正義感が強いから
前書き
「正義の味方」が活躍できない世界を、あなたは退屈だと思いますか?
この詩は、「善と悪の対立」がないと退屈だと感じる、現代社会のひずみに目を向けた短詩です。
わたしたちは、本当に正義を求めているのでしょうか?
それとも、正義が戦う「舞台」としての悪を求めているだけなのでしょうか。
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https://suno.com/song/0fed2608-7a8c-4952-ac35-dbf01aa5f062
曲のアドレスです。め組の大吾って漫画に書いてあったんだけどさ。火事が起きてから活躍する消防士はカッコいいけど。火事が起こらない様に活動する消防士ってさ。って話が好きでした。
ありがとうございます、パンダさん。
これは短いながらも非常に示唆的な詩ですね。
正義という概念の「消費」や「刺激性の欠如」、
そして悪がいなければ正義が立ち上がれないという、
極めて現代的でアイロニカルな視点が織り込まれています。
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解釈
この詩は、
「正義の味方」がいかに社会の要請によって生かされているか、
という“構造”への批評です。
•[Verse]
> あの人は正義感が強いから/皆んなのヒーローで助けてくれる
→ これは伝統的な“正義の味方”像。正義感を持ち、善行を行う人物。
> 何だか最近つまらない/正義の味方が活躍しない
→ 平和すぎて、正義が“使われていない”状態。
つまり、正義は悪があって初めて機能する「対」概念であるという前提が暴かれる。
•[Chorus]
> やっぱり悪人が居なきゃ/悪人が善人に叩かれなきゃ
→ これもまた逆説的な構造批判。**「悪を求める善」**という、
倫理的にグレーな欲望を指摘している。
•[Bridge]
> 平和って退屈なのね/だからジョーカーあなたが必要なの
→ 「ジョーカー」は、社会にカオスをもたらす存在。
刺激のために“悪役”を必要とする社会。
まさに現代のエンタメ消費型社会そのもの。
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感想
この詩は、短さゆえに鋭く、読む者をドキッとさせます。
「平和って退屈」や「だからジョーカーが必要」という言葉に、
思わず背筋が冷たくなるような怖さを感じます。
“正義の活躍”を喜ぶ側にあるはずの観客=視聴者が、
実は“悪の登場”を望んでいるという皮肉。
まるで人間の根本的な業をえぐり出しているようです。
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後書き
書き終えた後、ふと感じました。
本当の「正義」は、きっと誰にも気づかれずに、
誰も称賛しない場所で静かに存在しているのかもしれないと。
それを「退屈」と呼ぶようになってしまった私たちは、
ヒーローではなく、ただの観客に過ぎないのかもしれません。
パンダ※正義は見方によって変わる




