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日ノ本元号男子  作者: 安達夷三郎
第三章、夏休み開幕と戦の時代
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十八話

図書館から帰ってきて、何となく足を向かわせたのは食堂だった。

そこにはすでに先客がいて。

薄い緑色の髪に白色の着物に紺色の袴姿―――戦国さんだ。

「戦国さん、こちらにいらしていたのですか」

明治さんが声をかけると、戦国さんは少し照れた様子だった。

「少し小腹が空きまして」

そう言いつつ、目の前にはどんぶりがずらり。

その数、明らかに"小腹"の範囲を超えている。

「戦国さん、凄い......特に食べる量が」

戦国さんは向かいの席で、一人嬉しそうにご飯を頬張っている。机いっぱいに置かれた大量のどんぶりを次から次へと片付けていく。

「腹が減っては戦は出来ぬ!ですわ」

「戦国さんはよく食べますよ。ついでにデザートも(なん)なく胃に収めますし」

コソッと明治さんが耳打ちをして教えてくれた。

普通に一人前を食べる感覚で消えていくどんぶり達。

「美空さんも食べますか?美味しい物を食べると幸せな気分になりますわ」

スススと、どんぶりを私の前に移動させる戦国さん。......家に帰っても両親は海外出張で家にはいないし、食べちゃお。

「いただきまーす」

お箸を手に取り、どんぶりの蓋を開ける。中身はとんかつの上にとろっとろの卵が乗ったカツ丼だった。

ご飯に染み込んだ汁、柔らかいとんかつ、とろっとろの卵......!!

ホカホカしていて美味しかった。

「いやぁ......よく食べますね......本当に凄い」

明治さんと私は戦国さんを見ながら呟く。やがてその視線に気付いたのか、私を見つめる。

「あ......っ、私なにか変な顔しているでしょうか?」

その言葉に首を振って否定する。

「食べている時の戦国さんって、幸せそうだな〜って、私も食べている時、めっちゃ幸せだから......共通点見つけたような気持ちで......えーっと、うーんっと」

頭を捻っても言いたいことが整理できない。日本語が変になる。う〜んっと頭を抱えていると、戦国さんはふふっと笑って言った。

「はいっ、共通点ですわ!」

机に置かれたどんぶりが全て空になると、明治さんが「今日の先生は戦国さんですね」と口を開いた。

「はっ、そうでしたわ!今すぐ行きましょう」

ハッと驚いたような声を上げる戦国さんは、そっと私の手を掴む。

ワシっと手を掴まれた途端、反対側の手も明治さんに掴まれた。

二人に挟まれて、三人仲良くお手々を繋いだ、ら。

視界がぐにゃりと歪んだ。


視界が歪み、ゆっくりと落ち着いたところで目を開けると、そこは見知らぬ景色だった。

広々とした城下町の通り。木造の家々が軒を連ね、大通りには商人達が(あきな)いに勤しんでいた。食料品から生活雑貨に至るとこまで売られている光景が珍しくて、ついキョロキョロしてしまう。

「ここは、戦国時代の城下町ですわ」

戦国さんが誇らしげに頷く。

「ようこそ、私の時代へ。まず始めに、城下町とはお城の(ふもと)に広がる町で、武士や商人、職人が集まって暮らしている場所なんですの」

「あれ?農民は住んでいないんですか?」

確か、農民って全体の七割を占めていたはず......。

「農民は農村部に住んでおりまして、武士の人手不足を補う為に戦に向かう農民も少なくないですわ。商人や職人は経済の中心を担う存在だった一方で、農民は色々な役割を担う国の土台でした。まさに(えん)の下の力持ちですわ!!しかし......」

少し、戦国さんの声のトーンが低くなった。

「その反面、年貢などに苦しみ、餓死(がし)者も多いのです......」

陽の光がやわらかく町を照らし、土でできた道の両側には、木と土でできた低い屋根の建物がずらりと並んでいる。

通りには提灯やのれんがかかり、店の前では商人たちが元気な声を張り上げている。

道を歩く人々の姿もさまざまで、二本の刀を腰に差したお(さむらい)さん、腰に道具をさした職人、買い物かごを提げた町娘など、町全体に人々の営みが満ちている。

明治さんも隣で微笑みながら、「十分に気を付けて。怪我などしないように」と忠告した。

「では、まずは市場へご案内いたしますわ」

戦国さんに先導されて歩き始める。道には水飴や団子の屋台が並び、香ばしい匂いが漂ってくる。

「戦国さん、これ......何ですか?」

「干し柿と松風(まつかぜ)ですわ!松風は小麦粉、砂糖、麦芽飴(ばくがあめ)、白味噌などを混ぜて焼いた和風カステラのようなお菓子で、当時の兵士の携帯食として親しまれておりましたの」

手に取りかじると、甘さが口の中に広がった。

「美味しい......!」と感嘆する。

「喜んでもらえて嬉しいですわ。明治さんは何か気になる物、ございましたか?」

「城下町は栄えていますね」

「ええ、盛り場なのです。明治さんの時代で言えば......浅草(あさくさ)ですわね」

「なるほど、理解しました!」

明治さん、即答。

「もう夏ですから、帰ったらこれでかき氷なる物を作ってみましょう!」

戦国さんがニコニコ笑顔で取り出した竹筒(たけづつ)には、透明から琥珀色のとろりとした液体が入っていた。

見た目だけなら蜂蜜(はちみつ)みたい......。

「これは『甘葛(あまづら)』と言いまして、精製された砂糖などまだ無い時代、この甘葛はとても貴重で......貴族や大名の間でしか味わえませんでしたの。果物や団子にかけたり、薬と一緒に服用したり......はわぁ、早く食べたいですわ〜!」

戦国さんは誇らしげに微笑む。

一滴、指先に垂らして舐めてみると、木の香りとほのかな甘さが、舌の上でふんわりと広がる。

ほのかに草の香りも混じるその甘さは、どこか懐かしく、優しい時間をくれる味だった。


次に、戦国さんは「次は運動しましょう!」と、どこかへ案内してくれた。

「運動って何するんですか?」

「ふふ......弓道、ですわ!」

始めに戦国さんの弓裁きを見させてもらう。

ターン!

矢は真っ直ぐに的の真ん中に命中する。

「私、弓には覚えがありますゆえ、私で良ければ指南(しなん)いたしましょうか?」

「はいはーい!私も弓道したいです!!戦国さんみたいにカッコよくシュって出来ますか?」

「ええ!本気で教えますゆえ、ついて来て下さいませ!」

初めて手にする弓に戸惑いながらも、戦国さんの指導で挑戦。的にはなかなか当たらず苦戦するが、戦国さんは優しく励ましてくれる。

「あぁ、バイーン!ってなる!!!めっちゃ痛い!!」


その夜。弓道場で松風を頬張る。

「あ、あぁ......痛い。背中の筋肉が三年分くらい動いたよ......」

(明日絶対筋肉痛......)

「私の時代は、どうでしたか?」

戦国さんは何個目か分からない松風を食べながら尋ねてきた。

「戦国さんって、苦労したんですね......」

そう呟いた私の手を、ガシッと戦国さんが掴んだ。

「美空さん!私の苦労など過去の出来事!!これから荒波(あらなみ)に挑む美空さんの方が大変なのですよ。辛い時には私達がついていることを忘れないで頂きたく!特に私を忘れないで頂きたく」

やや興奮気味に早口になる戦国さん。

「戦国さん、落ち着いて......」

明治さんが声をかける。

「私は傍におりましてよー!!」

「戦国さーん!!」

その時、ふと戦国さんが呟く。

「......そういえば、美空さんは安土桃山時代の『関ヶ原の戦い』をご存知ですか?」

「はい!徳川家康と石田三成(いしだみつなり)が戦ったっていう......」

「ええ、たったの六時間で勝負が決した戦いなのですが、後の日ノ本に大きな分岐点を与えたのです」

「分岐点?」

「ヒントは西の大阪が豊臣家、東の江戸は徳川家ですわ」

「う〜ん......東と西......首都が江戸になったとか......?......あ!関東と関西が出来た!!」

戦国さんはパァーっと顔を輝かせて拍手するもんだから、少し照れくさくてモジモジしてしまう。

「正解ですわ!!実はその戦いの後、日ノ本は“関ヶ原”を境に西と東―――つまり今の“関西”と“関東”に分かれていったのです。まさに、日ノ本の分岐点とも言える戦いなのです!」

「結構重要な戦いだったんですね!」

(あとで朱里に教えてあげよ〜!)

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