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日ノ本元号男子  作者: 安達夷三郎
第三章、夏休み開幕と戦の時代
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十六話

悠久邸の縁側に座って、私はふぅとため息をついた。

右手には、例の紙―――『洋菓子と和菓子の時代』と書かれた、室町くんお手製のチケット。

「......で、これってどうやって使うの?」

問いかけると、いつの間にか隣に座っていた室町くんが、きょとんと首を傾げた。

「僕のこれは空間と時代を繋ぐ魔法の切符なんだよ」

「え、そうなの!?」

「嘘だよ」

即答で返された。室町くんの薄い唇に浮かぶ笑みは、まるで困惑する私の反応を楽しんでいるようにも見えた。

「あ、でも勝手に氷菓子を食べたことは反省してるよ?本当に、ちょっぴりだけど」

「“ちょっぴり”が正直すぎる......」

苦笑しながら、私はチケットをそっと握った。

「......ま、せっかくだし行く?」

「うん!いざ、甘味の黄金時代へ!」

そう言うやいなや、室町くんが私の手を取り、空中へ跳ねるように一歩踏み出した―――

着いた先は、静かで落ち着いた町並み。

町屋風の建物が連なり、石畳の道の先には、ちりんと風鈴の音が響いている。

五人程の着物姿の子供達が団子屋を覗き込み、わいのわいのと騒いでいた。

「うわぁ......ここが、室町時代?」

「京の運河(うんが)あたりだよ。まずは、和菓子巡りの定番、饅頭から行こうか」

向かった先の屋台では、蒸したての饅頭が湯気を立てていた。

もっちりとした皮の中から、ほかほかのこし餡がとろける。

「......んっ、美味しいっ!」

「だよねー。 室町時代に中国から伝わったんだよ。点心(てんしん)が原型って説もあるんだ」

「へぇ~。じゃあ、次は?」

「金平糖」

そう言って、通りの奥へ進むと、飴細工のようにカラフルな金平糖を並べた店があった。

ポルトガルから伝わったとされる、南蛮菓子の一つだ。

「今みたいに砂糖が当たり前じゃなかったからね、当時は超高級品。将軍様への贈り物だったりもしたんだよ」

「私、そんな凄いもの食べてるの!?」

「僕が奢ってるし、問題ナッシング」

「反省、してるのかな......?」

最後に立ち寄ったのは、川沿いの小さな茶店。

そこで出されたのは、羊羹とお茶。

「羊羹も、中国から伝わったお菓子なんだよ。本来は羊の(あつもの)だったらしいよー」

「......あつもの?」

「肉や野菜のスープのことなんだって」

「スープから......羊羹?」

「そー。でも当時、肉食は禁止されていたから小豆(あずき)を使った精進料理に変化して、今の羊羹になったんだよ。......ハハ、ここまで来ると食べ物に対する執着を感じるね」

甘さ控えめな羊羹を口に含み、私は小さく目を細めた。

川のせせらぎ、木陰の風、そして......隣でどこか楽しそうに語る室町くん。

「ねぇ、室町くん」

「ん?」

「アイス食べたこと、許す!」

私は笑いながらそう言った。

「おぉ、優しい! ありがとう、ありがたや」

まるで懲りてない様子の彼に呆れつつも、私はもう怒る気になれなかった。

こういうずるさも、室町くんの『味』なのかもしれない。

その夜、悠久邸の冷凍庫には、抹茶バーが五本分きっちり補充されていた。

箱の端には、達筆な毛筆文字でこう書かれていた。

『徳政令、撤回につき。 室町』

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