三十三話
九月の末だというのに、まだ夏の暑さが残る休日の午後、焼けるようなアスファルトの上を走ってくる影がひとつ。
「......あったあった!」
健太が息を弾ませながら、古びたポスターの前で立ち止まる。
「『大正・恐怖の館』 ......大正って、あれだろ? 昔の時代。テストに出たから知ってる!」
額に汗を光らせ、ポスターの前でキョロキョロと辺りを見回す。
「にしても......こんなクソ暑い中でホラー体験とか、誰がやりだしたんだろーな。てか、誰もいねーし!」
その時―――
「やっと来たー!」
日陰で本を読んでいた私は、本を閉じて手を振った。 健太がようやく気づいて、こちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「わりぃわりぃ!寝坊してさ〜!でもさ、ホラー体験楽しみじゃね!?てか、何読んでんの?」
「『大正時代・世論関連文書・第一』」
「美空が専門家みたいな本読んでる!!」
「大正時代の人々の動きだけじゃなく、世界の動きとかが当時の文書と一緒にまとめられていて―――」
「分かんないから!説明されても分かんないから!!も、も〜......そういう日常、侵食してくるタイプのホラーやめろって〜......」
焦っている健太の背後にぬるりと現れる影がひとつ。
「ホラーなのはお前の到着時間だから......。二十分遅刻って、ナメてんのか」
「うおっ!?朱里!? 何でそんなとこに潜んでんの!?」
「......色々あって、太陽と決別中。それに、ああゆう風に溶けたくないし」
「溶ける?」
その言葉に、昨日の朱里からのメッセージを思い出す。 『ヤバい、日焼けの跡くっきりついてる。助けてヘルプ』
―――確かに、今日は帽子と長袖で完全防備だ。
私は柱の方を指差した。 そこには、日陰でぐったりと柱にもたれかかる蒼真の姿。
「も〜......遅せぇよ、お前〜......次から待ち合わせ、絶対屋内にしよう......」
「マジで溶けてる!?」
「はは......巨体に夏は激物だからさぁ......多少溶けるのはしゃーないよな......」
「遅れてスミマセンでしたぁ!!」
健太は謝ると、ゴホンと咳払いをする。
「みんな揃ったところで、行くか!恐怖体験!」
「いや、遅刻した奴が仕切るなよ」
「早く館内入ろうぜ......」
館内に入ると、薄汚れたメイド服を着ている案内役の女性が立っていた。
「この度は当館へお越し下さり、ありがとうございます」
『当館でのお約束』と書かれたパネルを持ちながら、説明してくれる。
「世は大正......。ここ、大正館には華麗なる一族が住んでいました。ある時から、この館に住んだ人には不幸が降りかかるようになったのです。お客様方、どうか囚われないよう、お気を付けてお進み下さい......」
家具などが置かれた薄暗い部屋を進む。
「こういうインテリア好き。大正の人やるじゃん」
朱里が家具の感想を言いながら進む。
「大正の人ん家、こんなダークパンクな家じゃないと思うよ......!」
「うわっ!人かと思ったら彫刻だった......」
「何で彫刻が家に置いてあんの......?」
口々に感想を言い合う。
廊下を歩いていると、バンバン!っと窓を叩いたような鳴った。
「ぶわっ!?」
「うわー!!」
野太い声を出す朱里と同時に悲鳴を上げる。
その後も、ゾンビやら動く彫刻やらに驚かされ、やっと出口。
「マジ怖かったー!」
「やっと生還した......」
「怖かった。めっちゃ怖かった」
「叫びすぎて喉カラカラ......」
「あ、俺今日遅刻したから奢るよ」
「「「おー!ゴチになります!!」」」
恐怖体験で叫び疲れた体を引きずりながら、私たちはショッピングモールに向かった。
「はぁ......やっと冷房の効いた場所に来れた......」
蒼真はお茶を飲みながら大きく息を吐く。
「それなー......」
ミルクティーをストローで吸いながら頷く。
「......てか、一人だけよく食べるな」
朱里の視線の先にはご飯とギョーザを頬張る健太。
「昼飯、サラダパンしか食べてないんよ。朝は食いそびれた......」
「お疲れ」
たくあんを挟んだサラダパン。お値段は近くのスーパーで百十円。
「へぇ、大正ブームなんだ〜!」
ソファに座ってラジオを聞いていた大正くんは嬉しそう。
昼、スマホで撮った写真を大正くんに見せる。
「美空っち楽しそう!!」
「楽しかった!」
「オレも行きたかったな〜」
と、愚痴をこぼすのは、南北ツインズと花札をしていた平成くん。
今のところ十六戦中十六敗なんだとか。
「え、全部負けてる?」
「あいつら強いんだよー......」
「平成が弱いだけだろ」
「でも、平成くんはテレビゲームになると強いよねー」
「あ〜......ファミコンだっけ?あれでボコボコにされたなぁ」
平成くんはテレビゲームになると強くなるようだ。
なんて考えていると、大正くんはラジオの耳当てを外して、手をギュッと握ってくる。
そして、言った。
「ねぇ美空っち、俺の時代においでよ!」
「え?」




