十六話
悠久邸の縁側に座って、私はふぅとため息をついた。
右手には、例の紙―――『洋菓子と和菓子の時代』と書かれた、室町くんお手製のチケット。
「......で、これってどうやって使うの?」
問いかけると、いつの間にか隣に座っていた室町くんが、きょとんと首を傾げた。
「僕のこれは空間と時代を繋ぐ魔法の切符なんだよ」
「え、そうなの!?」
「嘘だよ」
即答で返された。室町くんの薄い唇に浮かぶ笑みは、まるで困惑する私の反応を楽しんでいるようにも見えた。
「あ、でも勝手に氷菓子を食べたことは反省してるよ?本当に、ちょっぴりだけど」
「“ちょっぴり”が正直すぎる......」
苦笑しながら、私はチケットをそっと握った。
「......ま、せっかくだし行く?」
「うん!いざ、甘味の黄金時代へ!」
そう言うやいなや、室町くんが私の手を取り、空中へ跳ねるように一歩踏み出した―――
着いた先は、静かで落ち着いた町並み。
町屋風の建物が連なり、石畳の道の先には、ちりんと風鈴の音が響いている。
五人程の着物姿の子供達が団子屋を覗き込み、わいのわいのと騒いでいた。
「うわぁ......ここが、室町時代?」
「京の運河あたりだよ。まずは、和菓子巡りの定番、饅頭から行こうか」
向かった先の屋台では、蒸したての饅頭が湯気を立てていた。
もっちりとした皮の中から、ほかほかのこし餡がとろける。
「......んっ、美味しいっ!」
「だよねー。 室町時代に中国から伝わったんだよ。点心が原型って説もあるんだ」
「へぇ~。じゃあ、次は?」
「金平糖」
そう言って、通りの奥へ進むと、飴細工のようにカラフルな金平糖を並べた店があった。
ポルトガルから伝わったとされる、南蛮菓子の一つだ。
「今みたいに砂糖が当たり前じゃなかったからね、当時は超高級品。将軍様への贈り物だったりもしたんだよ」
「私、そんな凄いもの食べてるの!?」
「僕が奢ってるし、問題ナッシング」
「反省、してるのかな......?」
最後に立ち寄ったのは、川沿いの小さな茶店。
そこで出されたのは、羊羹とお茶。
「羊羹も、中国から伝わったお菓子なんだよ。本来は羊の羹だったらしいよー」
「......あつもの?」
「肉や野菜のスープのことなんだって」
「スープから......羊羹?」
「そー。でも当時、肉食は禁止されていたから小豆を使った精進料理に変化して、今の羊羹になったんだよ。......ハハ、ここまで来ると食べ物に対する執着を感じるね」
甘さ控えめな羊羹を口に含み、私は小さく目を細めた。
川のせせらぎ、木陰の風、そして......隣でどこか楽しそうに語る室町くん。
「ねぇ、室町くん」
「ん?」
「アイス食べたこと、許す!」
私は笑いながらそう言った。
「おぉ、優しい! ありがとう、ありがたや」
まるで懲りてない様子の彼に呆れつつも、私はもう怒る気になれなかった。
こういうずるさも、室町くんの『味』なのかもしれない。
その夜、悠久邸の冷凍庫には、抹茶バーが五本分きっちり補充されていた。
箱の端には、達筆な毛筆文字でこう書かれていた。
『徳政令、撤回につき。 室町』




