2ページ目 魔女に出会う少女
真っ暗な空間。どこまでも続いてるようなそんな感覚になる。一歩足を踏み出そうとするとなにかに引っ張られる。それは人の手だった。無数の人の手が泥のようにまとわりつき、体が沈んでく。どれだけ抵抗してもそれらは私を逃がすまいとまとわりつく。苦しい、痛い、怖い。
「まだ死にたくない」
そう思った瞬間何かが手のひらで光る。見てみると小さな炎だった。不思議と熱くはなくむしろ安心するような温かさ。その炎は徐々に大きくなり無数の人の手を燃やす。またページがめくれる音とともに文字が世界を作り出す。最後に誰かいたような気がした。懐かしい誰かが―――優しい魔女がいた気がした。
青く澄んだ空と神秘的な森が広がる。耳を澄ませば小鳥たちの声や川のせせらぎが聞こえてくる。目の前には白いガーデンテーブルと2つのガーデンチェアーが置かれている。一つは空席、そしてもう一つには大柄な魔女が座っていた。
およそ3mはあるであろう大柄な女性。創作物でよく出てくるようなあのとんがった赤い魔女の帽子に、豪華な装飾がされたローブ、自立した巨大な杖。しかし、一番異様なのは女性の顔が黒く塗りつぶされているところだ。まるで子供の落書きのように黒いクレヨンで乱雑に塗りつぶされたような顔。表情など見えるはずないのになぜか彼女が微笑みかけているのがわかる。
少し不気味に思いつつ、私が警戒しているのを読み取ったのか彼女から話しかける。
「ごきげんよう、か弱き人間さん。わたくしになにか御用かしら?」
「・・・あなたは?」
「あら相手に尋ねる前に自分から名乗るのがマナーではなくて?」
どうやら彼女は礼儀やマナーを大事にするタイプらしい。まあ、口調や格好をみるかぎりいいところの貴族なんだろう。言葉は通じるらしいので警戒しながら会話を続ける。
「私は操琴音」
「あら、東の国の方なのね。わたくしはファム・シャル・ロッテ。皆はわたくしのことを大魔女と呼んでいいますの。どうぞよろしくお願いしますの」
意外と会話は成り立っている。神埼が言うにはこの人は私と深く関わりがあるらしいけど。全く見覚えもない。だいたい、東の国ってなに?普通はアジアって言うだろ。そもそも魔女って自分で名乗るものか?3mという身長も普通では見ない。自分が覚えている範囲の常識では見ないことばかりで戸惑っているとファム・シャル・ロッテが話しかけてくる。
「なにか考えてらっしゃるけど、とりあえず座られたらいかがでございましょう?」
「わかった」
警戒しながらも言われた通り席につく。テーブルに視線を移すと先程までなかったケーキや紅茶が置かれていた。紅茶は淹れたてなのか湯気がゆらゆらとたっている。私はブルーベリーのタルト、彼女はチーズケーキが用意されている。紅茶は柑橘系の紅茶なのかレモンが入っていた。私が警戒してそれらに手を付けすにいると、彼女は紅茶を一口のみ笑顔で―――実際には見えないけど不思議そうに見つめる。
「あら、お気に召さなかったかしら?とても美味しいブルベリータルトとレモンティーですの」
「あまり知らない人からもらったものは食べない主義だから」
「そうですの。もしかしてわたくしが魔女だからご警戒されていらっしゃるの?」
「いや、そういうわけではないよ。ただ、私の食事にいたずらするやつが多かったというだけの話だよ」
「あなたも苦労されているのですわね。もしよければ私がいたずらされていないか確かめて差し上げますの」
「いや、大丈夫。そういうふうには見えないから」
と言いつつも警戒しながら紅茶を飲む。匂いや味に異常はない。ごく一般的な紅茶と変わりない。レモンの爽やかさとほどよい甘みで緊張が少しほぐれる。それになんだか懐かしい味だ。これと同じものを何処かで飲んだ気がする。突然、優しくて温かい記憶が頭の中に流れる。
―――なにか悩んでいるのであればいつでも相談に乗ってあげますわ。
―――ありがとう。【削除済み】の紅茶は安心する味だね。
―――ふふ、そう言われると嬉しいですわ。
これは私がなくしてしまったものだ。おそらく話していたのはファム・シャル・ロッテだろう。どうやら神埼が言うことは間違っていなかったらしい。観測とはおそらく禁書の人物を観察したり一定時間話たりすることなのだろう。詳しいことは神埼に聞いたほうが早い。しかし、どこでこんな人と私が関わっているんだろう?
「また、考え事ですの?私になにか手伝えることがあれば言ってくださいまし。これでもわたくし、すごい魔女ですの」
「そうなんだ」
魔女という聞き慣れない単語に少し興味が湧く。思えば、ここに来てからずっと彼女からしか話しかけてない。信用を得るためにも相手のことを知るためにも私は質問をする。
「ねえ、魔法ってどんなものなの?多分だけどこのケーキや紅茶も魔法で出したものだよね?」
「そうですわ。魔法がどんなものか、見ればわかりますわ」
そう言ってファム・シャル・ロッテは立ち上がり杖を構える。なにか唱えるとなにもないところから炎が燃え上がる。
炎はまず赤や青鮮やかな色に変化した。やがて、白や黒、ピンクなどの炎色反応では説明できないような混色に変化した。見たこともない色彩に私は目を奪われる。
一通り色が終わるとつぎは形を変わっていく。様々な平面的な模様は立体的な動物や植物に変わる。それらは動き、私の目の前まで来る。幻想的な現象に体が動かない。
そして最後に炎は消えて一つの種に変わる。その種はみるみる成長し、一輪の花を咲かせる。ファム・シャル・ロッテはその花を私に渡す。
マジックというには説明がつかない現象。私は驚きを隠せなかった。
「ふふ、とても素直な反応をされるのですね。見ていてとても愉快ですわ」
「そりゃどうも。20年間生きていて初めての出来事だったからつい見入ってしまったよ」
色を変えるならまだしも様々な形に変えるなんてことや種が急成長して花を咲かせるなんてことも知らない。
私もただ呆然と見ていたわけではない。魔法を使うときのファム・シャル・ロッテの動作をよく見ていた。おそらく魔法を使うには杖を構えて唱えることが条件なのだろう。まだ一回しか見てないからそこは要注意だが、警戒するに越したことはない。
「これは魔法でできることのほんの一部にも満たないものですわ。まあ、わたくしの魔法は少し特殊ですから全ての魔女が同じかと言われればそうではないのですの」
「なるほど、これが魔法か。マジックとはまた違う、まさに種も仕掛けもない」
「ふふ、そういわれるとそうですわね。私も質問してもいいかしら」
正直、このときの私は油断していた。目の前の人ならざるものを侮っていた。架空図書館リバリルでの出来事もここでの出来事も普通なら考えられないことのはずなのにさもそれが当たり前のことだと錯覚していた。だから彼女の質問に私は固まってしまった。
「架空図書館リバリルってなんですの?」




