15ページ目 振り回される少女
眼の前には迫力のある巨大な本。ただ呆然と新たな禁書が生み出される様子を見ていた。どうやら私は世界の欠片の前に戻ってきたらしい。不思議とさっきまで感じていた疲労感はまったくない。夢だったかもしれない。そんな考えは神里は大きく手を振っているのを見てからどっかに消えていった。手には古びたドッグタグがあった。
「どうでしたか?」
「いや、まあ疲れたよ。でも無事に仲間になってくれるらしい」
ドッグタグを神埼に見せる。ほんの少し不穏な空気がしたような気がする。しかしそんな雰囲気をよそに神埼は話を続ける。
「それはアーティファクトとの契約の証みたいなものです。それを持っていればアーティファクトが味方になってくれますよ」
「そうなんだ」
「どうしますか?今から観測に向かいますか?」
「いや、少し自分の部屋で考え事をしたい」
「そうですか。では私も作業しますので何かあったら私の部屋を訪ねてください」
そう言って自分の部屋に向かう。神里はウキウキしながら私の後ろをついてくる。まあ、私も最初に来たときは少し浮かれていたから無理もないが、なんというかそれとは別なことにウキウキしているような技がした。
自分の部屋に戻ってくる。気味の悪いぐらい普通すぎる部屋。相変わらず窓がなくその異質さが変に目立つ。まあ、今更気にしたところでどうにもならないんだけど。どうしてもさっき思い出した自分の家を想像してしまい落ち着かない。
私は気を紛らわすためにも、いくつか聞きたいことと今後について神里と話し合うことにした。
「すごいな少年!」
「何が?」
「私から一本取れたのは私の一番弟子ぐらいだぞ」
「いや、まあ…ありがとう」
「少年の戦闘術はずば抜けているよ。特に筋力が卓越している。どう鍛えているんだい?あと師匠とかは?あ、独学だったりするのかい?」
「ちょ、ちょっと待って」
いきなりの褒め言葉と急な質問攻めで戸惑ってしまう。神里のキラキラとした目がとても眩しくて仕方ない。私は神里を落ち着かせて一つずつ質問に答えていく。
「まず、私は今記憶喪失でここに来る前のことをあまり覚えてないんだ。たまに思い出したりするけどほんの一欠片ぐらいしか思い出せてない状況なんだよ」
「なるほど、だとすれば少年の戦闘術は体に染み付いたものなんだな。すごいな少年」
「・・・そうかな」
「そうだ!これは誇れることだぞ少年」
「ありがとう」
やっぱり褒められることに慣れない。顔が少し暑い。神里はあのキラキラした目で笑いかける。私は嬉しい気持ちを抑えながら神里と今後についての話に戻す。
「話がズレたけど、神里にしてほしいことが…」
「ん?ファム・シャル・ロッテなる奇怪な術を使う者の暴走を止めたいのだろう」
「あれ?話したっけ」
「いや、少年の口からは聞いてないな」
「なんで知ってるの」
「私も不思議なんだが情報が頭に自然と入っているんだ。まるで常識だったかのように記憶している」
私もそこで気づく。今覚えばおかしなことばかりだった。神里がここに来るまで一切焦る素振りを見せてない。普通なら軽くパニックになってもおかしくない状況でなんでこんなにも冷静でいられるんだ?というか私もなんでこの状況を平然と受け入れているんだ?普通おかしいだろ。押し押せる疑問の波が一気に私を押し潰す。静寂と狂乱が私を支配する。
ドロドロとした黒いなにかがすべてを飲み込む。
何かが一歩また一歩と近づく。
私はその存在をよく知っていた。
私の背後で嘲笑うかのようにあの子が一言。
―――それは、君もイカれているからだよ。
急いで後ろを振り返る。誰かの視線、誰かの声、そこにいたはずの何かはいなくなっていた。ただ、静寂だけがあった。
心臓が急にうるさくなる。いくら探してもいないはずのなにかを警戒する。手に伝わる中の冷たさだけが冷静に敵を探す。
「どうした少年。なにかあったのか?」
神埼が不思議そうにこちらを見つめる。私は慌てて平静を装う。ごく普通に口角を上げて、無理やり呼吸を整える。きっとバレてないはず、そう思い込む。
「いや、なんでもないよ」
「そうか。で、話は戻るが私に何をしてほしい」
何をしてほしいか。一番は攻撃を防げればいいけどそんな都合のいいこと・・・あ、あった。そういえばこの人ショットガンを至近距離で切ってた。幸いなことにレイピアも理不尽な首吊りも実体がある。なら神里の刀で切れないだろうか。
「攻撃をすべて防いでほしい。できそう?」
「そうだな…実体があるのものであれば大抵のものは切れる。だが、刀の耐久が持つかどうかだな。どうやらファム・シャル・ロッテは炎のレイピアとやらはあまり防げないかもしれないぞ」
「大丈夫。そこは予備の刀を用意する。とにかく近づくための隙を作りたい」
「わかった。少年を全力で守るぞ」
「じゃあ、行こうか」
世界の欠片に向かう。一歩、また一歩と近づくたびに恐怖が心を蝕んでいく。禁書を握る手が強くなる。呼吸がだんだん早くなる。また死ぬかもしれない―――その考えが頭を巡る。
「少年、約束するぞ。私がすべての攻撃を切る。だから少年は安心して彼女を救ってやれ」
緊張しているのを感じ取ったのか神里が肩を叩く。自身に満ちた目が私の恐怖心を少しずつほぐしていく。怖い、でも彼女を救いたい。いや、救うんだ。一人ではないという事実と彼女を救うという決意が私の背中を押した。
私は禁書に手をかざす。かつて私の友人だったであろう人の禁書に手をかざし唱える。もう、そこに迷いはなかった。
―――さぁ、物語を観測しに行こうか。




