10ページ目 再び魔女と会う少女
文字が浮かび上がり世界を形成していく。文字が言葉となり、言葉が文となる。文は視覚、匂い、音、感触を作り上げていく。次に目を開けたときそこは図書館ではなく、彼女と初めて会った森の中だった。あの戦いなど初めからなかったかのように木々が生き生きと生い茂っている。森の何処かで鳥たちがさえずりここは平和そのものだった。
少し開けたところにはガーデニングテーブルと2つのイス。一つは空席、そしてもう一つにはかの魔女が座っていた。こちらには気づいていないのか優雅に紅茶を飲んでいる。
恐怖で手が少し震える。もし、彼女が殺されたことを覚えていたら?覚えていなくても思い出したら?またあの戦闘が起きてしまうかもしれない。緊張で呼吸が乱れる。様々な不安で足がとても重く、なかなか一歩が進めずにいた。
突然、強風が突き抜ける。強い風がファム・シャル・ロッテの大きな三角帽子を持っていき私の前に落としていく。いつまでもここでじっとしていたら何も進まない。深呼吸して気持ちを無理やり落ち着かせる。胃がキリキリする。腕に爪を立てて痛みで一度恐怖心を麻痺させる。覚悟を決めて重い足を無理やり前に進めた。
「帽子落としましたよ」
緊張が走る。ファム・シャル・ロッテは静かに私を見つめる。記憶を持っていたら殺される―――私の本能に近いものが反応する。震える手で持っていた帽子を彼女に渡し、素早く一歩下がる。
彼女から視線が外せず全身の筋肉が一度固まる。足は地面と一体化してしまったのかと錯覚するほど重くこれ以上一歩も動かない。恐怖が私を支配しようとする。
その一方で静かに禁書を開く。指先に伝わる紙の冷たさが冷静にさせる。反撃はできるという事実だけが私をこの場に留まらせる。頭の中に冷たい何かがすっと入ってきて私を無理やり制御していく。
―――まだ、逃げるときじゃない。
呼吸が浅くなったり、深くなったりして苦しい。苦しいはずなのに生きてるという実感が湧く。何かを諦めて現実と向き合う。
ゆっくりと相手を見つめる。口角を上げて笑顔を演じる―――今はいい人を演じる。
「帽子、感謝いたしますわ」
「どうたしまして」
「まったく最近の風はイタズラ好きでとても手を焼いていますの」
「あはは、そうなんだ」
話している感じ敵意はない。むしろ―――
「“はじめまして”わたくしファム・シャル・ロッテと申しますの。あなたの名前をうががってもよろしくて?」
「はじめましてファム・シャル・ロッテ。私は琴音、よろしくね」
彼女は何も覚えていない様子だった。相変わらず顔は黒いモヤが掛かっていて表情は見えないのになぜか分かるという不気味さは健在だ。だが、最初に会ったときと同じでとても優しそうな女性という印象も変わらない。
何も覚えていないという事実に少し安堵する。また、あの殺し合いをしなくていいと思うと気持ちが楽になる。少し肩の力が抜ける。まだ彼女との関係は修復できる。彼女の目をしっかり見つめ、改変と向き合う。
「隣、座ってもいいかな?」
「いいですわよ。いつもでも立っているのはお辛いでしょう。ゆっくりティーパーティーでもいかがですの?」
「ではお言葉に甘えて」
ファム・シャル・ロッテは魔法で紅茶とケーキを出す。紅茶は前回と同じレモンティー、ケーキはチーズケーキだった。紅茶の甘い匂いが森に漂う。やはり人に出されたものに警戒心が解けない。それも目の前の得体のしれないものが魔法で出したものとなると余計に警戒してしまう。
「もしかして紅茶はお嫌いですの?」
「いや、そういうわけではないんだ。すこし緊張してて」
「あら、そこまで緊張しないでくださいまし。別に取って食べるような悪い魔女みたいなことはしませんのよ」
あの黒い得体のしれない何かが笑顔でこちらを見つめる。流石にこれ以上言い訳するのも厳しいか。前みたいに思考を読まれると非常に困る。私は彼女の信頼を得るためにも目の前に出された紅茶に口をつけるしかなかった。
紅茶を飲む手が少し震える。ためらいながらもそれを悟られぬように紅茶を飲む。匂いも、味も以前と変わらない。レモンの酸味と紅茶の甘みがちょうどいい。やはりどこかで飲んだことのある優しくて温かい味。
今目の前にいるのは得体のしれない何かではない。私が忘れてしまっただけでなにか重要な人物なのだろう。私は彼女を知るためにも会話を続ける。
「紅茶は好きなの?」
「ええ、時間ができたときはゆっくりティータイムにしますわ。見たところ東の国の方に見えますけど琴音様は紅茶は嗜まれますの?」
「いや、嫌いではないけど自分で入れないかな」
「あら!もったいないですわ。東の国は茶葉がとても上質なものが多いですのよ。今度入れ方でもお教えいたしましょうか?」
「いや、君が入れた紅茶がとても美味しいから飲みたくなったら君に頼むようにするよ」
「ふふ、お世辞でも嬉しいですわ」
やはり話していて悪い人のように見えない。むしろ友好的でとても裁きに執着するような人ではない気がする。もう少し踏み込んだ質問をするためにも会話を続ける。
「えっと、ファム・シャル・ロッテは普段何をしてるの?」
「シャルでいいですわよ」
「じゃ、私も琴音でいいよシャル」
「感謝いたしますわ。先程の質問ですけど、普段は魔女の管理をいてますの」
「魔女の管理?」
「ええ。魔女は基本紹介制ですの。魔女は適正のある女性が悪魔と契約しなるものですわ。悪魔と契約するためにも他の魔女からの紹介が重要になりましてよ」
「つまり、シャルはその紹介された人悪魔との契約を管理しているってこと?」
「いえ、契約を取り持つのは私の弟子である大魔女たちですわ。私がするのはあくまでもその後の治安管理ですの」
私は軽い誘導をする。反応次第によってはシャルの執着しているものがわかったりするかもしれない。慎重に言葉を選ぶ。
「魔法ってそんなにすごいんだ」
「魔法は人間にとってとても強力な力ですわ。使い方を誤れば甚大な被害を及ぼすことだってありえますのよ。わたしくはそのようなことがないように監視してますの」
シャルのカップの置く音が鋭く響く。いつの間にかあの優しい雰囲気は消えてとても空気が重くなっていた。この場を逃げたくて仕方ない。足がイスからはみ出る。再び禁書を開く。何があっても対応できるように―――私が生き残る準備をする。逃げるという選択肢も考えたが、観測の性質上難しい。
観測を続けるしかない。諦めという名の決意をする。それに今なら“裁き”に対してなにか重要なことが聞けるかもしれない。最悪な状況と呼ぶにはまだ早い。改めてファム・シャル・ロッテの改変と向き合う。
「シャルが私達人間を守ってくれてるんだね。ありがとう」
ひとまず相手を落ち着かせるために感謝を伝える。
「いえ、これはわたくしの使命ですの。わたくしがやらなければいけないことでですの」
少しは落ち着いたのかカップを置く音が優しくなる。落ち着いてもらったところ悪いが私はわざと彼女の地雷であろう言葉を言う。
「シャルは魔女の断罪者なんだね。たくさんの魔女に恨まれたりしそう」
「・・・」
「シャルはただ正義を執行しているだけなのにね」
シャルの紅茶を飲む手が止まる。黒いモヤがすべてを引き込むかのように色が深くなる。空気が更に重くなり、森に住む生物たちはその空気を察してか逃げていた。天気は晴天からどんよりとした曇り空になっていた。
もう楽しいティーパーティーなどそこにはなかった。




