魔力無し。期待無し。敵は無し
気を持ち直して。次は剣術試験だ。グループが変わりシャルンはどこかに行ってしまったがまあ仕方ない。
内容は試験官と模擬試合。二大流派の型や動きを採点するので、別に試験官に勝利する必要はないらしい。
ま、やるからには勝つ。勝てればボーナス加点着くって言ってたしな。
さあ順番が回ってきた。まずはドーランだ。
「剣は得意だ! 行ってくるぞ!」
試合が始まる。
宣告通り、ドーランは強かった。体格も相まってパワーなら俺より上だ。剣捌きや足の運び方にはやや独特な物が見えるが、それでも十分に強い。試験官もドーランの攻撃をいなす事に苦戦している。
「一ノ太刀・風切ィ!」
ドーランの一撃で試験官の剣が跳ね上げられ、隙を晒す。もはや技というか、持ち前の怪力で無理やり弾いた感じだ。ありゃとんでもないな。
「ウオオオッ!」
渾身の一撃が試験官に振り下ろされる。が、試験官は即座に体制を建て直し、その一撃をいなす。
「水面ノ太刀!」
「あッ!?」
そしてそのまま、ドーランにカウンターを叩き込んだ。
惜しい、あと少しで勝てそうだったな。
「君は動きに少し癖があるね。その癖を見切られると弱いのが難点だけど、パワーもあるし基礎さえ固まれば伸び代は大きいね。期待しているよ」
「はい! ありがとうございますっ!」
声援に見送られながらドーランが戻ってくる。表情は明るいが、どこか悔しそうだった。
「惜しかったね。入学したらリベンジしよう」
「ああ。俺はもっと強くなる。次はノアか、頑張れよ!」
「任せて。勝つ」
まだ試験官に勝った人はいない。さあ、勝利を始めようか。
今までの試合を見るにこの試験官は小椛流の使い手だ。思い出せ、小椛流の相手はソルトで慣れている。数万回は相手したし、数百万回はカウンターでぶん殴られた。
「よしっ……行きます!」
呼吸を整え、踏み込んで上から一撃目を叩き込む。予備動作も大きく大振りだったので流石に止められたが、まあ準備運動だ。
すかさず切り返し二発、三発と叩き込む。試験官の目の色が変わったように感じた。
「はぁっ!」
試験官は四発目をいなすと、バックステップで距離を取った。守りを解き、口を開く。
「君凄く良いね! こちらからも行くよ!」
その言葉に会場が沸き立つ。まあ準備運動はこの辺にしよう。
試験管が抜刀の構えをとった。来る。
「一の太刀・風切!」
迫る刃を回避し、剣を弾く。やはり小椛流剣士らしく桜閃流のシュガーよりも技の精度が甘い。
試験官は続けて攻撃してくる。俺自身桜閃流をメインとして鍛えているので、動きがなんとなく読めていた。
これならカウンターできる。後ろに下がりつつ隙を見つけて……
「水面ノ太刀!」
剣を受け流し、弾き飛ばす。おや、胴体ががら空きだぜ試験官さん。
「しまっ……!」
即座に抜刀の構えを取る。試験官が姿勢を戻すよりも先に太刀を振るえ。
「一ノ太刀・無音!」
胴体に一撃。剣は振るう音を置き去りにし、会場に防具と木刀のぶつかる破裂音を響かせる。
少し硬直していた試験管が、やがて口を開いた。
「……参った。僕の負けだ」
「うおおおお!! 強ええええ!!」
大歓声が沸き起こる。魔法試験の俺を覚えていたらしき人達からは流石だな。などと聞こえる。もっと褒めてもいいんだぜ。
「やっぱり凄いな。基礎がしっかりしていて、反応速度もかなり速い。
これでまだまだ若いんだから末恐ろしいね。僕じゃ相手にとって不足だったかな」
「いえいえ。試験官殿も十分お強かったですよ。試合中ずっとヒヤヒヤしてましたから」
「ははは。嬉しい事を言ってくれるね。ありがとう。もっと精進させてもらうよ……っとすまない。君のこれからを楽しみにしているよ」
試験官と握手を交す。ドーランの元に戻ると、大興奮で抱きしめてきた。
「ノア! お前は本当に凄いな!
何食ったらあんなに強くなれるんだ!?」
「待て待て! 折れる!」
試験は続いた。シャルンの試合が見れなかったのは残念だ。その代わりに別グループの男の子が増え、見所ある試合もかなり見れた。
まあ勝ったのは俺だけだったがね。ははは。
「次! ローレル・ブレイン君!」
綺麗な茶色い短髪の子が試験管の前に立つ。パッと見目立つ特徴が無く、まあ体格がいいくらいだ。普通なら俺も言及しなかっただろう。
ただ一つ特筆すべき点があった。彼が現れた途端、周囲から侮蔑の声が出始めたのだ。
「見ろよ、落ちこぼれ野郎が来たぜ」
「落ちこぼれ? あいつか?」
「ああ。なんせ魔法が使えねェと来た。何しに来てんだかな」
「だはは! そりゃダメだわ!」
本人にも届きそうな声量で聞こえてくる陰口。正直居心地が良くない。ドーランからも笑顔が消えている。ドーランは周囲を少し睨みつけ、試合に注視し始めた。
ローレル自身は気にするでもなく、淡々としている。しかしその眉がピクリと動いたのを、俺は見逃さなかった。
「その、始めて大丈夫かい?」
「慣れてます。始めましょう」
ローレルが剣を構える。その瞬間に空気が張り詰め、他とは違うと思わされた。
中段の構えは一切の隙も無く、肉体は鍛え上げられて安定感がある。構えだけで分かる、凄まじく強い。試験官もそれを見抜いてか、表情に緊張が見える。
「……一ノ太刀・風切!」
最初に動いたのは試験官だった。一瞬でローレルの懐に潜り込み、太刀を振るう。
「水面ノ太刀」
その一撃を、いとも容易くローレルは受け流した。
受け流された瞬間に目を丸くしていた試験官が、苦虫を噛み潰したような顔に変わる。
小椛流の使い手だからこそ理解してしまったのだろう。ここから何でも好きな技に繋げられる、理想的な受け流し方をされたと。
「一ノ太刀・無音」
水面ノ太刀の軌道が抜刀位置に戻っていく。そこから木刀は一瞬にして振り抜かれ、試験官が受ける暇なく地面に叩きつけた。
「……参った。まさかこれほどとは。正直、勝てるビジョンが見えない。赤髪の彼といい、今年はとんでもない年になるかもしれないね」
圧倒的。正にその一言に尽きる。
一瞬での勝利に周囲はどよめきを見せ、誰も彼を称えはしない。
ローレルもその結果を分かっていたかのようで、試験官に手を差し伸べて起こすと、踵を返し元いた場所に戻っていく。
「ローレル君! ナイスファイト!」
思わず声が出た。声を上げ拍手を送る。俺の拍手だけが響くこの場で、声は十分ローレルに届いた。
ローレルは足を止め、目を見開いて俺を見る。
うん。誰も讃えないから、俺が讃える。今の試合は、無声援で終わっていい物じゃない。俺一人でも、彼に声援を送ろう。
「そうだそうだ! 俺の父様より強かったぞ!」
お、いいぞドーラン。言ってやれ。
やがて周囲からも少し拍手が湧き始めた。ローレルは少し俯き、小さな声で呟く。
「……ありがとう」
そのまま、拍手に送られてローレルは戻って行った。
褒められ慣れてないような反応。おそらく魔法が使えないせいで、誰かに認められたような経験が極端に少ないのだろう。
今は俺達が存分に褒めてやるぜ。
「チッ……あいつ最初に勝った奴だよな。調子乗りやがって」
視線を感じる。飛び火したっぽいな。まあ気にするもんじゃないね、ああいう輩は関わらないのが一番だ。
♢♢♢
そのまま滞りなく試験は終わった。
受験者達が他グループの知り合いらしき人達と合流し、バラバラに解散していく。シャルンとローレルを少し探したが、見つからなかったため諦めて学園の外に出る。なんだか長い1日だった。
「いやー今日は助かったぞ!」
「どういたしまして。それで結果の方は自信ある?」
「勿論だ! 全力出したからな! お互い入学できたらよろしくな!」
「当然! それじゃあ、次会う時はここの制服で!」
こうしてドーランとも別れ、長い帰路についた。
数ヶ月後、スティア家に一通の手紙が届いていた。そこには学園からの長々しいご挨拶が書いてある。この辺は適当に読み飛ばし、最後の方にある文章を家族全員で確認した。
この度、受験者であるノア・スティア様を合格と判断し、ノルン騎士学園への入学を認めます。