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バカ舌王子に婚約破棄されたので、辺境で屋台はじめます!  作者: 九葉(くずは)


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13/15

第13話

黄金色のフレンチトーストでエネルギーを充填し、グレンさんが戦場(執務室)へ向かってから数時間が経った。

 お昼時。

 私は約束通り、ヴァルハラ城の王宮厨房の一角を借りていた。


 朝のグレンさんの顔には、隠しきれない疲労の色があった。

 カイル王子のしでかした不始末は、国家間の外交問題に発展している。その処理を一手に引き受けているのだから、無理もない。

 午前中の会議は紛糾したと聞く。


「……よし。後半戦を戦い抜くための、とびきりの応援メニューを作らなきゃ」


 私が選んだのは、スプーン一本で食べられて、子供の頃に戻ったような安心感をくれる、黄色い宝石のような料理。

 疲れ切った脳には、炭水化物と卵の優しさが一番だ。


 ――『ふわとろオムライス』。


     ◇


 まずは土台となる「チキンライス」作りから。

 まな板の上で、コカトリスのモモ肉を小さめの角切りにする。

 玉ねぎは、食感を残すために少し粗めのみじん切り。マッシュルーム(森のキノコ)は薄くスライス。


 フライパンにバターを落とし、火にかける。

 シュワシュワとバターが溶け、芳醇な香りが立ち昇る。

 鶏肉、玉ねぎ、マッシュルームを順に炒め、塩胡椒で下味をつける。


 ここからがポイントだ。

 具材を端に寄せ、空いたスペースに「ケチャップ」を投入する。私がトマトと香辛料を煮詰めて作った特製だ。

 これを、すぐにご飯と混ぜてはいけない。直火で少し「焼く」のだ。


 ジュウウウッ……。


 水っぽさが飛び、少し焦げたような香ばしい匂いが広がる。トマトの旨味が凝縮された瞬間だ。

 そこへ温かいご飯を投入し、切るように炒め合わせる。

 白いご飯が、鮮やかな朱色バーミリオンに染まり、艶やかに輝き出す。

 パラパラすぎず、しっとりとしたチキンライスの完成。


 これをラグビーボール型に整えて皿に盛る。

 そして、いよいよメインイベント。「オムレツ」だ。


 ボウルに卵を三個。贅沢に使う。

 牛乳と生クリームを少々加え、白身を切るように混ぜる。

 フライパンを強火で熱し、バターを投入。

 卵液を一気に流し込む!


 ジュワァァァァッ!!


 激しい音と共に、左手でフライパンを振り、右手で菜箸をぐるぐると回す。

 外側の固まった部分を内側へ、内側の半熟部分を外側へ。

 数秒の勝負。

 全体がトロトロの半熟状になったら、フライパンを傾け、トントンと柄を叩いて卵を回転させる。

 クルリ、と美しい楕円形(オムレツ型)にまとめる。


 表面はツルンと滑らか。けれど中身は半熟のマグマ。

 これをチキンライスの上へ――コロン。

 黄色い枕が着地した。

 仕上げに、特製のデミグラスソースを周りに流しかける。


     ◇


 正午過ぎ。

 王宮の執務室は、ピリピリとした空気に包まれていた。

 机の上には書類の山。グレンさんは眉間に深い皺を寄せ、ペンを走らせている。


「失礼します。お昼をお持ちしました」


 私がワゴンを押して入ると、グレンさんが顔を上げた。

 その目は充血していたが、私を見た瞬間、ふっと緩んだ。


「レティ……。待っていたよ。君の顔を見ないと、そろそろ限界が来るところだった」

「お疲れ様です。午前中の会議、大変だったみたいですね」

「ああ。王国の使者たちが『カイル様を返せ』とうるさくてね。……まあ、この書類が完成すれば、それも黙るだろうが」


 私は書類の山を少し脇に寄せ、出来立てのオムライスを置いた。

 湯気と共に漂う、バターと卵、そして甘酸っぱいケチャップの香り。

 殺風景な執務室に、そこだけ春が来たような彩りが生まれる。


「これは……美しいな。朝のフレンチトーストも輝いていたが、これもまた、黄金の宝石だ」

「ここからが魔法ですよ。ナイフをお借りします」


 私はナイフを手に取り、オムレツの真ん中に、スッと切れ込みを入れた。


 ――パカッ。


 その瞬間。

 黄色いオムレツが左右に弾けるように開き、中からトロトロの半熟卵が雪崩のように溢れ出した。

 チキンライスを覆い隠す、とろとろの黄金の滝。


「おおっ……!!」


 グレンさんが少年のように声を上げた。

「中から溢れてきた……! なんだこのシズル感は……見ているだけで食欲が暴れ出しそうだ」

「『タンポポ・オムライス』です。さあ、冷めないうちに」


 グレンさんはスプーンを握り、デミグラスソースのかかった部分ごとすくい上げた。

 卵、ライス、ソース。三位一体の一口。


 パクッ。


「…………」


 彼は目を閉じ、背もたれに深く体重を預けた。

 口元が緩み、吐息が漏れる。


「……優しい。どこまでも優しい味だ」


 卵が飲み物のように喉を滑り落ちていく。

 濃厚なバターと生クリームのコク。それが甘酸っぱいチキンライスと混ざり合い、口の中で幸福なハーモニーを奏でる。


「チキンライスのトマト味が、疲れた体に染みる。デミグラスソースのほろ苦さが全体を引き締めて……これは、スプーンが止まらなくなるな」


 彼は無言で、しかし猛烈な勢いで食べ進めた。

 朝からの激務で枯渇していたエネルギーが、急速にチャージされていくのが分かる。


 あっという間に完食し、彼は水を飲み干すと、キリッとした表情に戻った。

 その瞳には、先ほどまでの疲れはなく、鋭い「王」の覇気が宿っていた。


「……ありがとう、レティ。生き返った。これで、最後の仕事に取り掛かれる」

「カイル様への尋問、ですね?」

「ああ。今朝君と相談した『メニュー』の件も含めて、引導を渡してくる」


 彼は立ち上がり、マントを翻した。


「行ってくる。……君のオムライスが胃にあるうちは、私は無敵だ」


     ◇


 それから数十分後。

 城の地下にある尋問室。

 石造りの冷たい部屋に、カイル王子の怒鳴り声が響いていた。


「いつまで待たせるんだ! 腹が減った! ここから出せ! 俺は王国の次期国王だぞ!」


 手枷をつけられたカイルは、相変わらず自分の立場を理解していなかった。

 そこへ、重厚な扉が開き、グレンさんが入ってきた。

 先ほどオムライスを食べていた時の温かさは微塵もない。絶対零度の瞳だ。


「……騒々しいな。罪人は静かに罪を悔いるものだ」

「罪人だと!? ふざけるな! 俺は被害者だ! 外交問題にするぞ!」


 グレンさんは無言で椅子に座り、机の上に分厚い書類の束をドサッと投げ出した。


「なんだ、これは」

「貴様の国――ロズウェル王国の現状と、貴様の罪状を記した報告書だ」


 グレンさんは冷たく告げた。


「単刀直入に言おう。……貴様の国は、もう終わりだ」

「は……?」

「レティシア・セイファートを追放した瞬間、貴様の国は心臓を失ったのだ。彼女の実家が構築していた『コールドチェーン(食材流通網)』が停止したことで、今、貴様の国の国民は飢え、兵士は痩せ細り、暴動寸前だ」


 カイルは口をパクパクさせた。

 彼が食べていた「腐ったステーキ」の原因が、自分の追放劇にあったことを、ようやく突きつけられたのだ。


「そして、これが決定打だ」


 グレンさんは最後の一枚、王家の紋章が入った羊皮紙を見せた。


「貴様の父王からの親書だ。『カイル・ロズウェルを廃嫡し、身柄はヴァルハラ帝国に一任する。どうかこれで、食料援助を再開してほしい』……だそうだ」

「う、嘘だ……父上が俺を捨てるなんて……」


 カイルの顔面から血の気が引く。

 国にも、親にも捨てられた。


「さて、判決だ」


 グレンさんは残酷な笑みを浮かべた。


「元王子カイル。貴様には、一生涯、当国の地下牢にて服役することを命じる」

「い、嫌だ! 助けてくれ!」

「安心しろ、食事は保証してやる。……今朝、レティと相談して決めた『特別メニュー』だ」


 グレンさんは、まるで最高のご馳走を勧めるように言った。


「貴様が『豚の餌』と呼んだ、彼女の料理。その真価を理解できるよう、毎日毎食、彼女が監修した『究極の健康食』を提供してやる。……出汁を取った後の出し殻で作ったふりかけや、味のしないお粥とかな」


「な……!?」

「貴様の舌が、その繊細な味を理解できるまで、ここから出ることはない。……もっとも、一生かかっても無理だろうがな」


 絶望の表情で崩れ落ちるカイルを残し、グレンさんは部屋を出た。

 その足取りは軽い。

 胃袋には温かいオムライスがあり、胸には愛する人を守りきった達成感があったからだ。


「さて……次はレティに、作戦完了の報告に行くとしようか」


 地下牢に響くカイルの悲鳴を背に、グレンさんは光の射す地上へと戻っていった。

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