二十五話
さっきまで賑やかだったお祭りから場面が切り替わった。
大広間には、畳に座った大名達の声が飛び交っている。
「浦賀に黒船が来た。国の方針を今後どうするか話し合いをしよう」
「戦いましょう!」
一人の大名が声を上げた。
「この国を守る為なら、喜んでこの命、投げ出しましょうぞ!」
「なんでも、相手国は我が国の開国を求めているとのこと」
「しかし、この条約はあまりにも我が国に不利すぎます!」
大名達の切羽詰まった空気に圧倒されながら、視線を正面の人物――江戸くんへ向けた。
彼は黙って全員の意見を聞いていたが、やがて俯き、ぽつりと言った。
「......ごめんね」
「は?」
大名たちが一斉に顔を上げる。
江戸くんは目を閉じ、深呼吸をした。
「みんなの意見は分かった。......一年、せめて一年は待ってもらう。条約を呑むか呑まないかは、来年まで全国の大名を呼んで決める」
「はぁぁぁぁ!?」
大広間が揺れる程の驚愕の声。
「正気でおられるのか!」
「開国反対!」
「さっきは完全に鎖国を続ける流れでしたよね!?」
私達は黙って成り行きを見守るしかなかった。
隣に座っていた戦国さんが、過去を懐かしむように遠い目をしていた。
もし、私が江戸くんの立場なら、開国していただろうか?
今まで見たことないくらい大きな船で、開国を迫られる。
江戸くんからしたら、今の状況は喉元に突き付けられた刀と同じなのだろう。
ざわめきは収まる気配を見せなかった。
「異国に屈してなるものか!」
「いや、相手の軍艦の威容を見よ。下手に戦えば、この国は灰になるやもしれん!」
「ならば戦って散るのみ!」
怒声と悲鳴にも似た意見が交錯する中で、江戸くんは微動だにしなかった。彼の手は、膝の上で固く握りしめられている。
私は思わず問いかけてしまった。
「......江戸くん、本当にそれで良いの?」
「そうだ!君も言ったれ!!」
大名達と藩主達が私を見る。
江戸くんの瞳が、ゆっくりとこちらを向く。普段は不器用で人との距離を測りかねている彼の目が、この時ばかりは酷く遠くを見ていた。
「......うん。もう良いんだ」
それでも決意の重みは、十分すぎるほど伝わってきた。
大名の一人が膝を叩き、江戸くんに詰め寄る。
「それでは我が国の誇りが―――」
「西洋諸国は確かに強くなってきている。その証拠に清が英国に敗れた」
珍しく江戸くんの声が強く響いた。
一瞬、広間の空気が凍りついた。
戦国さんが小さく肩で笑う。
「誇りを掲げて散った時代も、確かにありましたわ......」
江戸くんは俯いたまま、言葉を絞り出す。
「......だからだよ。このまま鎖国を続けたら、清国の二の舞になる」
その背中が、不思議なくらい小さく見えた。けれど同時に、誰よりも大きな重荷を背負っていることを、痛いほど感じさせた。
私は黙って拳を握りしめる。
―――もし、私が江戸くんだったら。
やっぱり、同じ選択をするのだろうか。
広間に再びざわめきが戻る。大名達は納得できぬまま、しかし江戸くんの決断を覆す力も持ち合わせてはいなかった。
「武力衝突を回避し、譲歩しつつ幕府の意向を伝える。これが幕府の決断だ。この国を絶対に他国に渡さないと国民に約束するよ」
はっきりとした決断に、ほかの大名達も水を打ったように静まり返った。
「彦根藩は江戸湾の警備を強化してほしい。異国船が再び迫る時、真っ先に備えて」
「はっ!」
彦根藩の大名が頭を下げる。
続けて、江戸くんは会津藩に視線を向ける。
「会津藩は蝦夷地の防衛を頼むよ。箱館の周辺は荒れ地が多いから、国民の不安を鎮めて、異国の足掛かりを許さないで」
会津藩主は険しい顔をしながらも、深く頷いた。
「承知仕った」
さらに越前藩へと声を向ける。
「越前藩は諸国に触れを出し、民心の動揺を抑えてほしい。―――この先延ばしは屈辱ではなく、国を守るための選択だと伝えて」
「御意」
越前藩主が、膝を進めて答える。
広間に並ぶ大名達の間に、ようやく秩序が戻り始める。反対の声はなお胸にくすぶっているが、江戸くんの指示が、彼らの背を現実へと押し戻していった。
会議終了後。
「......疲れた」
それぞれの大名を見送った後、すぐに布団に潜った江戸くん。
「......清が破れた原因は英国によるアヘンの流行。えっと、英国は蒸気機関などの工業で儲かっている......、」
布団に潜りながらブツブツと和綴じの本を読んでいた。
「......何読んでるの?」
「オランダからの風説書」
そこには、英語でも日本語でもない文字がつらつら書かれていた。
「......?」
「あぁ......未来では蘭学を習わないんだったね。これはオランダ語だよ」
「オランダ!?」
「完全に外国と関わりを持たなかったら亜細亜だけじゃなくて、欧州のことも分からなくなるでしょ。だから唯一貿易していたオランダと清に頼んで貿易する時に外国の情報を提出してもらうんだよ」
「あれ?ポルトガルとも貿易してなかった?」
「ポルトガルの商船は布教してくるから来航禁止にした。オランダと清は布教目的じゃないからね。そのまま続行」
回想シーン
―――外国と関わらないで外国情報を得る方法はないのかな......。西洋諸国の最新情報を知れたら防衛にも繋がるし......でも開国したくないし。
ぶつぶつと呟き、筆を取り出すと和紙に殴り書きする。
『オランダ商船より情報を必ず定期的に取り寄せること。ただし、幕府内で管理すること。オランダ船は、海外事情の報告を義務付ける』
回想シーン終了。
「......ということ。分かった?」
「なるほど......?」
つまり、オランダに外国の情報を持ってきて〜ってことだよね。




