十話
その日、悠久邸から奈良さんの悲鳴が上がった。
「飛鳥が家出した!?」
テーブルの上に置かれたのは一枚のメモ。そこには『しばらく旅をしてきます。僕には外国の技術を日ノ本に持ち帰る義務があるのですよー!飛鳥』
「遣隋使しなくて良いから!!」
「廃止にしたんですけどねぇ」
平安さんがお茶を飲みながら呟く。
「で、どこに行ったの?隋ってことは......今の中国?」
江戸が半ば呆れながら呟く。現実的には有り得ない。しかし、彼らは各々、自分の時代にワープできる。......飛鳥くんなら、有り得る。
メモの裏には『初めての海外レポート。隋で見た百のこと』
「本当に行っているでありますね......」
一方その頃、謎の海外(悠久邸のエントランスを隋っぽくアレンジしただけ)では―――
「これが石臼、こっちは水車なのですよー!」
石臼やら水車の模型やらを勝手に並べている、興奮気味の飛鳥くんが遣隋使ごっこを始めていた。
「おーい!飛鳥くーん!!」
竹ひごで水車の骨組みを補強しようとしている飛鳥くんに声をかけると、やっと気付いたのかこっちを振り向く。
「美空ちゃん、見て欲しいのですよ。これが隋なのですよー!!」
飛鳥くんは大きく手を広げ、嬉しそうに使い道を解説し始めた。
「これは行政と法律を整える画期的なアイテム『律令制マニュアル』です!え、長い?大丈夫です、僕も途中で寝ました!」
「読む気ゼロじゃん!!」
それからも、よく分からない説明が続いた。
役職がひと目で分かる『冠位十二階のぼりセット』紫が最上位で黒が新人。
暇だったので作った『粘土の大仏』
何の役に立つのか分からないけど、めっちゃ重い『石造りの滑車』
ただいま調整中。夜になると水漏れのする『水時計』
おまけ。ご利益がありそうな『ただの石』
「あと、美空ちゃんにはこれをあげるのですよ」
手渡されたのは手のひらに収まる木箱だった。
恐る恐る中を確認すると、入っていたのは数体の人形だった。
「これは『ミニ遣隋使セット』です!美空ちゃんも今日から国使気分なのです」
ミニ遣隋使セットの中身達。
・ミニ遣隋使船(紙製)
・外交文書(ひらがなと漢字が一枚ずつ)
・謎の"お友達人形"が三体
「何だろう......バカにされた気がするのは気のせい......?」
「なーんだ、甘味は持って帰ってないんだ」
団子を頬張りながら室町くんが飛鳥くん自慢のお土産達を見て呟く。
「甘味は現地調達を試みたのですが、失敗したのですよ。いくら探しても白玉粉が見付からなくて......」
「そりゃな!ここ、エントランスだから」
奈良さんがツッコむが、飛鳥くんはまるで気にしない。
「ところで、このお友達人形って誰をモデルにしてるの?」
私が尋ねると、飛鳥くんは自信満々に答えた。
「これはですねー、左がずいぶん親切な隋の役人さん、真ん中が突然歌い出す使者の人、右がずっと黙っている護衛さんです!!」
「ちゃんとしたキャラ設定があった!」
私がツッコむと、飛鳥くんはダンボール箱の上に人形を並べて、劇を始めてしまった。
「こんにちは、わたくしは隋の役人です。倭の国からのお客様を大歓迎しますよー!」
「日出処国から日没する国へ。突然歌い出す使者でーす!倭の国の国使をしています」
「......」
無言で頷く護衛人形。
「いや待って、何でそんなにキャラが濃いの!?」
「歴史を覚えるのには印象が必要なのですよー!!」




