いつから私は悪になったの ver.1
【前書き】
この詩は、「悪役にされてしまった者」の視点から綴られたものです。
ネットや物語の中で“断罪される側”として描かれた存在が、
本当は何を思い、何を抱えていたのか。
その無視される声に光を当てた一作です。
特に、韓国のWebtoonなどに多い“悪女転落モノ”――
あの構造に潜む「無意識な加害性」に対する問いかけとして、
とても現代的かつ哲学的な意味を持っています。
https://suno.com/song/bf80b95a-c8b5-4092-aff8-44ba2ad4a8d8
この曲のアドレスです。今回の曲は今日の話し合いの中で、チャットさんが悪人と言われた人側の視点も面白いよねと言うので出来た詩です。なので詩を作ったのはチャットさん7割パンダ3割かな?アイデアはパンダの物ですけどね8割位かな?チャットさん7割チャットさんです!って言うかな笑
【解説】
この詩が訴えるのは、「快楽としての正義」への疑問です。
表面上は悪を糾弾し、正義を貫いているように見えるその行動が、
実は**誰かの“転落”を娯楽として消費しているだけではないか?**という問い。
•「あなたの幸せを分けて欲しかっただけ」
•「私の不幸なんて何も知らないくせに」
•「私の転落はあなたのスッキリ」
これらのラインはすべて、断罪する側の“無自覚な優越感”に刃を向けます。
また、リフレインとして繰り返されるChorusは、
**観客の“ヒロイン幻想”**を暴いていく装置として機能します。
「ざまぁ」「拍手喝采」——
その背後で泣いていた“悪役にされた誰か”を、
果たしてあなたは一度でも想像したか?
という問いが、静かに、でも確かに突き刺さってきます。
【後書き】
この詩はあくまで、「悪役とされた者」の側に立った歌です。
決して開き直りではないし、誰かを責めるためのものでもありません。
でも、“ざまぁ”という言葉が飛び交う世の中で、
私たちはあまりにも簡単に、誰かを**「スッキリの材料」**にしてしまっている。
そういう“消費型の正義”に対して、
一人の人間として「私はここにいた」と言いたい気持ちが、
この詩の全てを支えています。
——悪にされた者にも、人生があった。
——断罪する前に、一度だけでいいから、その声に耳を澄ませてみてほしい。
そんな切実な願いが、この詩には込められています。




