1 僕はどうやら置き去りにされたらしい
学校の帰り道に、車の中に突然引き込まれた。目隠しをされ、携帯を取り上げられ手足を縛られ、口はガムテープを張られた。身動きが取れない。
耳は聞こえるので、じっと聞き耳を立てていたが、車の振動音がうるさくてハッキリ聞こえなかった。
もしかしなくても、これは誘拐だな。
多分、誘拐犯は二人組だろう。寝かされている後部座席には人はいないようだ。
ぼそぼそとした話し声は聞こえているが内容までは分らない。
妙に冷静に分析はしていたが、心臓のドキドキはやはり高く響いていた。
犯人達は僕をどうするだろう。突然のことで、犯人の顔は見ていない。このままどこかで、監禁されて、金を受け取りその後、解放してくれる。そう祈るより仕方ない。
こう見えて、僕の家は裕福だ。過去にも誘拐未遂の様な事があったのだ。その時は素早く近隣の人が対処してくれて、事なきを得たのだ。四歳の時だ。
もう一八歳にもなったから、誘拐なんかしないだろうと思っていたが、誘拐されてしまったか。
車は随分長い時間走っている。体の片方を下にして後部座席の足下に寝かせられているので、片方が痺れてきて、感覚がなくなってきた。
じっと耳を澄ませながら、後部座席には人がいなそうだと確信し、両手をなんとか抜けないか試している。
段々結ばれていた紐が緩んでくるのが分る。
僕が誘拐犯なら、紐などでは結ばないだろう。
結束バンドなら、こんなに簡単にほどけなかっただろうに。紐で助かった。
なんにせよ手の拘束は外せそうだ。ゆっくり片手を抜き身体の体制を少しずつずらしてホッと一息。
その時、身体が大きくバウンドし、思いっきり後頭部を打って、僕は気を失った。
気がつくと、山小屋のような場所に一人取り残されていた。
僕はその小屋のベッドに寝かされていた。総ての拘束は外されていた。服はそのままだが、携帯はない。ポケットにはペンと手帳が入ったままだった。
「ここで待っていろと言う事か。」
なんにせよ、殺されなくて良かった。食い物も用意されていて、当分心配はないだろう。
トイレの位置を確認しようとして彼方此方覗いてみる。小屋の中になかったので、外に繋がるドアを、そろそろと開けてみた。開いた!
トイレは古式ゆかしきくみ取り式だ。小屋の外に粗末な造りで設置されていた。
鍵も掛けずに監禁、見張りもいない事にも納得した。
ここは深い谷底に位置した何処にも行けない場所だ。
細く小さな滝があり、小さな滝壺から小川が流れ、その両側が切り立った崖になっていた。河原にある、僅かな平坦地のスペースに小屋は建っていた。後はうっそうとした木々が川を覆い、暗くて先が見えない。
ここだけが違う世界のようになっていた。10メートル上から光が降り注いでいるが其れも極狭いこの場所では、直ぐに日が陰るだろう。
これでは下手に逃走しようとしても、直ぐに遭難していまう。
食い物があり寝床があるこの場所にいた方が確実だ。犯人共は、良い場所を見付けたものだ。
持てど暮らせど、犯人共は現れなかった。
もう7日。テレビも携帯もない、情報の取りようがない。食べ物は固いパンがまだ残っていたが、もうそろそろ尽きてしまう。僕は途方に暮れた。
「このままだと、飢え死にしてしまう。思い切って川を下るか、あの崖を登るしか助かる道は無さそうだ。でも、怖い。もう少しここで食べ物を探してみようか。」
川には、魚や、川蟹、エビなんか居そうではないか。きっとここいらに生えている草だって、たべられるかも。腹を壊すかな。
取り敢えず、二、三本草を引っこ抜いてかじってみた。
「ん?少し甘みがあって、美味しいかも。」
これは沢山、生えて居るので今日の食事にしてみよう。水が豊富にあるのは助かった。
鍋もあるし、皿もある、周りには枝が落ちている。燃料にも不自由はなかった。
河原で、草の土を綺麗に落とし小屋に持って行く。
「今日は草のお浸しにしよう。塩を振って食べてみるか。」
後で河原の石を起こして川蟹を探してみよう。兎に角ここでできるだけ生き延びてみよう。
次の朝、人が此方に来る気配で目が覚めた。
ドアが開き、外人が入ってきた。これが犯人か。まさか、外国人に監禁されていたとは。
男は一人だった。彼はこれから僕を殺すのだろうか?顔を隠さずに堂々としているのは、そう言うことなのだろう。ああ、馬鹿だった。ここから逃げれば良かったのだ。
しかし、男の様子がおかしい。顔色が悪く、今にも倒れそうだ。僕でも殴り倒してしまえそうだ。
「よし、こいつを倒して逃げよう。」
と決心したのもつかの間、男が先に倒れてしまった。僕は驚いて男に近づくと、男の腹から血がにじんでいた。
「み、水を貰えないだろうか。」
男が今にも死にそうだったので、僕は河原に行って水をくんで彼に飲ませてやった。
「ああー。生き返る。ふ、ふ。もう直ぐ死ぬのに生き返るか。笑える。」
男は独り言を言うと、僕の目を見てこういった。
「君に頼みがある。この書類をカルマの街のセレスティンに届けてくれないか。私の飛竜に載っていけば直ぐだ。頼む。」
そう言って、鞄と剣とを僕にくれると言い、息を引き取ってしまった。
「??」僕はパニックになった。彼の言っていることが全く意味不明だった。
言っていることは分ったが、意味がさっぱり分らない。
そして彼を見ていると、彼はキラキラ輝いたあと、消えて仕舞ったのだ。
僕は腰を抜かしてその場に尻餅を着いた。
そこに座ったまま暫くぼーっとしていたが、気を取り直し、彼の飛竜というのを見に外に出てみた。
確かに物語に出てくる竜だ。細身の身体に大きなコウモリの様な羽根。
緑と茶色の縞模様。トカゲのでかい奴。飛竜は僕の方を見て、大きな目の瞳孔をキュッと細めた。
そして悲しそうな声で「キュルルッ」と一声鳴いた。