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日ノ本元号男子  作者: 安達夷三郎
第八章、戰場
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五十二話

―――令和◯✕年、滋賀。

談話室の小上がりに体を丸めながら寝転がっている。

「どうしたの、そんなとこで」

「……あ、江戸くん」

江戸くんが心配そうに顔を覗き込んできた。のそのそと起き上がら窓の外を眺めた。

窓から淡い冬の光が差し込み、雪がちらちらと舞っていた。

「なんか……落ち着く場所がここしかなくて」

「…ふーん」

「準備も覚悟もできているはずなのに、いざ厄災の日が近づいているって考えると……自分で大丈夫なのかなって。一人で抱え込むには重すぎて......」

「まぁ、そうだろうね」

江戸くんは私の目の前に座り込んだ。

厄災は山を削り、人家を崩壊させ、あらゆる物をかき混ぜて飲み込んでしまう。

対抗手段は持っているものの、失敗してしまったらと思うと怖い。本当に自分で良かったのか、これで本当に良いのか分からない。一人で抱え込むには、あまりにも重すぎる。

江戸くんは、しばらく何も言わずに私を見ていた。

「僕の生涯(しょうがい)は決して孤独じゃなかったと思ってる」

ぽつりと静かに口を開く。

「大火事、飢饉(ききん)、大厄災などあったけど……二百年も続けてきて僕が一人で成し遂げたことなんかないよ。国を存続させることができたのも、同じ方向に一緒に歩いてくれた大名や藩主、幕府の仲間達がいたから得られた経験も多い。大功一つ一つが孤独じゃない証拠になるんじゃない?まぁ、これは僕の意見。君の答えは自分で見つければ良い」

「……ありがとう、江戸くん」

感謝の言葉を伝えると、江戸くんはふんわりと優しい笑みを浮かべた。

「なぁなぁ、やっぱり武器って薙刀?超かっこいいやつ!」

平成くんがニョキッと現れた。

「厄災の日は応援しに行くから大丈夫!」

「手伝ってほしい......」

「ごめん!本災はその時代の化身じゃないと倒せないから」

「そうだった……」

「助っ人として参加できないけど、その代わり『令和頑張れ!』って書いた横断幕持って行く!」

なんて、平成くんは恐ろしいことをサラッと言った。

「絶対やめて!」

思わず声を上げると、平成くんは「えー!」と不満そうに頬を膨らませたが、すぐに冗談だと分かったのか肩をすくめた。

「冗談冗談。空気重くなってたからさ」

「平成くんらしいね」

そう言いながらも、胸の奥に張りついていた不安が、ほんの少しだけ緩んでいることに気付く。

「あ、そうそう。武器はもうできているから見る?」

江戸くんが思い出したようにポンッと手を打った。

「え、もう?」 思わず声が上ずる。

「うん。仕上げは昨日のうちにね」

そう言って江戸くんは立ち上がり、談話室の隅に置いてあった細長い布包みを手に取った。

結び紐を解く仕草はゆっくりで、どこか大切なものを扱う時の慎重さが滲んでいる。

「じゃーん」

平成くんが勝手に効果音を付ける。

布が外されると、そこには薙刀が横たわっていた。

刃は派手に光るわけでもなく、凛と澄んだ銀色で、柄は深い色味の木に白い紐がきっちりと巻かれている。

不思議と“武器”というより、“道具”に近い印象だった。

「すご……」

「武器作る時張り切ってたよね。特に戦国さんと室町くん」

「確かに!」

「いや〜、あの二人はテンション上がると止まんないから」

平成くんが肩をすくめた、その背後から——

「何の話をしておりますの?」

静かな声がして、私はびくっと肩を跳ねさせた。

「わっ……」

いつの間にか、襖の向こうに戦国さんと明治さんが立っていた。

「お邪魔でしたか?」

「全然!」

平成くんが即答する。

明治さんが私の方に近付いてくる。

「大丈夫です。令和さんなら勝ちますよ」


そんなことがあった数日後。

私は東京の高台にいた。

救急車や消防車などがわらわらと道で混雑している。

「うわー、すげぇ。レスキュー隊に機動隊。プロフェッショナル大集合って感じだね」

平成くんが双眼鏡を片手に柵の上に登って街を見下ろしている。

「落ちますよ、平成くん」

「あーうん」

明治さんの声に空返事をした平成くん。

「住民の避難は完了。避難所には予め備蓄していた物資が十分あり―――第二予災は東北で地元消防団により消滅し、人的被害はなし。だって。ネットの記事に書いてるよ」

平成くんが見せてくれたスマホの記事には簡潔な見出しが並んでいた。

―――《各地で発生していた予災、迅速な対応により被害最小限》

―――《都内高台付近、立ち入り規制継続中》

その時だった。

――ゴゴ……ッ。

足元から、はっきりとした振動が伝わってくる。

高台の地面が低く唸り、空気が一瞬、冷たく沈んだ。

「……来たよ」

平成くんが双眼鏡を下ろす。

遠くの街並みの一角。

立ち入り規制された区域の中心で、空間が歪んでいた。

蜃気楼(しんきろう)のように揺らめき、黒く濁った“何か”が、ゆっくりと地表へ滲み出してくる。

狩衣姿の陰陽師達がそれを囲みながら、何か呪文みたいなのをブツブツと唱えていた。

「行ってきます!」

「「行ってらっしゃい」」

明治さんと平成くんに挨拶をして、陰陽師達のいる方へ走っていく。

「気をつけてね〜」

背中で、平成くんの声が遠ざかっていく。

(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)

九字を切っている陰陽師達による結界。これで厄災による人的被害を抑えているらしい。

九字が最後まで切られた瞬間、本災の動きが鈍くなった。

結界は完全ではないが、確実に“時間”を稼いでくれていた。

私は薙刀を握り直し、一歩、前へ出る。

足元のアスファルトがひび割れ、冷たい風が吹き上がった。

怖くない、と言えば嘘になる。

けれど、逃げたいとは思わなかった。

「ありがとうございます!あとは私が引き受けます!!」

本災は、もはや形と呼べるものを持っていなかった。

土砂、瓦礫、濁流、圧縮された恐怖―――それらが絡み合い、『災い』という概念そのものが蠢いている。

私は薙刀を握り直した。

一歩、踏み込む。

刃を横一文字に振るうと、空気が裂け、淡い光が走った。

本災の一部が削ぎ落とされ、黒い霧となって散る。

薙刀は本来、上構えの方が良いらしい。

くるりと回し、流れるように二撃、三撃。

本災が低く唸り、衝撃が返ってくる。

攻撃を予測していた私は後方に飛んで回避した。

着地と同時に、足元の地面が弾ける。

ほんの一瞬遅れて、さっきまで私が立っていた場所が抉れた。

「あっぶな……」

間一髪。

胸が早鐘を打つのを感じながら、構え直す。

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