3 セレスティンという人物
宿の主人に聞いて見ようか。
「セレスティンですか?はて、ここで有名なのは御領主様ですが、呼び捨てにするような事は控えられた方がよろしいかと。他にセレスティンという方は沢山いらっしゃいます。チョットそれだけでは分りかねます。」
僕は礼を言ってその宿を出た。
「困ったな。確かに情報が少なすぎだ。第一死んだ彼の名前さえ分らない。」
彼が渡して欲しいと言った書類を調べれば、何か分るかも知れない。突然そこで僕は立ち止まった。
「僕はここの言葉も字も普通に分っていた。」
不思議だ。そう考えて看板の文字をじっくり見ると、日本語では無い、見たこともない文字なのに、ちゃんと読めている。
こう言う事は考えてもよく分らない。異世界転移の特典だと素直に良かったと思っておこう。
てくてくと街の中を散策しながら、公園に着いた。
公園には各種の出店のような屋台があったので、早めの昼食にする。
「おやじ、これいくら?」
「300シルだ。1つで良いか?」
「いや、2つと、そのジュースもくれ。」
ここで、屋台の店主にも聞いて見たが、屋台の親父は変な顔をして、
「それだけじゃあ、わかんねえな。」と言った。
僕は大人しくありがとうと言ってその場を離れた。
買った昼食は、ホットドックに似た細長いパンに甘辛く焼いた肉や野菜が挟んであった。
ベンチに腰掛けて、これからどうすれば良いか食べながら考える。一番確実なのは、ここの領主というセレスティンだが、僕はあの中央に入っていけないだろう。鑑札など持っていないのだから。
ブツブツと独り言を言って周りを見るともなく見ていると、花売りの少女に目が行った。
十歳くらいの痩せた子で花かごを持って近くの人に買ってくれないかと話しかけていた。
結構売れて居るみたいだ。最後の一束になって、少女は僕に声を掛けた。
「お兄さん、買ってくれる?」
僕は素直に買うことにした。この子にも聞いて見よう。
「あい、これで最後だから、おまけして150シルだよ。」
皆同じ値段で売っていたのを見ていたが、何も突っ込まず素直に150シルを払う。
「ねえ君、ご領主様に会うことは出来るかな。僕ここに来たのは初めてなんだ。友達にお願い事をされたんだ。分っていることを教えてくれたら、お礼をあげるよ。」
こう言うしたたかな子供は結構ものを知っていそうだ。そう考えたのが的を射た。
「簡単だよ。裏通りから貴族の街に入れる抜け道がある。コッソリ案内してあげる。」
そう言って、親指と中指をこすり合わせている。金の請求か。随分擦れたガキだ。大丈夫だろうか?
仕方がない、他に情報もないのだから、付いて行くしかない。
大通りから離れて、どんどん細い道に入っていく。すばしっこい動きですいすい前を行く女の子の後を追いながら、僕は『まずかったかな』と考えていた。
余りにもくねくねと曲がり、土地勘のない僕の不安をあおる。曲がり角を曲がり、女の子が消えていくのを慌てて追いかけた途端頭に衝撃があった。
僕は気を失う寸前『やっぱり。嵌められた』と考えていた。
目を覚ますと、またもや拘束されていた。
『なんなのだ、こればっかだな』
周りには、怖そうな男共が僕が目覚めるのを待っていた。
「オイお前。セレスティンを探っているそうだな。何処のまわしものだ。」
僕はここまで来たんだ。もうどうとでもなれ。僕に責任はない。理不尽な目にこう度々あって、気持ちも萎えていた。素直に今までのことを話し、託された書類を、男に渡した。勿論、異世界転移のことは言わない。
男は慌ててどこかに行って仕舞った。後に残された僕は、『若しかしてここに別のセレスティンが居たのかもかも知れない。瓢箪から駒、だろうか。』と、考えていた。
僕は拘束を解かれ、別の建物に案内された。其処には多分件のセレスティンらしき男が座っていた。
大きな机があり、そこで実務を熟しているようだ。立派な椅子から立ち上がり僕に座れというジェスチャーをした。
応接セットのような椅子の1つに座り、相手の出方を待っていると男は頭を下げてこういった。
「君には、済まないことをした。怪我はしていないようだが、大丈夫か?」
「はい。」
「君が持ってきた書類はずっと待っていたものだ。これで私はまた復帰出来る。ありがとう。」
なんとこの男が領主だった。
濡れ衣を着せられ領主の立場を追われて蟄居していたが、潔白を証明できる書類が、これだったわけだ。
死んだ彼は、領主の側近で、元は騎士団の飛竜隊にいたらしい。
この建物は、領主の個人的な持ち物だった。貴族の街の端に建っていて、僕にここに暫く滞在して貰いたいと言ってきた。
体の良い軟禁のようにも感じたが、住む処が決まったのは良かった。
これで死んだ彼への義務も果したし、ゆっくりこの街で次の目標を探そう。