20ページ目 近未来に行く少女
真っ暗な空間。シャルトのときと同じようにどこまでも続いてるようなそんな感覚になる。ただ違う点があるとすれば無機質な機械音が響いている点だろう。私は音を頼りにそこになんとなく進む。
音の発生源に近づけば近づくほど嫌な感覚が強くなる。だれかに見られているようなそんな感覚。一歩また一歩と近づくと視線がどんどん増えていく。恨みや憎しみが重く私にのしかかる。
呼吸がとても苦しい。
引き返したい。
でもなぜか足は止まらない。
止まれない。
たくさんの目が私を見つめる。
「もう…やめて」
今にも消えそうな声で呟く。するとどこからか手拍子が聞こえた。たった一拍。しかしその一拍であんなに嫌だった視線がなくなり重くのしかかっていたものが消える。暗闇で満ちていた空間はいつの間にか明るくなっていた。
本のページがめくれる。文字が運命を再び世界を綴る。最後に誰か見えたような気がした。懐かしい誰か―――人懐っこい土蜘蛛の姿が見えたような気がした。
次に目が覚めると図書館ではなく華やかな大通りだった。ネオンに彩られ夜なのに昼のように明るい街。そらとぶ車やアンドロイド、ホログラムの数々が当然のように存在していた。一番驚いたのはアンドロイドだけではなく半分動物が混ざったような容姿の人間やエイリアンが大半を占めていた。むしろ人間の数のほうが少ないぐらいだ。私が知っている現代とはかけ離れた街。まるでSF小説に入り込んでしまったかのような感覚。空いた口が塞がらない。いや、よくよく考えればあんな銃を作れるぐらいの人物がいた世界なのだから当然だが。予想を大きく上回る技術の発展具合に興奮が止まらない。
「こんなに近未来的な武器の数々が…」
私はふらふらと心ゆくままに歩き出す。見たことのない物体の数々。興奮して、しかし丁寧にひとつひとつ見ていく。見ていく足がだんだん早くなる。どれも私が知っている物と似ているが性能は全くの別物。私は周囲の目など気にせず眼の前の未知に夢中になる。
しかし、私の足も止まってしまう。急に腕を引っ張られた。振り返ると元の姿のシャルが腕を強く掴んでいた。笑顔なのになぜかとても怖い。私にだってわかる。これはとても怒っているときの笑顔だ。
「・・・元の姿に戻れるんだね」
「ええ、一時的にですわ。そのおかげで仕事を放棄された誰かさんを引き止めることもできましてよ」
「あはは、やだなシャルさん冗談ですよ」
「そうでなくては困りますわ。意外と疲れますのよ」
次はないからと釘を刺された私は大人しく観測に戻ることにした。シャルの観測と違い今回は観測対象であるマキナとやらを探すところからだった。シャルの時と同じなら禁書に入ったときに見た土蜘蛛がマキナと呼ばれる人物なのだろう。六本の手が特徴的な男性。身長は私よりもやや大きめ。あまりにも情報がなさすぎて探そうにもどこから手を付けていいことやら。
いつまでも悩んでも仕方ない。取り合えす私はシャルに相談することにした。
「どうやって探そう?」
「そこは問題ありませんわ」
こちらも見ずに淡々と答える。いつもの優しいシャルではなく一人の司書として真剣に観測に向き合っている。
「このような劇場型の観測はきっかけがあちらの方から来てくれますのよ」
「そ、そうなんだ」
「ええ、ですので警戒をしてくださいまし」
そうだった。今は観測中でいつ殺されてもおかしくなかったんだ。私は気持ちを切り替えてあたりを見回す。するとあることに気がつく。
「あれ、神里がいない…?」
「・・・。」
後ろがとても熱い気がする。いや、振り返らなくてもわかる。シャルがとても怒ってる。私は必死に神里を探すが―――全く姿が見えない。
「はあ、いいですわ。後ほど軍人様と合流しますわよ。くれぐれもはぐれませんように気をつけて…」
突然悲鳴が響く。悲鳴のする方を見るとこちら側に誰かが走ってくる。黒いパーカーを深く被ったいかにも不審者と言った感じの男が全速力で走ってくる。手には大きめのナイフ。通り魔のようだ。男が走る先には虎の特徴を持つ人間、いわゆる獣人の男が立っている。虎の男は驚いて動けずにいた。あのままでは刺されるだろう。
「シャル、これよろしく」
シャルに神埼からもらった銃を預ける。冷静に具現化した銃を男に向ける。狙うは足。正確に狙いを定めて発砲する―――しかし、相手の勢いは止まらないというより効いている様子がない。私は頭に照準を合わせ数発撃つ。命中はしているが相手は死ぬどころか怯みもしない。
「どうして私が対峙する相手はどいつもこいつも銃が効かないんだよ」
私は銃を捨てて近接戦に備える。どんどん近くなりナイフの間合いに入る。男は狙いを変えて私に先に殺そうとする。私はわざと既のところでナイフを避ける。攻撃が単調で読みやすい。速さもないのでナイフの起動がゆっくりに見える。
「当たんないよバーカ」
舌を出して挑発する。まあ、こんな見え見えの挑発に乗るなんてこと・・・
「何だと劣等種のくせにいきがんなよ!」
どうやら相手はそこまで頭がいいわけではないらしい。私は呆れながらも男の簡単な攻撃を既のところで避けてあげる。避けでばかりだと可哀想なのでたまに銃を発泡するが全く効いている様子がない。
何度も攻撃を躱していると男はとても怒っているようで単調な攻撃が更に単調になり隙ができる。しかし私は何もしない。こんなやつ銃を使う価値すらない。シャルもそれをわかっているのか私そっちのけで神里を探している。
「ちょこまかと動き回りやがって臆病者!」
「・・・は?」
頭の中で何かが切れる。私は相手のナイフを持つ手を握りつぶす。人間からは出ないはずの音が響き手が砕ける。ナイフの落ちる音ともに男は悲鳴にならない声で呻く。
空気さえも切り裂くような蹴りが相手の横腹に入る。
金属音とともに男は吹っ飛ぶ。
ゆっくりと近づき動かないそれを持ち上げる。
自分の拳をぶつける、何度も、何度も、何度も、相手が死んだか確認するように。
笑顔で、冷静に、楽しく?違う、何だっけ。
わからない、わからない、わからない―――理解したくない。
体に蠢く気持ち悪い感覚を、自分にも理解できない感情を無慈悲にぶつけていた。
急に振り上げた拳が止まる。止めた先を見るとそこにシャルがいた。
「もう、死んでますわよ」
「・・・」
「それ以上はあなたが怪我しますわ」
大きく深呼吸をして落ち着く。手を見ると何度も殴っていたせいか血だらけだった。
「・・・そう、だね」
頭がすっと冴えてようやく周りが見えるようになる。相手の方を見ると、証なことに気づく。顔があるはずのところはモニターになっていた。割れたモニターからは赤い文字でエラーと表示されている。それに体は金属でできており、何度も殴ったところからは少し煙が出てきている。どうやらロボットの類だったらしい。通りで銃が全然効かないわけだ。
「あ…あの、ありがと〜ね〜」
助けた虎の男がお礼をする。私も会釈をする。とても気まずい雰囲気が流れる。どうしようかと思っていたところにサイレンが鳴り響く。少し派手にやりすぎたらしい。面倒なことになる前に何処かに行こうとすると足に鋭い痛みが走る。力加減をせずに蹴ったせいで骨がいかれたらしい。だが警察のお世話になるのは嫌だ。そう思い足を引きずってでもその場を去ろうとすると、急に体が浮く。見ると虎の男が私を抱えたらしい。人間とは思えな跳躍力でビルを次々と飛び越えていく。ふわふわとした言動とは裏腹に意外と動けるらしい。
「とりあえず俺の友人のところに連れてきますね〜。そこで手当を受けてね〜」
「ありがとう」
「いや〜君は僕の命の恩人なんで当然だよ〜」
私は言われるがまま連れてネオンに彩られた華やかな街を離れる。連れてかれたのは薄暗い路地裏だった。先程の繁華街とは違って暗くジメジメとしいて何故か落ち着く。虎の男は私を抱えたままとある一室に連れ込む。
金属音が耳の中に響いて少し痛い。中は大小さまざまな機械屋工具が乱雑に置かれていた。蜘蛛のような小さなロボットが忙しなく動いている。
一見ゴミ屋敷にも見える部屋だったが一箇所だけきれいにされているところがある。金属でできた所業台みたいなところで見覚えのある男が何かを作っていた。
「マキナ〜帰ったよ〜」
「おかえりなさいっす〜」
そこには禁書の持ち主―――マキナがいた。




