中はジューシーな仕上がりになる。

 白い粉を纏わせ、余分な粉をはたく。肉の表面がうっすらと白化粧をした状態がベストだ。


「よし、いくわよ!」


 油の温度を確認する。菜箸を入れると、シュワシュワと細かい泡が出る。170度くらい、中温だ。

 肉を一つずつ、静かに油へ滑り込ませる。


 ジュワアアアアァッ!!


 広場に、食欲を刺激する重低音が響き渡った。

 水分が弾ける音。油が肉を包み込む音。

 白い煙と共に、爆発的な香りが拡散される。

 ニンニクのパンチの効いた香りと、醤油の焦げる香ばしい匂い。これは凶器だ。空腹の人間(と魔獣)を無差別に攻撃する、匂いのテロリズムだ。


『ヌオオオオッ! なんだこの破壊的な香りは!』


 シロが興奮してクルクルと回り始めた。

 通行人たちも、何事かと足を止める。「なんだ、すごいいい匂いがするぞ」「あそこの屋台か?」とざわめきが広がる。


 私は慎重に肉を返す。

 まだだ。まだ揚げてはいけない。

 表面が薄くキツネ色になったところで、一度取り出す。

 「二度揚げ」。

 これが、カリカリ唐揚げの極意だ。

 一度肉を休ませることで、予熱で中まで火を通し、肉汁を閉じ込める。


 数分後。

 油の温度を上げる。高温だ。

 休ませていた肉を、再び油の中へダイブさせる。


 パチパチパチパチッ!!


 先ほどより高く、乾いた音が響く。

 衣の水分が完全に飛び、硬質な殻となっていく音だ。

 色は薄いキツネ色から、食欲をそそる濃い黄金色こがねいろへ。

 菜箸で触れると、カッカッ、と硬い感触が返ってくる。


「……今だ!」


 私は網で一気に肉を引き上げた。

 油を切るためにバットに落とすと、カラコロ、と良い音がする。

 完璧だ。

 表面は岩のようにゴツゴツしてカリカリ。しかしその内側には、熱々の肉汁の海が閉じ込められているはずだ。


「お待たせ、シロ。特製・コカトリスの唐揚げよ!」


 私は揚げたてを、キャベツの千切りを敷いた皿に山盛りにした。

 熱気と共に立ち上るスパイシーな香り。


『待っていた! 我はこれを待っていたのだ!』


 シロは我慢できない様子で、熱々の唐揚げに飛びついた。

 アグッ。


 カリリッ、サクッ。


 小気味良い音が響く。

 その直後、シロの目がカッ! と見開かれた。


『アチッ! ハフッ、ハフッ……んぐっ……う、美味い!!』


 衣を噛み砕いた瞬間、中から溢れ出したのは、火傷するほど熱い肉汁ジュース

 醤油だれの下味がしっかりついた濃厚なスープが、口いっぱいに広がる。

 プリプリとした弾力のある肉を噛み締めれば噛み締めるほど、旨味が湧き出してくる。


『なんだこれは……外側は小枝のように脆く崩れるのに、中身は飲み物のように溢れてくる! ニンニクとかいう薬草の香りが鼻を突き抜け、本能が「もっと食わせろ」と叫んでいるぞ!』


 シロは尻尾をプロペラのように回転させながら、次々と唐揚げを吸い込んでいく。


「あ、こら! 全部食べないでよ。私も味見したいんだから」

『早い者勝ちだ!』


 と、その時だ。

 屋台の前に、影が落ちた。


「……その匂いに引かれて戻ってきてしまったのだが、まだ店はやっているか?」


 振り返ると、そこには先ほど帰ったはずのグレンさんが立っていた。

 苦笑いをしているが、その視線はシロが食べている唐揚げに釘付けだ。喉仏が動いているのが見える。

 どうやら、ニンニク醤油の匂いは、皇太子の自制心すらも破壊してしまったらしい。


「ええ、もちろん! ちょうど揚げたてですよ。ご飯、まだ入ります?」

「……ああ。胃袋が限界を超えて欲している」


 彼はカウンター席(ただの木箱)に座り直した。

 私は揚げたての唐揚げを三つ、皿に乗せて差し出す。横には、小さめに握った塩むすびと、口直しの千切りキャベツ。


 彼はフォークなど使わず、手掴みで唐揚げを持ち上げた。

 熱さに眉をひそめながらも、豪快に齧り付く。


 ザクゥッ!


 いい音だ。CMに使いたいくらい、完璧な咀嚼音。

 口の端から、透明な肉汁がじゅわりと溢れる。


「…………っ、はぁ」


 彼は熱い息を吐き出し、咀嚼する。

 カリカリの衣と、柔らかい肉のコントラスト。

 醤油の塩気と焦げた香ばしさが、彼の味蕾みらいを刺激する。


「これは、凶悪だ……」


 彼は呟くと、すぐさま左手に持った塩むすびを口に運んだ。

 濃い味付けの唐揚げの脂を、白米が受け止め、中和し、そして新たな旨味へと昇華させる。

 唐揚げ、ご飯。唐揚げ、ご飯。

 この無限ループは、異世界でも通用するらしい。


「脂っこいはずなのに、いくらでも入る。このニンニクという香りが、食欲を強制的に掻き立ててくるんだ」

「ふふ、これぞ『白米泥棒』の異名を持つオカズですから」

「白米泥棒……言い得て妙だ。私の理性が盗まれていくようだ」


 彼は夢中で唐揚げを食べ続けた。

 その横顔は、最初に会った時の死相が嘘のように、生き生きとしていた。額には汗が滲み、頬は高揚して赤い。


 食べ終えた時、彼は満足げに息をつき、私を真っ直ぐに見た。

 その蒼い瞳には、強い光が宿っていた。


「……君の料理は、魔法だ」

「魔法じゃありません。ただの料理ですよ」

「いいや。私の凍っていた心を溶かし、死んでいた身体を蘇らせた。これを奇跡と呼ばずになんと言う」


 彼は立ち上がると、懐から銀貨を数枚取り出し、カウンターに置いた。屋台の相場からすれば、破格の金額だ。


「お釣りはいらない。……明日も来る。だから、明日も店を開けていてくれ」

「ええ、もちろんです。お客様がいる限り、私はここで作り続けますよ」


 彼は頷き、今度こそ帰っていった。

 その背中は、最初よりもずっと大きく、頼もしく見えた。


 私は空になった皿を回収しながら、足元のシロを見下ろした。

 シロは満腹になったのか、お腹を出して寝転がっている。


『娘よ、ここはいい場所だ。我は決めたぞ。この店の警備主任になってやる』

「あら、頼もしいわね。じゃあお給料は唐揚げでいい?」

『うむ。毎日アレが食えるなら、ドラゴンが来ても追い払ってやる』


 こうして、私の辺境での屋台生活は、本格的に幕を開けた。

 強力なボディーガード(モフモフ)と、謎の美形常連客(皇太子)。

 そして、私の料理を待ってくれる人々のために。


 さあ、明日は何を仕込もうか。

 この寒い街の人たちが驚くような、温かくて美味しいものを。

 私の頭の中には、すでに次のメニューの構想が浮かんでいた。


(豚汁、おにぎり、唐揚げときたら……次はやっぱり『煮込み』よね)


 屋台の湯気は、今日も空高く立ち上り、人々を誘い続けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ