稀代の天才魔法使い
8年が経過した。
ついに始まるノルン騎士学園入学試験。貴族の中でもトップのエリート達が一箇所に集まる。
魔法の詠唱分は完璧に暗記した。身体に異常無し、左手左足もしっかり動く。
あとは普段通りにやるだけだな。
「ハンカチは持ったか? 体調は悪くないか?
えーとあとは……」
ラメクは俺より慌ただしい。いつも通りの雰囲気で送り出してくれるだけでいいのに。まあ前世のお父さんも大学受験の時慌ただしかったし、親ってのはどこもそういうもんかもしれないな。
移動には結構な時間を要する。数日とは言え箱入り息子が家から居なくなるのだ。まあ心配なのも分かる。
「貴方が緊張してどうすんの。ほら! ノアもちゃんと大丈夫だって言ってあげな!」
「大丈夫ですよ父さん。ちゃんと万全ですから」
「そ、そうか……? あ、詠唱は忘れてないよな?な?」
ラメクはあらゆる物を確認してくる。魔法入門にある詠唱だって完璧に覚えたのだ、何も心配ない。
「まあお兄ちゃんなら大丈夫でしょ。お兄ちゃんだし」
「ノア様ですからね! スティア家が誇る怪物ですよ!」
「怪物ではないよ」
エムとグータッチした後、馬車に乗り込む。可愛い妹ともしばしお別れだ。
「では、行ってきます!」
♢♢♢
空は青く、日差しが眩しい今日。
目の前には開かれた校門がそびえ立っている。目に力を宿した少年少女らが、続々とその中に足を踏み入れていく。
山賊に襲われるようなイベントもお姫様を助けるようなイベントも特に無く学園についた。忘れ物なし、勉強問題なし。馬車で寝たせいで腰が痛いことの方が問題だ。
さあ、今から俺は主人公への第一歩を踏み出すのだ!
「うーむ……」
……
「うむむむむう……」
……
「困ったなぁ……」
「何かお困りですか?」
踏み出せなかった。
焦げ茶色の髪と瞳をした同い年くらいの少年が、門の近くの紙を睨みながら明らかに困ってますオーラを発していたため、声をかけてしまった。
声をかけた瞬間、少年の顔はとんでもなく明るくなる。背が高くて体格がいい。少なくとも180センチ以上はあるな。人懐っこそうな瞳と、素で口角が上がっているのかと疑いたくなるような眩しい笑顔の少年だ。
「いやあ試験会場の場所いくつかあってよく分からなくてな!」
「僕でいいなら同行しましょうか? 僕も試験受けますし」
「本当か!?助かるぞー! やはり持つべきものは友達だな! あ、俺はドーラン・アテルダムだ! ドーランでいいぞ!」
初対面やろがい。この子出会った人全員と友達なんじゃないか?
とにかく自己紹介されたからにはこちらもしない訳にはいかない。ドーランに挨拶を済ませ、筆記試験の会場に向かった。
試験会場は広い。筆記試験だが、特に面白味もなく終わったので言及はしない。予想通り高校入試くらいの難易度だった。
ドーランと合流し、外のグラウンドにある魔法試験の会場に向かう。久々の砂利を踏みしめる感覚、懐かしいなぁ。
試験官のおっちゃんの説明に耳を傾ける。学園、魔法、試験と来たらまあ間違いなくあれだろう。
「魔法試験を始める! 使用する魔法は火球を飛ばす魔法、水を撃つ魔法、鉄を放つ魔法の3つだ! あの的を狙いなさい!」
なぜ的当てなんだろうか。なんでもいいけど。
複数のグループに別れ、受験者の名前が呼ばれていく。的は銅鑼のようなものが3つあり、命中精度で採点しているようだ。
俺達の番は後の方だったので、観察で時間を潰す。
受験者のレベルは思ったより高かった。3人やれば少なくとも1人は全弾命中させている。前情報では10人に1人が全弾命中レベルと聞いていたが、考えを改めた方がいいかもしれない。
3発命中は前提、中央に3回で合格と考えた方がいいだろうか?
「ドーラン・アテルダム!」
「はい! よし、行ってくるぞ!」
ついに俺達の番がやってきた。
ドーランは緊張しているのか、ガチガチになって前に歩いていく。
指定位置についたドーランがふっと息を吐き、詠唱を始める。緊張した様子から一変。ドーランの雰囲気がガラッと変わった。肩や伸ばした腕に一切の震えはなく、的を真っ直ぐに見据えている。
静かな空気の中、火球、水弾、鉄塊と一発づつ確実に命中させていった。精度も良くほぼ中央を捉えていた。周囲から声援が上がる。十分合格ラインと見ていいだろう。
流石は受験者と言った所か。かなり鍛えているようだ。
「いいじゃんいいじゃん。点数高いんじゃない?」
「かなり緊張したな……でも上手くいって良かったぞ!」
「次! ノア・スティア!」
呼ばれて前に出る。肩の力を抜いて手を前に出し、的をしっかりと見定める。前方にだいたい二十メートルだ。今までやってきた事を思い出せばいける。
息を吸い込み、一気に詠唱した。
「無知、豪炎、虚脱、視線、指先、迫害と遁走、自責と否定、逃避の行先、偽装と重圧」
空気が渦を巻き、サッカーボールほどの火の塊が形成されていく。完成した火球は狙い通り真っ直ぐ飛び、的の中央に黒い焼け跡を残して霧散した。
周囲からはおお〜と感心の声が上がる。いい感じだ。まだまだ行くぜ。
「繁栄、秘匿、歓喜、無知、散水、枯死、回帰と崩壊、悪夢の連鎖、懺悔と孤独」
テニスボールほどの水弾が一つ精製され、火球と同じ要領で狙いを定める。的に当たるとその表面を凹ませ、パシャリと弾けた。
こちらもしっかり中央に命中。ここまで順調、最後もしっかり決めるぞ。
「捕縛、脅迫、人、炸裂、飛散、心理と減耗、精神と決壊、帰還と爪痕」
先程と同じくらいの大きさの鉄塊が形成されていく。この魔法は形成時間が長いため、魔法を維持する事に多少の集中力がいる。だが問題無い。発動し続けるのは俺の水蒸気を操る魔法で慣れている。
そして当然ながらど真ん中に命中。ゴワアアンと金属同士がぶつかるいい音を出し、鉄塊はドサリと地面に落ちて霧散していった。ミッションコンプリートだ。
「おお。アイツ中々やるじゃないか」
「負けてられないわね」
歓声と拍手が巻き起こっている。やれやれ、このくらい造作もない事なんだが? と、脳内でイキっておく。
「今年は優秀だな……次! シャルン・アイルベント!」
かなり高評価らしい。良かった。
向かいから歩いてくる次の番らしき女の子を目で追う。雪のように真っ白な髪と透き通るような肌をした、静かでお人形さんのような子だった。端的に言って今まで見た人の中で一番の美少女だ。可愛いなぁ。
「……」
すれ違う瞬間、女の子が不意にこちらに目を向けた。
その淡い青色の瞳に全てを見抜かれているかのような、不思議な感覚を覚える。吸い込まれ、目を逸らす事が出来ない。
「君凄いね。何者?」
「え!? の、ノアです!?」
「ノノア。うん、覚えておくね」
ただそれだけ言葉を交わすと、女の子は歩いていく。
まさかのお声かけを貰った。落ち着いていて、透き通るような声。雰囲気と似合っていた。しかしドーランといい彼女といい、いきなり話しかけてくるのが普通なのか? ちょっとびっくりするぜ。
……今あの子俺の名前ノノアで覚えなかったか?
「おお、あれがアイルベント公爵家の……」
「ふむ、噂に違わぬ美しさだな。実力も相当なものと聞いているが、果たしてどれ程か」
周囲の話を盗み聞きしながら戻り、ドーランとハイタッチして試験の方を向く。
「ノアもいい感じじゃないか。というか、あの精度なら満点なんじゃないか?」
「ふっふーん。魔法は得意なんだよね。まあ本当は無詠唱魔法使いたかったんだけど……」
実は昔から無詠唱で詠唱魔法が使えないかを検証していたのだ。科学知識を用いて現象の精巧なイメージを形成したり、体内の魔力の流れを再現してみたり。
まあとにかく思いつく限りの事を一通り試して見たのだが、無詠唱魔法は使えなかった。
俺TUEEEE系主人公の必須技能だと思って試していたのだが、ここは無詠唱魔法が無い世界なのかもしれないな。
「うおお! あれが無詠唱魔法か!?」
「は?」
近くにいた子の興奮した声でシャルンの方を見る。
彼女の背丈の2回り以上はあろう巨大な炎の塊が渦を巻いて形成されてた。さながら太陽のようだ。
「一体なんだあの大きさは!?」
「ほ、本当にあの無詠唱魔法を使えるって言うの!?」
周囲が騒ぎ立てる。
俺もドーランも開いた口が塞がらず、絶句して立ち尽くしていた。
火球が勢いよく放たれ、直撃を受けた的は哀れにも爆散。巨大な衝撃が巻き起こり、爆風が周囲を薙いだ。
「次」
今度はシャルンの周囲に水弾が複数浮き上がる。普通、生得魔法でもなければ数は操れない。だがあの子は数も大きさも出力も、何もかもを自由に操っている。
試験官は口を開けたまま、持っていたペンを落としている事に気がついていない。
アサルトライフルの如く放たれた水弾が的を蜂の巣にし、周囲から大歓声が上がった。俺の時より格段に盛り上がっている。
「最後」
最後の的に指を向けると、彼女の周囲に鋭く尖った棘の形をした鉄塊が複数現れる。形成が早く、時間にして1秒から2秒程度。形になると同時に、戦車並の凄まじい炸裂音が響き渡る。
その進行方向には、無惨な姿に変化を遂げた的があった。鉄の棘に貫かれて歪み、ぼろきれにすら見えてくる。
試験官はもう泡吹いてぶっ倒れている。気をしっかり持って。
「す、すんげぇぇ!! ありゃ間違いなく今年の首席だろ!」
「まさかこれ程とは……! とんでもないお方と同時期に生まれちまったもんだ……!」
周囲はもはや止められないレベルまで昂っていた。隣にいるドーランも『うおおお!』と爆音で叫んでいる。まずい、俺の鼓膜が死ぬ。
歓声の中シャルンは歩き始め、破壊した三つの的に触れる。的の時間が戻るかのように直り、形を取り戻した。
傷を癒す魔法は物に作用しない、そもそも物を直せる魔法は存在しない。可能性があるとすれば、あれがシャルンの生得魔法。ただそれだけだ。
「シャルンだったか!? 凄いなあの子は!」
「う、うん。とんでもないねありゃ」
多分、いや間違いなくそうだ。
シャルン・アイルベント。間違いなく彼女こそがこの世界の主人公だ。
……なんとなく分かってはいたけど、主人公への道、やっぱり険しいなぁ。
そんな事を考えているとやがて魔法試験が終わる。次の剣術試験の会場に向かうのだった。