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日ノ本元号男子  作者: 安達夷三郎
第三章、夏休み開幕と戦の時代
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十七話

夏休み五日目。

いつもの図書館。いつものメンバー。

図書館の静かな一角。窓から差し込む午後の柔らかな日差しが、机の上の歴史の教科書を照らしている。

目の前の机で、健太は顔をぐしゃぐしゃにしてうつむき、泣きそうな声でワークの問題を読み上げた。

「問四、戦国武将の中で、キリスト教の布教を許可した人は誰でしょうか?①今川義元(いまがわよしもと)織田信長(おだのぶなが)毛利元就(もうりもとなり)豊臣秀吉(とよとみひでよし)。無理ぃ〜、俺、歴史覚えらんない。戦国武将の名前なんか俺が六十歳になっても使わないよ」

「ちなみに問四の答えは?」

「織田信長」

隣に座る朱里は、手に持った漫画に目を落としながら、ちらりと健太の方へ顔を向けて軽くつついた。

「黙って勉強しろ。あと、織田信長は良いぞ」

健太はさらに眉をひそめて続ける。

「あ、でも風林火山(ふうりんかざん)って何かカッコ良い」

私は微かに笑みを浮かべて、教科書のページをめくった。

「『全国統一』と『分国法(ぶんこくほう)』の語呂の良さ好き」

「夏休み五日目で宿題に取りかかっている俺らって偉い」

スポーツ雑誌を見ていた蒼真も頷く。

「ほんとそれ。来週の土日さ、泊まりで海行こ」

「良いよ〜」

「宿、早めに押さえとかないと」

「泳ぐぞ〜!」

など話していると、本棚の間からぬらりと誰かが現れた。

「ちょっと日本史ができるだけで、図書館を我が物のように振る舞うのはやめて頂こうか......」

薄いベージュ色のカーディガンに白いTシャツ。黒い蓬髪(ほうはつ)は手入れもなく身形(みなり)に整わぬ格好だが、何となく知っている顔立ちだ。

「「「「......あれ、誰だっけ?」」」」

何処かで見たことある......。けど、思い出せない。

四人全員で振り返る。

委員長だけがため息をついている。

彼はニヤリと笑い、肩を竦めた。

「織田信長は、我が推しの武田信玄(たけだしんげん)ちゃんの敵だからな!絶対悪いやつ!」

彼が得意げにスマホ画面を突き出し、ドヤ顔で言い放った。

その画面には、肩より長いウェーブのかかった栗色の髪をハーフアップにして、髪には赤と白の飾り紐。服装は金と赤を基調(きちょう)にした牡丹や桜の花模様がたくさん刺繍された豪華な和装ドレスを着ている可愛らしい女の子が映っていた。

そして、人物名のところには『武田信玄』の文字。

「情報源がまさかのソシャゲ!?」

私は思わず机を叩いて突っ込んだ。

「でもさ、あれ人気すごいよな。女体化した歴史キャラで全国ツアーやってるやつ。知ってる?」

蒼真が、なぜか真顔で話題に乗ってきた。

「名前ごつ......」

「織田信長推しのウチに謝れ」

朱里が小さく呟いた。珍しく漫画を閉じて、スマホを取り出す。

「ちょっと待って......あ、いた。これ。信長様」

画面には、高めの位置でツインテールにした女の子が映っていた。白を基調としたセーラーワンピースには金の縁取りがされた赤色のリボンが胸元で揺れ、スカートの(すそ)には織田家の家紋の刺繍。

「お前ら......勉強は......?」

委員長の呟きが、風に消えそうだった。

「だってさ!リアルの教科書はさ、覚えにくいじゃん。でもソシャゲの信長ちゃんは『桶狭間ノ陣(おけはざまのじん)・炎属性・三連撃』ってスキル名でめっちゃ分かりやすい」

朱里が笑顔で主張する。

「それもう歴史じゃなくてカードバトルなんよ」

私が言うと、蒼真がうなずいた。

「とはいえ......結構、語呂やイベントで記憶に残るんだよな。意外と試験に出るとこ押さえてる」

「たとえば?」

「去年のイベント『本能寺☆サマーキャンプ』で、本能寺の変=一五八二年は"イチゴパンツ”って覚えた」

「イチゴパンツって何!?」

あまりの堂々としたイチゴパンツ発言に、思わず吹き出してしまった。

「俺はそれでテスト五十点取れたから」

「いや微妙だな、おい!!」

委員長がツッコんでいたら、健太が彼の顔をじっと覗き込んだ。

「お前......確か......我が校の英雄、宇佐見(うさみ)和希(かずき)だろ!和希だよな!?」

「わー有名人」

「そうだけど。日本史力弱い奴に興味ないから」

「何だよその無造作ヘア!前までスッキリしてただろ!」

宇佐見......和希!?

得意な時代は戦国から幕末。歴史の成績上位の人に絡んでいる、あの和希!?

学年の幕末頭脳派。しかも校内の定期テスト(戦国時代に限る)では常に上位。あの"社会の宇佐見"って裏名がある。

「英雄......?あいついつも何かある度に歴史の成績上位者に絡んでくるぞ」

委員長が健太に言う。

「あいつは純粋なんだよ!!」

負けじと言い返す健太。

「え、つまり、バカ四天王VS歴史好き、てこと!?」

蒼真がまるでバトル漫画の展開かのように声を上げる。

「いやいや、勝負にならないから」

朱里と私は苦笑いしながら教科書を閉じる。

「いや、"勝負にならないから"じゃないだろ。小学生の頃は大体七十点くらいだったろ」

委員長が呆れながら言った。

「無理。小学生までは真面目だったが、入学の時点で燃え尽きた」

「不動の五教科満点の委員長に言われたくない」

「まー、勉強した方が良いってのは分かる」

「勉学に勤しむことで将来的にリターンが見込めるし、ほぼほぼ不利益ないもんな」

「え、蒼真が学者みたいなこと言ってる」

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