16 王都の魔法研究所
王都から西に徒歩で一時間の距離に、その研究施設はあった。
王都に入らずに、先にここに行ってみよう。そこで王都の事を教えて貰えれば、楽に王都巡りが出来る。
余り大きな建物では無い。普通の宿屋のような見た目だった。
只、堅牢な石壁に囲まれた広い敷地で、中には飛竜の休憩所が併設されていたので、元々は飛竜のための施設だったのだろう。
門番に、先生からの紹介状と鑑札を見せると直ぐに中に通された。ドルンの領主に貰ってから初めて鑑札を使った。
マックはここの飛竜の休憩施設に行って貰った。
「ここ、本当に魔法研究所なの?随分こぢんまりしているわね。」
「そうだな。僕も意外に感じていた。」
二人して待合室で、こそこそ話していると紹介された魔術師が入ってきた。
余り魔術師らしくない格好だ。貴族のきらびやかなな服装をしている。僕が人のことを言える立場では無い。僕だって見た目は商人だ。
「カルマの魔術師の紹介の方ようこそ。確か、トーリ君だったね、紹介状は読ませて貰った。とても有望な魔術師だってね。私は、イヴァロ・シーマンです。」
イヴァロ?確か紹介された魔術師はアンディ・ループだったはずだ。
「初めまして。トーリ・ヤヒターです。こちらは私の共同経営者ソシアです。」
「ほほう。女性の共同経営者とは珍しい。若しかして君の婚約者かい?」
僕はつい、ハイと言いそうになったが、留まった。未だ、彼女に伝えても居ないことをここで言えるはずも無い。いずれ彼女には伝えるとしてまずは、
「こちらで魔法に関する研究が行われていると聞いてきたのですが。」
「君は魔法の、何を知りたいのかね。」
何をと聞かれて僕は困った。魔法なら何でも良いから詳しく描かれたものを手に入れたかった。
「何でも知りたいです。僕の持っている本では知り得ない、もっと深く、詳しく書かれた魔法の本を手に入れたくて、王都までやってきました。カルマの先生に相談して此処に詳しく描かれた資料があったはずだと言われましたので。」
「何でも良いとは・・・。君は冒険者もやっていると聞いた。攻撃魔法でも知りたいのか?」
「いえ、まあ、攻撃魔法も興味はあるけど今のところは、攻撃魔法は間に合っています。実は私は商人でもあります。スクロールを売る店を持っていまして、経営は彼女が引き受けてくれています。一番の関心は、治癒魔法です。今は部位欠損の回復魔法を知りたいと思っています。他にも参考になるものがあればみてみたいです。」
「回復魔法か。そうか、それなら詳しく描かれた本が此処にある。」
「売っては下さいませんか?」
「手書きで描かれたもので、一冊しか無いのだ。暫く滞在して書き写していっても良いぞ。書庫に在るものならみても構わない。」
親切な申し出に感謝し、僕らは書庫で写本をすることにした。
書庫には、専門書が多く所蔵されていた。ソシアと手分けして。僕の欲しいものを手当たり次第移していった。十日間書庫に籠もりっぱなしで目がショボショボになってしまった。
「君たちは熱心だね。こんなにお礼の品までくれて。この本はもう必要無い物だ、差し上げるよ。」
魔方陣が描かれた本をイヴァロに貰うことが出来た。先生から貰った本とは少し違う種類の本だ。
背表紙には、名前が書かれていた。『アンディ・ループ』
此処には魔術師は彼しかいなかった。研究所とは名ばかりで殆どイヴァロの趣味のための場所だった。
イヴァロが言うには以前は二人で此処を立ち上げたが、急に相方が消えて仕舞ったのだとか。
相方は没落貴族で、殆ど平民からのたたき上げの魔術師。七十八歳の彼の私財を此処に総てつぎ込んで始めたのに、いなくなってしまった。
消えた魔術師の名前は、アンディ・ループ。魔力が誰よりも多く、嘱望されていた魔術師だったか、自分の研究のために何処にも仕官せずにいた。しばらく前に生き別れた家族が見付かったと喜んでいた。
この話を聞いて、もうこれは確定だと、僕は思った。
白骨死体の魔術師はアンディ・ループだ。
だが、イヴァロは、本当にここの研究員なのだろうか。
未だに此処で何を研究しているのか。貴族だから、閑を持て余しているのか?
僕達はこれ以上此処に居ても何も成果が無いと考え、写本が終わると早々に此処を出た。
先生はアンディ・ループが消えたことを知らなかったようだ。殆ど手紙のやりとりだと言っていたものな。
マックもここに置いていけば危ないように感じ、以前王都の商人が連れてきた王都の飛竜隊に預かって貰うことにした。
イヴァロの腰には、白骨遺体も付けていた数珠のようなベルトが付いていた。