全力で
シュガー達が携えていた剣を抜き、俺とエムを守るようにそれぞれ四方を向いて正面に構えた。
額から汗を流し魔獣を睨みつける。
その外、魔獣達はこちらを警戒しているのか、距離を詰めても攻撃はしてこない。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。お兄ちゃんから離れないでね」
エムは緊迫した雰囲気に気圧され、俺の服の裾をきゅっと掴む。震える肩を抱いて落ち着かせつつ、シュガー達に視線を移した。
「で、どうするよ。逃げんの? 倒すの?」
「……倒さないとこいつらは間違いなく街に向かって、被害が止められなくなる。今ここで倒すしかない」
「決まりだな。全員ぶっ殺したるあぁ!」
ミーソの叫び声と同時に、シュガーとミーソが魔獣に飛びかかって行った。
即座に2匹の魔獣が切り裂かれ、大量の血が吹き出す。2人の全力は凄まじく、斬った後も超スピードで切り返し、魔獣に攻撃を加える。
「クエエエエ!!!」
魔獣達は翼で周囲を薙ぎ払いながら応戦。切り裂かれた傷はかなり深いはずだが、動きに衰えが見えない。
傷口が蠢いている。やがて肉が隆起し、骨が形成され、黒い体毛が急速に成長した。
普通なら致命傷になるような傷が、ものの数秒で完治してしまったのだ。
「再生した!?」
「……魔獣は完全に殺さないと再生する。脳と心臓を潰すか、再生が追いつかない程のダメージを与えて倒すしかない」
ソルトが息を吸い込む。魔獣を睨みつけ、剣を振り上げた。
「……シュガー、合わせて! 戦火、死肉、勝利、衝動、抑制、理性、名声の渇望、否定と理解、自我の解放」
剣を薙ぐと斬撃が飛び出し、魔獣を切り裂く。
「一ノ太刀・無音ッ!!」
間髪入れずにシュガーが跳躍。ソルトの斬撃に怯む魔獣の頭部に肉薄し、音を置き去りにする程の速度で剣を振り抜いた。
頭部を破壊された魔獣はゆっくりと倒れ、霧となって消滅していった。
「オッラァッッ!!」
後ろから金属音が響く。ミーソが一匹仕留めた音だ。
だがシュガーと違い既に疲労が見え始めている。
当然だ。戦闘前まで俺たちを相手に体力や魔力を消耗しているし、疲れだって溜まっているのだから。
それを見抜いたか、魔獣がミーソに向かっていた。
「クエエエ!」
「ミーソ!」
エムが俺から離れ魔法を起爆。その爆発に乗ってミーソに襲い掛かる魔獣に飛び掛り、大量の水を浴びせた。
水が凄まじい音を立てて爆裂する。その巨体は跡形もなく消え去っていた。
「助かったエム。けどこっちは危ねぇ、戻ってな」
「やだ。私も戦う」
地上に残る魔獣は2体。上空と合わせれば5体だ。
ふと空を飛ぶ魔獣が、エムの方を向いたような気がした。
「キアアアア!」
空を飛んでいた魔獣の1匹の口先に光の玉が形成されていく。
人一人分の大きさになった光球が地上に向かって放たれる。
弾速は遅い。けど、嫌な予感がする。
「エム! 戻ってきて!」
「……お兄ちゃん? どうしたの?」
エムは不思議そうにこちらを見るだけで戻ってこない。エムに向かって走った。走らないといけない気がした。
上空から飛んでくる光球はエムに対して真っ直ぐ飛んで来た。即座にソルトとビネガー跳躍し、水面ノ太刀で受け流す構えに入る。
2人の剣が光球に触れた瞬間。
周囲が白一色に包まれた。
体の表面から体温が上がり、皮膚が赤く焼ける。
刹那、景色が加速した。
一瞬にしてエムの元まで辿り着き、反射的に力強く抱きしめる。
直後襲ってきたのは衝撃の波。足が地面から離れ抱えていたエムごと浮き上がる。
熱い、熱い、熱い。エネルギーの塊が無遠慮に俺を殴る。俺を持ち上げ、地面に叩き付けた。
「げっほ……エム……無事……?」
全身が酷く痛い。視界は霞んでよく見えないが、腕の中に震えるエムがいる。
軽い火傷を負っているが、深刻な怪我は無い。治癒魔法を使えば大丈夫そうだ。
「お兄ちゃん、怪我、怪我が」
「俺は大丈夫……エムが無事なら……」
頭は切ったのか血が流れている。地面に叩き付けられた影響で左腕は赤黒く変色し、左足首もズキズキと痛む。
自分に触れ、なんとか傷を癒す魔法を使う。完治こそ無理だが、痛みは少しマシになった。
痺れが襲う足を無理やり立たせて周囲を見る。味方の魔獣をも巻き込んだ大爆発。芝生がパチパチと音を立てて焼け、皆が倒れていた。
爆心地より遠くにいたシュガーに目立った外傷は無く、自分に対して治癒魔法を使っているのが見える。ただミーソは爆風に飛ばされて頭を打ったらしい。頭部から血を流し、木の根本でぐったりしている。
ビネガーは足が変な方向を向いているがしっかりと生きていた。火を消しながら、ソルトの方に這いずっている。
……庭の中央、ソルトが倒れたまま動かない。
しっかりと視認して、嫌な汗が流れる。
ソルトの両腕、肘から先が無い。
そうだ、火球に真っ先に触れたのはソルトで、て事はつまり爆発を1番至近距離で受けたのもソルトで……
「クエエエ」
鳴き声。
目立つ場所で倒れているソルトに、爆破のダメージから再生した魔獣が群がっていた。
このままだと不味い。なんとかして注意を逸らさないと。
「エム。なるべく遠くまで逃げて。パパ達がいたら急いで帰ってきてって伝えてくれる?」
「ダメだよお兄ちゃん……その怪我じゃ……」
エムが俺の服の裾を掴む。
その手を離し、落ち着かせるよう撫でた。
「大丈夫。お兄ちゃん全然元気だよ。なんたってエムのお兄ちゃんだからね。ほらほら、急いで!」
エムは目に涙を蓄え、納得いかないような表情で離れて行った。俺がここで暴れていれば魔獣がエムを追いかける事もないだろう。
近くに落ちていた誰かの剣を拾う。シュガー達の使っている剣は俺の体格には合わなかった。ずしりとしていて、片手だけで持つには少し重い。
けど、やるしかない。
「こっちを見ろ!!」
踏み込んで走る。
全身に魔力が巡り、体が、筋肉が魔力を消費しているのが分かる。消費された魔力がエネルギーとして、運動能力に変換されている。
今までとは比較にもならない速度が出ていた。
ソルトに集中して俺を見ていない魔獣には簡単に剣が命中する。
その一振りは魔獣の足肉を切り裂く。
振り向いた魔獣と目が合った。赤い瞳を見ていると、不安と焦燥が駆り立てられる。
まだ体が震えている。
「……ッ!」
恐怖を振り払い、すかさず水蒸気放った。
大量の水蒸気は勢い良く射出され、そのエネルギーは傷口から肉を引きちぎり、千切れた肉が弾け飛ぶ。
巨体の片足を消し飛ばす程のダメージ。しかし魔獣の肉は容易に再生する。
一撃が重いだけでは意味がない。急所を潰さなければ。
「クアアア」
だがこれで魔獣達の注意は俺に向いた。
ゆっくりと後ずさり、魔獣達を引き付けソルトから離す。
幼稚園児に見つかった虫の気分だ。捕まれば間違いなく体をバラされる。
「クアアアッ」
「おっっらあっ!」
翼の薙ぎ払いを掻い潜り、翼を切り落とす。怪我で落ちた動きは水蒸気で補助しろ。射出の勢いで無理やりにでも身体を動かせ。
「無知、豪炎、虚脱、視線、指先、迫害と遁走、自責と否定、逃避の行先、偽装と重圧」
接近しながら詠唱する。
魔獣の顔面に向けて放たれた火球は容易に回避された。
正直詠唱魔法は威力も速度も低い。仮に命中していても大したダメージにはならなかっただろう。
だが、弱いなりに使い道はある。
「クア?」
火球は陽動。鳥頭の意識をそちらに向けるには十分だった。
「一ノ太刀・風切ッ!」
シュガーと同じように跳躍して顔面に肉薄。
振り切った剣は魔獣の脳を引き裂き、赤白い塊を体外へと飛び散らせた。
落下の勢いは水蒸気の逆噴射で緩衝。着地と同時に魔獣が倒れる。黒い霧となって消え行く巨体から目線を外し、次の魔獣に狙いを定める。
「クキャアア!!」
間髪入れずに翼での薙ぎ払いが飛んできた。避けようにも左足を痺れが襲い、その場に崩れ落ちる。
翼が直撃する直前、白い何かが俺と翼の間に割って入った。
「があっ……!」
入ってきた何かと共に木に叩き付けられる。その威力は凄まじく、クレーターが木の幹をへし折った。
しかしそれほどダメージはない。飛び込んできたシュガーがクッションになり、俺が受けるはずだったダメージのほとんどを受けていた。
「シュガー!?」
「らいりょゲホッ……うぶでず……ノアざま……わだ……わだしがおまおりしますあら……に、逃げてぐらざい……」
焦点の合わない虚ろな目。口から流れる血に邪魔されているのか、息が上手く吸えていない。震える指で俺を撫でると、微笑んで立ち上がる。
俺の持っていた剣を杖がわりにし、俺を守るように魔獣の前に立ち塞がった。その足は血に塗れて震え、力が入っていない
呂律が回らないようなダメージだ。早く回復しなければ。
「ノアざまにはぁ……指一本だって……うれざせない……!」
嘴がシュガーに向かってくる。シュガーが剣を振るうもまともに力が入っておらず、嘴に刃を取られて剣は無惨にもパキンと折られた。
嘴は丸腰になったシュガーの腕を啄む。腕がぐぢゃりと音を立てて潰れ、絶叫が響き渡る。だが魔獣は止まらない。足、脇腹、臓物をぶちぶちと身体から引きちぎり、飲み込んでいく。
「ああああああああああ! がっ……づぁっ……!」
「やめろっ……」
恐怖と怒りがせめぎ合う。ダメだ。怯むな、このまま傍観していたらシュガーは死ぬ。
動け、助けろ。
「やめろぉぉぉっ!!」
最大出力で魔法を放つ。
発生した超高圧の水蒸気は周囲の風を暴風に変え、熱と風の圧力が魔獣達を抉り消し飛ばす。
やがて、魔獣の体を形成する物は何も無くなった。
「……ノァ……ま……す」
「待ってて! すぐ治すから……!」
シュガーは右肘から先と右足全体、左足の膝から先が無く、横っ腹に向う側が見える程の穴が空いている。そこから血溜まりが広がり続けていた。生きているのが不思議なくらいだ。
治癒魔法で傷を塞ぐと、シュガーはゆっくり目を閉じた。呼吸はしている。まだ助かる可能性はある。
空を見上げ、敵の位置を確認する。
最大出力はそう何発も放てる訳じゃない。今の一撃で魔力の半分近くは減っているはずだ。撃ててあと一、二発だろう。
「クアアア!!」
火球が複数飛んでくる。水蒸気を放って迎撃すると空中で炸裂し、煙が空を覆った。空の様子が見えない。煙幕を張られた?
煙幕を突き破り、二匹が高速でこちらに急降下してくる。再び出力最大で水蒸気を放ち迎撃。
この二匹、かなり頑丈だ。
地上に降りていた奴らよりも再生が早く、肉が剥がれにくい。だが再生は追いついてない。行ける。
「クアァ……ァ……」
魔獣達が消滅する。あと1匹――
「ガアアア!!」
「は?」
完全に油断していた。背後には既に、加速を終えた最後の1匹が迫っていた。
煙幕と二匹を囮に使い、最後の一匹が俺にトドメを刺す。攻撃役は、おそらく一番強い群れのボス。
それを理解した頃には、俺は既に地面に倒れ伏していた。
背後からの巨体による突進。元々限界だった右足は嫌な音を立て、完全に使い物にならなくなった。この場から動けない俺を見て魔獣は嬉しそうに嘶いた。
やがて満足したのか、俺を啄もうと近づいて来る。
「オラァ!」
最後の魔力をありったけ注ぎ込み、水蒸気をぶつける。油断していたのは俺だけじゃない。
倒したと認識する事でした生まれる安心。それを逆手に取る。
魔獣から次々と肉骨が剥がれ、剥がれた肉は霧となって消滅して行く。魔獣の体積が半分ほどになったあたりで、俺の魔力が切れた。
「はぁっ……も、もう無理……は?」
魔獣の体が完全に消えていない。死んだならば黒い霧になって消滅するはず、はずなのに。嫌な予感がする
「……ぁ」
予感は的中し、残った体がゴボゴボと泡立つ。肉体が形成されていき、あの忌々しい鳥の形が、数秒で形になる。
「クアっクアっクアっ」
魔獣の再生が終わった。重い足音を立てて近づいてくる。こいつを完全に破壊できる量の魔力はもう無い。
目の前で嘴が開く。
ああ。
結局俺はまた、何も成せずに終わるのか。
影が迫り、目を閉じた。
ギィイイイイン!!
「……?」
金属がぶつかるような音。何秒経っても嘴は襲ってこない。
目を開くと、目の前には見慣れた背中がある。
かつて憧れたその後ろ姿。殺気の籠った瞳はただ目の前の魔獣を映していた。
「よくやったノア。上出来だ」
聞き慣れた男の声。その後に力強く口を開く。
「後は任せろ」
ラメクが帰ってきた。
魔獣は一瞬怯んだ後即座に首を上げ、何度も何度も、狂ったようにラメクに嘴を振り下ろす。
「水面ノ太刀」
対するラメクはそれら全てを受け流す。
操られているかのように嘴がラメクを逸れた。
「飛沫」
華麗なカウンターが炸裂し、魔獣の足が切断される。
勝てないと察した魔獣は翼を広げ羽ばたきだした。逃亡する気だ。
逃すまいと、ラメクが抜刀の構えを取る。
「一ノ太刀・迅雷」
雷が走るような音。刹那、魔獣の体がゆっくりとずれ落ちる。魔獣の身体が爆散し、チリとなって空に消えていった。
♢♢♢
「いやぁーっはっは! 流石に死ぬかと思いました!」
「よく死にかけてそんな騒げるな……」
使用人部屋、ベッドの上で包帯をぐるぐる巻きにされながらシュガーが大爆笑していた。
結果としては全員生きていた。腕を失った者、足を失った者はいるが、皆命は無事だ。
なによりこの世界には治癒魔法がある。なんと1ヶ月毎日使い続ければ失った腕や足も生えるらしいのだ。つまり死んでさえいなければどんな怪我も治せる。実質ノーダメみたいなもんだ。
「ありがとねシュガー。あの時来てくれなかったら多分死んでたよ」
大騒ぎのシュガーに話しかける。シュガーには助けて貰ったし、感謝しかない。
「でも、その後ノア様に助けられちゃいました。ノア様を守りきれませんでしたし、もうクビですかね……」
「そんな訳ないだろう!!」
扉がバァンと開き、入ってきた男が大声で叫ぶ。ラメクだ。
「ラメク様。皆怪我してるし静かにしなきゃダメよぉ」
「分かってる! それより、クビにはしないぞ!」
分かってない声量に皆大ダメージを受けている。シュガーの声より遥かに響くのだ、勘弁してくれ。
「こら、騒がないの。エムが起きちゃうでしょ」
後ろから現れたテノシーに拳骨を喰らい、痛そうに頭を抑えた。
やれやれ、みたいな顔でスープとソースも額を抑えている。本当、戦闘の時はガチのマジでかっこいいんだけどなぁ。こういう時は威厳の欠片もない。
ラメクをしばいたテノシーは俺を膝の上に乗せて椅子に座り、優しくシュガーに話しかけた。
「シュガーちゃんは命懸けでノアを守ってくれたじゃない。他の皆だってそう。クビになんてしないわよ」
「あーいてて……そうだな。それにあの魔獣が屋敷にまで来たのは俺が殺し損ねて逃したからだ。本当に、皆には迷惑をかけた」
ラメクが頭を下げる。
シュガー達は動けない中、その行動を慌てて止めた。
「そんな、頭上げてくれよ。旦那がいなかったら今頃アタシら全員腹ん中だぜ」
「そーそー。それにご主人様を支えるのがウチらメイドの仕事だし? トーゼンの事をしたまでってね」
「本当に感謝している。よくここで止めてくれた」
ラメクは頭を上げると、皆を見回して腕を組む。
「まあつまりだ。こんな優秀なメイド達を手放す訳にはいかん。みんな我が家に永久就職しなさい!」
シュガーがテノシーとラメクに顔を向け、最後に俺を見る。
「私、口減らしで売られて、生きるために仕事しなきゃいけなくて、失敗したらまた捨てられるかもって思って、そしたら失敗しちゃダメだって思ってぇ……」
エムを見ていたシュガーが口を開く。
「……大丈夫。シュガーが失敗しても、私が支えるから」
「俺も手伝うよ。シュガーにはたくさんお世話になってるしね」
シュガーの頬が濡れていく。顔を赤くし、ベッドの中に篭ってしまった。
「……ふふ、これからは沢山頼ってね」
ベッドの中でシュガーが弱々しくうんと返事した。
そんな光景に皆が笑っている。
いい笑顔だ。でももしも、もしも誰か1人でも居なくなってたらこうはならなかった。
エムもシュガー達も、俺はちゃんと守り抜いたのだ。ラメクの言った通り上出来だろう。
最後にラメクが遅れていたら俺はあのまま、また後悔しながら死んでいた。
そんなのはもう御免だ。
主人公足る器じゃなくてもいい。憧れたんだ、最後まで貫き通してやる。
頑張ろう。後悔しないよう、全力で。