三十一話
「明治時代の初期について知りたいです!」
「最近やけに勉強熱心じゃないか。感心感心」
カウンター席に座ってブドウを食べていた奈良さんがこっちを向きながら言った。
気になる時代はあるか?と聞かれ、今に至る。
「いや〜、私も自分で調べているんですけど、そこら辺ごちゃごちゃしていて分かりにくくて」
そこへ通りかかった明治さんが参戦。
「お恥ずかしいですが、あの時はごちゃごちゃしていて正直どうして説明したら良いのか分かりません......」
「あ、現実でもごちゃごちゃしていいたんだ」
「なにせ短時間でやらなければいけないことが多々ありまして。政治は元より経済、産業、インフラ、教育など、様々な項目を素早く決めていかないといけませんから」
明治さんは『列強チュートリアル』とタイトルが書かれた紙を渡してきた。
そこには、『うちの国と取り引きしたいだって?あんたらのことは気に入ってるが、こっちも慈善事業じゃないんでね。このリストをコンプリートしたら取り引きしような!』というセリフを喋っている男性の絵の下に、項目が書かれている。
・大きくて自由な港を開こう
・流通網を確保しよう
・インフラを整備しよう
・鉄道を敷こう
・教育に力を入れよう
・近代産業を取り入れよう
・輸出できる商品を沢山作ろう
・軍隊を作ろう
などなど。上げだしたらキリがない量の項目の数々。喉から息が漏れた。
「これら全て終わらせて、ようやく国際社会の土俵に上がれるんです」
「めっちゃ労働時間エグそう。もう少しゆっくりやることって......」
「ははは......。国際社会が待ってくれなかったんですよ......」
清々しい程の笑顔!!
「説明するより、実際に見てもらった方が分かりやすいだろ」
「それもそうですね。それなら直接海外に学びに行った岩倉使節団のあたりから見ていきましょうか」
「はーい!お願いします!!」
1871年(明治4年)
岩倉具視を特命全権大使にした『岩倉使節団』は横浜から欧州へと旅立った。
大使、岩倉具視。副使の木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、山口尚秀。留学生などを含めた、明治初期の大プロジェクトだった。
不平等条約の改正交渉、そして近代産業の視察など、多くの様々な目的を持って派遣された。
あいさつ回りや見て聞いて学んでという、明治政府は短期間に色々詰めすぎな気がする。
写真館で写真を撮っている五人の使節団員。どうやら撮り終わったらしく、伸びをしたり動き出している。
「明治政府って短期間に色々詰め込み過ぎじゃ......」
「うっ、そのツッコミは置いといて......」
明治さんと話していると、私達に気付いた使節団員の一人が声をかけてきた。
「若いのに政治に興味関心があるとは!」
和服姿に髷を結っている。
「お侍さんですか?」
「え、僕?どちらかと言えば公家かな」
その人は『岩倉具視さん』というらしい。
「武将に仕えるのが武家で、朝廷に仕えるのが公家です。身分的に公家のほうが高いですね」
明治さんの説明を聞いていると、顎に手を当てて何やら考え込んでいた岩倉さんは、パッと顔を上げた。
「君達も留学生として同行しないか?若いうちは色んな経験をするのも大事だぞ」
「え?」
明治さんを振り返ると、ニコニコしている。
岩倉さんが一人だけ髷なのは、誇りなのだとか。
「Oh、なんてワンダフルなスタイルなんだ!」
「Amazing!!」
岩倉さんの周りに人だかりがあっという間にできてしまった。
「あの、ちょっと人集まり過ぎですし、少し人を散らしましょうか?」
木戸さんが一歩引いたところで提案するが、当の本人は嬉しそうだ。
「いや、いい。髷と初めて触れ合う瞬間を大事にしようと思うのだ。それに―――祖国にいる『髷なんてダッセー』だの『散髪しようぜ』など言っている人達にこの歓声を聞かせてあげたいよ!海を超えてもMAGEの素晴らしさは伝わる!僕のMAGE論は間違ってなかった!」
そして目をキラキラさせながら見ている子供達に、パチンとウィンクしてひと言。
「君達もいつか立派なMAGEを結いたまえ。See You!!」
(岩倉さんがアメリカにかぶれてる!!)
「さっきから注目集めてるの岩倉さんばっかだし、髷を結ってきて良かったね」
「美空さん。この髷は今後の転換となる重要な髷ですよ」
「重要な髷?」
かくして、一行は各地を視察し、色んな物を見て回った。
その間、岩倉さんの髷のお陰か、どこでも大歓迎を受けた。そして使節団の滞在期間はどんどん伸びた。
そんなある日、いつものように使節団が視察をしていると、手をブンブン振りながらこちらへ走ってくる人がいた。
「お、お父上ー!留学していて英語が話せる貴方の息子ですよー!!」
どうやら岩倉さんの息子だったみたいだ。
「お父上、髷が人気で集まっているのではありません。ネタキャラ扱いされているだけです!!」
「え、えぇぇぇぇ!!?」
岩倉さんは涙を流しながら空を見上げる。
「ありがとう。今まで一緒にいてくれてありがとう。髷......!」
そして。
目の前に恥ずかしそうに立っているのは、短髪になった岩倉さん。
「「「「「えぇ!?岩倉さんが断髪なされた!?」」」」」
明治さんと岩倉さん以外の使節団員と驚きの声が被る。
断髪したのに合わせてか、和服から洋装に着替えている。
「君、岩倉公に何か言ったかね?」
「何も言ってませんよ!?」
木戸さんの問いに首を横に振って答える。
「はぁーえらい印象変わったな」
「あんだけ髷の保護者だった岩倉さんが髪を切ったんだ。断髪に否定的だった人々の世論も動かすだろう」
伊藤さんと山口さんの会話に頷いていると、明治さんが追い打ちをかけてくる。
「断髪令で髪を切ったら印象が違いすぎて離縁されたって話もありますからね」
明治さんの言葉を聞いて、他の使節団員も心配そうに岩倉さんを見る。
「ま、槇子......」
岩倉さんは膝から崩れ落ちた。
この使節団の旅はなんやかんやあった。
髪は切ったが収穫も多かった。
最終的に二年にも渡る活動を終え、新たな希望と期待を胸に帰途についた一行。
そして使節団は無事、帰国!
「この知識をこれから活かすぞー!!」
「「「「おー!!!」」」」
岩倉使節団が海外の知識や人脈を得ている間、彼らが不在の間を預かる留守政府にも大きな動きがあった。
「ただいま政府!」
伊藤さんはウッキウキで、なんならスキップもしながら議会の扉を開けるが、むさ苦しい熱気でやられていた。
「伊藤さん!?」
そう。いつの間にか議会の覇権は大隈重信に握られていたのだ!!
議会には「大隈さーん!」「大隈さーん!こっち向いて〜!!」という声援。
もはやアイドル扱い。大隈さんのツッコミは議員にとってはファンサ......っと。
「どういうことだ!大隈ぁ!俺達が留守の間に......みんな大隈大隈って......」
伊藤さんは微かに痙攣しながら泣いている。
木戸さんと大久保さんはお土産が包まれた風呂敷を床に落としてることにも気付かないまま、ポカンと口を開けて固まっていた。
議会のパワーバランスが一気に大隈さんに傾いたんだよね。
この範囲、確かテストに出るよ〜って先生が言っていた気がする。
「何で大隈さんにパワーバランスが偏ったんですか?」
「ああ、それはですね。明治政府のツッコミと言えば大隈さん。大隈さんと言えばキレの良いツッコミ。そのツッコミが民衆の心を掴み、大隈派を作り出していったんです」
明治さんは近くに置いてあった新聞を手に取り、私に見せてくれた。
新聞の見出しには『西郷・板垣、海外に目を向けよと主張。留守政府内で議論白熱』という文字。
「あとは、新聞を通して民衆にも分かりやすいように、政治が読み物として大人気になっていることがより一層、強い支持に繋がったんでしょうね」
「大隈さん、策士だぁ......」
「本当の策士はまた別にいますよ」
そう言った明治さんの視線の先には、悔しそうに使節団員を集めて、ぷちっと会議を始める伊藤さんがいた。




