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日ノ本元号男子  作者: 安達夷三郎
第七章、未来を繋ぐもの
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四十六話

「ほら、ぼーっとしてると指先から感覚なくなるよ」

江戸くんが私の手首を軽く掴み、指先に温石を押し当てる。

布越しでも、じんわりとした熱が伝わってきた。

「うわ……ぬくっ……でも、何でこんなに寒いの?お正月って一月でしょ?あまり寒くないと思うんだけど......」

「太陽暦ではね。江戸()の時代のお正月は現代の暦だと大体二月くらいかなぁ」

「二月!?」

吐く息は白く、鼻の奥がつんと痛い。

見渡せば、通りを行き交う人々は皆、重ね着をして背を丸めている。

「……なんか、静かだね」

「正月だからね。(あきな)いも控えめだし、遠出しない人も多い」

屋台の呼び声も少なく、代わりに聞こえるのは草履が雪混じりの地面を踏む音と、どこかで鳴る木戸の軋み。

「江戸って、もっと賑やかだと思ってた。年がら年中お祭りしてるイメージあった」

「それは春か夏。何でお祭りなの?」

「へぇ......」

そう相槌を打つと、江戸くんは少しだけ歩調(ほちょう)を緩めた。

私が周囲をきょろきょろ見ているのに気づいたらしい。

「人があんまりいないね」

「三が日は原則として『仕事は休み』『刃物はなるべく使わない』の日だったからね」

その時、河川敷の方で子供達の笑い声が聞こえてきた。

男女数人が凧揚(たこあ)げや羽根つきで遊んでいる。

「凧揚げが元々イカ揚げと呼ばれていたのは有名な話だけど、何で凧揚げって呼ばれるようになったか知ってる?」

「え、知らない。......いか?」

「あまりにも凧揚げ熱中しちゃって、大名行列に落ちたり、喧嘩が起こるようになって......幕府が禁止令を出したら『これはイカじゃなくてタコです!』って駄々をこねたからなんだよ」

「そうなの!?」

「そうだよ」

ちなみに女の子達が遊んでいる羽根つきは、元々は公家の遊びで厄除けの意味もあったんだって。それに、羽根を落としたら顔に落書きされるのも『おまじない』なんだって。

(顔に落書きされるのは嫌だけど、おまじないって言われたら我慢できそう......)

「帰ったら平成と君にお年玉を渡すよ。お正月に渡しそびれたし」

「えっ!?良いの!?」

「うん。美味しく食べてね」

(美味しく......食べる?お金を?)

その時、福茶を飲みに江戸時代に来たことを思い出して、キョロキョロと茶屋を探すが、中々見つからない。

「福茶は家庭で飲まれるから、売ってないんだよ。ごめん、久々だから忘れてた......」

「え?」

(じゃあ、江戸時代に来た意味って......)

「お詫びに上生菓子でも買おうか」

通りの角に、正月用の菓子を並べた小さな菓子屋があった。

軒先には白木の箱がいくつも置かれ、その中に淡い色合いの上生菓子が整然(せいぜん)と並んでいる。

「わ、綺麗......」

白、薄桃、若草色。

どれも派手ではないのに、雪景色の中では不思議と目を引いた。

江戸くんは菓子箱を覗き込みながら、名前を教えてくれる。

「これは“花びら餅”こっちは“若松”……あ、これも良いなぁ」

そう言って、店主にお土産用のお菓子を頼んだ。

お菓子は和紙に包まれ、細い紐で結ばれていた。

「凄い......アニメとかでお父さんが買ってくるお土産だ!!」

包み紙に丁寧に包まれたそれを受け取ると、江戸くんは私の方を見る。

「持って帰って食べようか」

「うん!」


悠久邸に戻ると、昭和くんがびっくりした表情で私達見た。

「早かったな。まだなぁんも用意できていねぇぞ?」

「ううん、こっちが予定より早く帰ってきただけ」

そう答えると、昭和くんは「なんだそりゃ」と肩をすくめる。

その視線が、私の手に提げられた紙包みに落ちた。

「……それ、何だ?」

「正月菓子だよ。福茶が飲めなかったからお詫びとして買ったんだ」

江戸くんがさらっと言うと、昭和くんは一瞬きょとんとしてから、ふっと口元を緩めた。

「じゃあ、早いうちに食っといた方が良いかもな」

江戸くんが靴を脱ぎながら答える。

そのまま居間へ向かうと、こたつの中からごそごそと動く気配がした。

「美味しい匂いがしますねぇ......」

顔を出したのは平安さんだった。

みかんの皮を剥きながら、包みの方を見る。

「正月菓子だって」

「それはそれは、縁起物ですねぇ」

平成くんも音を聞きつけたのか、奥から顔を出す。

「お菓子?え、江戸時代の?」

「そうそう」

「写真撮って良い?」

「落とさないように気をつけて下さいね」

明治さんが先回りして釘を刺す。

「目指せ、万バズ!」

その時、昭和くんが私の方を見た。

「御寮人、ちと話してぇことがあるんだ。少し散歩に付き合ってくれねぇか?」

声はいつもより少し低い。

「大した話じゃねぇが、みんながいる前だと話しにくくてな」

少し恥ずかしそうに頭を搔いた。

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