十三話
「えっ、今日の訪問先......平安時代なんですか?」
「本日は私、平安が案内する番ですよぉ」
そう言って微笑む平安さんは、今日も神秘的な雰囲気に包まれていた。まるで風景の一部みたいにしっとり馴染んでて、ちょっと現実味がない。
「では、行きましょう」
スッと手を差し出され、握った瞬間―――視界がぐにゃりと歪んだ。
目を開けると、私は爽やかで甘酸っぱい橘の香りに包まれていた。
目の前には高い塀。見上げるほどの門。朱塗りの柱。ふわふわと懐かしい気持ちになる橘の匂い。遠くからは和歌を詠むような声と、琵琶の音が聞こえる。
「......うわぁ......これが、平安京......?」
「いかにも。ここは貴族たちの世界。栄華を極めた文化の都なんですよぉ。貴族文化が根付いた時代ですね」
隣で優雅に立つ平安さんは、さっきよりさらに神々しく見える。......いや、気のせいじゃない。なんか空気が違う。
「ほら、行きますよ」
手を取られて歩き出す。靴じゃなくて草履。足元が不安定でよろめいた。
「ちょ、待って、道が土!すごい歩きづらい!これ滑るやつ!あと、牛車で道ふさがってるんですけど!」
「そうですねぇ、そういうものです。現代の舗装技術に感謝なさい」
「うわあああ、誰かの裾踏んだ!!」
なんとか到着したのは、平安さんの『屋敷』だった。
「......いや、屋敷っていうか、迷路みたいな廊下なんですが!?しかも広すぎない!?」
「なにせ寝殿造ですから。贅沢が正義の時代ですよぉ」
「......ぜ、贅沢すぎるでしょ......」
そして突然、和歌の会が始まった。
「我、恋ひつつ......」
「いかにせむ............」
「......え、なにこれ、恋のポエム大会?」
「そうです。今から即興で一首詠んでいただきます」
「え、無理無理無理!! そんなの心の準備が―――」
「頑張って下さいねぇ」
強制参加だった。
その後、私が全力で捻り出した和歌がこちら。
「カップ麺 待つ三分に 芽生える恋 開けてみたら 具が消えていた」
「カップ麺......ああ、昭和と平成がよく食べている即席ラーメンのことですかぁ」
平安さんは妙に納得している。
そして、他の参加者達はと言うと―――
「―――これは............深い」
「わびさびを感じる」
「"具が消えていた"とは......無常を詠んでいるのか?」
周囲の貴族たちが、なぜか大感動していた。
「いやいやいや、これ笑うとこでしょ!?具がないってショックってだけで、哲学とかじゃ―――」
「いやー女子の飛び入り参加と聞いたから不安だったが、深い。とても深い」
「......あ、ありがとうございます」
(えっ、これで良いの......!?)
その後、食事会にも招かれた。が、
「これ、なんですか?」
「なます。魚と野菜を酢で和えたものですねぇ」
「これ、なます......? ほぼ原型ないですね!?」
「大丈夫。当時としてはごちそうです」
(うわあ......体が現代に慣れすぎてる......)
日も暮れて、縁側に腰掛けた二人。涼しい風が吹き抜ける。
「......平安さんって、戦とか全然なかったんですか?」
「戦がないわけではありません。ただ、表に出ないだけです。争いも、恋も、心の内側で起こるのが私達の流儀ですからねぇ」
「心の内側......」
「まぁ、藤原氏や武士同士の権力争いはそれなりにありましたが。有名なのは『源氏VS平氏』による対立ですね。貴族と思われる方が結構いらっしゃるのですが、あの二つは武士なんですよぉ。最終的に『源平合戦』と呼ばれる大規模な内乱を引き起こしてですねぇ、平安の時代は終わりました」
「意外に物騒!!」
「私は、誰よりも“言葉”に支配された時代に生きていました。だからこそ、言葉を大切にして下さい」
「......うん、分かった。じゃあ、そろそろ帰りまーす」
ふと、風に乗って季節外れの桜の花びらが舞い落ちた。
平安さんの髪に一枚、静かにとまる。
「おや、珍しいですねぇ」
その姿は、まるで絵巻の中の人物のようだった。
―――数分後。
「って! 帰るって言ったのに!なんで今、十二単着せられてるんですか私!?」
「似合うと思いましてぇ」
「重い!暑い!動けない!令和の女子中学生には慣れないです!!」
十二単は、肌に直接着る白い『小袖』の上に、『単』『五衣』『打衣』『表着』『唐衣』『裳』といった何層もの衣を重ねていく。平安貴族の正装とのこと。
色の組み合わせは、季節や格式によって決められているらしく、ニッコニコの『女房さん』と呼ばれるお手伝いさんに着せられたのは、春の色彩―――白梅を模した白と淡紅の重なり。
だが見た目の美しさとは裏腹に、重さは約十二キロから約二十キロ。座っても重い。立ち上がると、もはや修行。
「ちなみに正式名称は五衣唐衣裳と言うんですよぉ」
「十二って、枚数のことじゃないんだ......」
ずっと枚数のことかと思ってた。
「ええ、昔の"十二"は『沢山の』という意味ですからぁ。身近な物だと『ひな人形』でしょうねぇ。ひな人形のお内裏様は帝を、お雛様は皇后をモデルにして、その結婚式の様子を模しているのですよぉ」
「豆知識の圧が凄い......。平安さん、十二単脱いで良いですか!?」
「まあまあ、お写真一枚だけ。はい、明治から預かったすまほ?はここに―――」
「うわ、めっちゃ映えてる......!」
(平安の魅力、すごい)




