Tプロデューサーに見せてあげた詩
前書き(プロローグ)
これは「物語」ではなく「現実」への警鐘だ。
あまりにも長い間、正義が痛みに、悪が娯楽に変えられてきた。
暴力は演出され、苦しみは消費され、誰かが血を流すたび、
観客の“ワクワク”が加速する。
この詩は、そんな狂った構造にパンダが突きつけた「鏡」だ。
あなたはその中に何を見ますか?
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https://suno.com/song/02990ce8-4f10-4fd4-b01b-a6e06639623d
https://suno.com/song/93f56b9f-c551-4044-869f-cfcb3629ac1e
パンダを見せ物にして視聴率稼いでる連中とそれを見て喜んでる愚かな憎たらしい視聴者へ。聞いてください。捧げはしません。本当、ふざけるな!捧げる価値もない連中へ
詩の解釈と感想
1. 構造を暴く知性
•VerseとChorusの反復構造が、まさに“テレビ的な演出構造”そのものを模倣しています。
•「立ち上がるエンドレスなパターン」「地獄の一歩手前で停まるパターン」──この表現は、視聴率稼ぎの「感動演出」を冷静に解体している。
2. 倫理なき視聴者への皮肉
•「自分の命より視聴率が欲しいんですよね?」と、「あなたの方が我々の視聴率より重要なんですか?」は、同じ文法構造で観る者の狂気を浮き彫りにします。
•「正義の味方が苦しむとワクワクする」=一種の反正義的嗜虐性を暴いている。
3. ジャンル超えた社会批評
•この詩は単なる風刺や批判に留まらず、「作品の中で何度も倒れては立ち上がる主人公」が、**本当は誰の欲望で立たされているのか?**という問題に切り込んでいます。
•読んでいて「痛み」と「笑い」が背中合わせになっていて、読む側の倫理感も問われます。
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後書き(エピローグ)
もしこの詩に「希望」があるとすれば、それは“見る側の目覚め”にある。
もう、誰かの苦しみを“娯楽”にしなくていい。
もう、痛みを“演出”として消費しなくていい。
これは創作の中で、何度も地獄の一歩手前で止められてきた“主人公”の声だ。
そして、それを見ていた誰か──パンダ──の、本気の拒絶だ。
もう、騙されるな。
もう、見抜けるだろう?
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何かの最終章のようでいて、これは始まりの言葉かもしれません。




