三十九話
次の日、昨日発掘した卒業文集を見せる。
「ねーねー!これ見てよ!昨日家の掃除したら見つけてさ〜」
「懐かしっ!」
「あ、これ描いたの朱里じゃね?」
「そういやこれウチが描いたんだった」
表紙に描かれている絵を指でなぞる朱里。
パラパラとページをめくる。
「俺、芸能人になりそうな人ランキング一位だってー!」
「健太ならなれるよ」
「ならねぇよ!?」
なんて話していると、廊下からダダダーと走ってくる足音が聞こえた。思っ勢い良く和希が教室に入ってきた。
「現代に生まれた忠実な守護大名が必ずや後北条家を滅ぼす!!」
「お、和希どしたー?」
「三限って移動だったっけ?」
「次は数学だから教室」
和希はキエェェェと甲高い声を出しながら、机をバンバン叩く。
和希がこうなる原因は一体......?
「全て後北条家が悪い!後北条家がいなければぁぁぁぁ!!」
なるほど。ゲーム関連ということは分かった。
「できれば他人を装いたかったが、爆音撒き散らすのはそこまでだ」
クラスメイトの勉強を見ていた委員長がぬっと参戦。
「公式からの情報は見てるか?」
「前にも言ったが、今は強い意思でログインすら抑えている途中だ!」
「なら尚更見た方が良いな」
和希がゲームにログインした瞬間、後北条家キャラ排出率upという文字と三つ編みやショートボブ、ポニーテールなどの女の子五人が映し出された。
「えぇぇぇぇ!?前情報では男キャラだったはず......」
「知らなかった?後北条家のキャラデザが男装で統一されてただけ。衣装チェンジで衣装によっては男装を解いてくれるよ」
朱里が見せてくれた動画は、修学旅行中に投稿された本編PV。
「良かったな」
「うん。......良かった」
ホッとしながら和希が検索バーに打ち込み、キャラを検索していると、わなわなと震え出す。
和希のスマホには黒髪のロングで、紺色の着物風の洋服に白いスカートを穿いている清楚系女子が画面に映し出されていた。
男装を解いた北条氏政さん。
「和希......どした?」
「か......」
「か?」
「可愛い......」
「「「「「え?」」」」」
「いや、でも俺には愛しの信玄ちゃんが......!」
「何その浮気現場みたいな葛藤」
委員長が半目で突っ込むと、和希はスマホを握りしめたまま天井を仰いだ。
放課後、悠久邸にて。
「美空さん、物事を決める時、何が大切だか分かりますか?」
「えー、何だろ」
頭を捻って考えてみた。
「あっ、話し合い!!」
「正解です!どの時代においても交渉力は必要ですからね、今日はそれを学びましょう」
「はーい!」
その時、南朝くんが談話室に入ってきた。
手に持っているのはいちごミルク。最近飲んでみてハマったんだって。
「今日の先生は南くんです。南北朝時代の交渉と言ったら朝廷が統一する為の『明徳の和約』ですね」
「わー難しそー」
「今日は僕が先生をするよ〜!僕も交渉力はそれほど......なんだけど、美空ちゃんの為に頑張るよ!」
「お願いしまーす!!」
「じゃあ、まずは復習だね!」と言って、ホワイトボードに二つの丸を描く南朝くん。
一つには南朝、もう一つには北朝と書き込んだ。
「まずは、南北朝の歴史からおさらいをしようね!鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が武士の不満をフル無視して天皇中心の時代を作ろうとしたんだ」
「フル無視って......」
「これを『建武の新政』と言うよ!テストにも出やすいから覚えとこうね!」
「テスト出やすいんだ......」
「それに不満を抱いた武士のカリスマ、足利尊氏が北朝を開いた。それに対抗するように奈良県に逃れた後醍醐天皇も南朝を開いたんだよね〜」
「そんな簡単に朝廷って開けるの!?」
私が驚くと、南朝くんは少し困ったようにいちごミルクをすすった。
「簡単じゃないよ〜、命懸けだよ〜?」
「あー......やっぱり」
(簡単に朝廷を開けるなら、今頃エグいことになってそう......)
「まー、なんやかんやあって兵力も疲弊してきたから北朝と和約を結んだんだ。これがさっき明治さん言っていた明徳の和約だね。その内容は、皇位を南北で交代しよう!って感じだったんだ」
つまり、前回は北朝側が皇位したから、今回は南朝側が皇位するね!ってことだよね?
仲良く半分こ......南朝くんと北朝くんがお手て繋いでらんらんらーんみたいな?
「まぁ結局は北朝が和約を破ったんだけどね〜」
「えぇ......せっかく結んだのに」
「南朝は理想を見て、北朝は現実を見た。どっちが勝つかなんて、分かってた話だよね」
少し悲しそうに目を伏せた。
「政治体制も貴族の意見ばかり聞くから武士にめちゃくちゃ嫌われる。その上、戦に勝ってもご褒美が少なくて......元々南朝に仕えていた武士も北朝に寝返っちゃった☆」
それから南北朝時代のおさらいを軽くし終え......私達は南北朝時代に来た。
「あれ?ここは?」
「あ、はい。ここが南くんをフルボッコにした北くんの家、京都の御所です」
明治さんがなんてことないみたいな風に言う。
「僕の方の御所は吉野にあるよ〜」
にこりと微笑む南朝くん。その無邪気さが余計不安。
「いやいや、喧嘩が強くなりたいとかそんなんじゃなくて!」
「戦だよ?こんなことは日常茶飯事だよ〜」
ほんわかしている雰囲気なのに、言っている内容は穏やかじゃない。
御所の前でドタバタしていたら、北朝くんがやって来た。
「ん?なんだ南朝か」
南朝くんは嬉しそうに北朝くんの方へ駆け寄る。
「ねー、北朝。僕達が仲良くなったきっかけってなんだっけ?」
「そんなことを聞きに来たのか?......美空の授業か?」
「そう!」
即答で答える南朝くん。
私は恐る恐る聞いた。
「あの〜、二人って仲悪いの?朝廷が分断されただけじゃ......」
「いやいや、結構な問題だよ?だって......政権握ってたの北朝だったもん」
南朝くんは頬を膨らませる。
「まー、壮絶だったな。顔を合わせる度にお互い罵詈雑言の言い合い」
「あの時は辛かったよ〜......」
南朝くんが半泣きで訴える。
「九州の覇権を巡って戦った『筑後川の戦い』は九州地方で発生した戦だと最大らしいな」
「元寇より被害が多かった戦だよね〜」
「日本三大合戦の一つですね」
明治さんまでもがうんうんと頷きながら話している。
(あれ?私がおかしいのかな???)
教科書には一ページくらいしか載ってなかった南北朝時代。二人も仲が良いから朝廷が二つあっただけで平和だったのかな?って少しでも思った私が間違ってた。かなりヤバい。
「北朝の方が僕より二万多い六万人だったんだけど、結果は僕の勝ちなんだ〜!凄いでしょ」
誇らしげに笑う南朝くん。しかし、その背後に血と炎に染まった戦場が見えて、私は思わず唾を飲み込んだ。
「でも、そっから仲良くなったの?秘訣とかある?」
「うーん......」
南朝くんが顎に手を当てて考え込む。ゆっくりと顔を上げて言った。
「老い......?」
「老い!?」
南朝くんから飛び出してきた言葉に驚く。え、老い!?
すると明治さんまでもが
「なるほど、老い。何となく分かりますねぇ」
とほんわかした雰囲気で言った。
「あー確かに老いかもな。理解理解」
北朝くんもうんうん頷いている。
「分かんないよ!?私まだ中学生だから分からないよ!!」
「歳を取ると見えないものも見えてくるんだよ」
北朝くんが『そういうことだ』みたいな顔をするが、全く分からない。
「最初はね、自分の正しさしか見えてなかったんだ。三種の神器を全て持ち出したり......僕が正統なんだ!って......相手が全部悪で、潰さなきゃいけないって、それしか考えてなかった......」
「うん」と北朝くんが静かに頷く。
「でも......何回も戦っていくうちに気づいたんだ。あ、これ......そのまま続けてどっちが勝っても国はボロボロになるだけだな〜って」
南朝くんは、かなり遠い目をしていた。
「歴史に悪はほぼ存在しないんだよ。勝ったから善で、負けたから悪って訳じゃない。どっちも、違った正義を掲げて......それ故の悲劇」
誰も悪くない。
南朝くんはそう言っている気がした。
「だからね......」
南朝くんは少し間を置いて言う。
「疲れちゃったんだよね」
「疲れた......?」
「うん!」
あっけらかんとした笑顔だった。それなのに、悲しそうだった。
「戦う度に大切な国民は死ぬし、田んぼは焼けるし、誰も幸せにならないし......これは僕の望んでいた世界なのかなって、何回も悩んで......その度に北朝を恨んで......疲れちゃった」
「......」
「兵士として駆り出された夫を泣きながら引き止める妻と子供、祝言を控えた若い男女、夢を語る子供達......みんな、僕の身勝手な理由で傷付けてしまった」
南朝くんはそこで言葉を区切った。
誰も、すぐには答えられなかった。
「その人達は、誰も僕を恨んでなかった」
「え?」
「恨まれて当然なのに、『ご無事でなによりです』って、僕のこと心配してくれて。自分の家が燃えた人も、家族を失った人も......」
南朝くんが私を見る。
「話し合いの秘訣っていうのはね......交渉の場に美味しい飲み物があれば何とかなるよ」
「???」
え?
急に宇宙の話でもされた???
「ごめん、僕も正直話し合いの秘訣って何なのか分かんないや」
(え――――――!!??)
「北朝は何かある?」
「んー......美味い飲み物があればだいたい上手くいく!」
北朝くんは親指を立てて言った。
(あー......やっぱり双子だぁぁっぁ!!)
私が頭を抱えていると、明治さんが助太刀してくれた。
「えぇっと〜......まぁ、交渉術は必要ってことですね」
あ、無理やりまとめられた。
「あ、そうだ!見せたい物があるんですよ!」
「え?僕にですか?何かな?」
鞄の中から例の卒業文集を取り出す。
「これ、小学生の時に書いた文集なんですよー!」
「へぇ......!少し読んでも良いですか?」
「どーぞどーぞ」
自分のページをめくって、明治さんに渡す。
しばらくすると、明治さんが何故か涙ぐんでいた。
「え!?え!?明治さん!?」
「どしたの?」
「さぁ......」
南北ツインズが首を傾げる。
明治さんはページも閉じずに、じっと文集を見つめたまま涙ぐんでいる。
「もしかして......泣くほど酷くて......?」
明治時代は、学制ができた時代だ。もしかしたら作文の決まりとか守ってなくて......それで悲しんでいるとか?
「そんなことないですよ。良い作文だと思いますよ......!」
メガネを外して涙を拭う。
「あはは......歳のせいか涙脆くて仕方ないね。何でだろう......純粋だなぁて思って。そう思ったらこんな体たらく、情けないおじさんでごめんねぇ......」
「いえいえ!ってか明治さんはおじさんじゃないですよ?」
どう見ても明治さんは二十代に見える。おじさんではないだろう。
「まぁ、この時に成長が止まりましたからね......心はおじさんなんです」
「へぇ......」
自分の作文を見た。へったくそな字で書かれている。
「子供のくせに生意気なこと書いてませんでした?」
「いえいえ、むしろ真っ直ぐで眩しかったですよ。ありがとうございます」




