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偽物と本物

 午後、日差しとセミの声はより1層強くなる。

 ミンミンミンミンと鳴くだけに思える彼らにも、メスのセミを誘うという目的があるのだ。

 俺にも目的がある。確か、なんだっけ。

 

「ノア様、ノア様?」


 いつの間にか眼前にシュガーの顔があった。眉が下がり、俺の顔を覗き込んでいる。


「ごめん、ぼーっとしてた」


 自分の両頬を叩く。

 そうだそうだ、確か今から魔法の練習だ。今日はエムが参加するし、ビネガーやミーソの見学もある。ちゃんとしないと。


「ノア様がぼーっとするなんて、まさか熱中症ですか!? 誰か水をー!」


「大丈夫! そこまで心配しないでも大丈夫だから!」


 肩をガクガクと揺らされる。熱中症より先に揺らされた酔いでぶっ倒れるぞ。


「……はい、一応飲んでおいて」


 ソルトに水筒を渡されたので一応飲んでおいた。うーん、揺らされて頭がクラクラする。

 

 さて、普通なら早速魔法の練習を始める所だが、今日は先にやる事がある。エムの生得魔法を調べるのだ。

 ビネガーとエムが魔法を発動させようとしているのを見て、昔シュガーとソルトに教えて貰っていた事を思い出す。どうやら後ろから手を取って魔力や魔法のアレコレを教える文化があるらしい。


「むむむぅ……分かんない!」


「あはは〜分かんないかぁ。まあ難しいししょうがないよねぇ」


 ビネガー達が慰めるが、エムは頬を膨らませて魔法を発動させようと躍起になっていた。顔が真っ赤になり腕をプルプル震わせている。

 魔力操作をするには上手く力を抜くのが大切だ。震えるほど力を込めていてはできる物もできまい。


「力を抜いて、お腹の魔力をしっかり頭に持ってくるんだよ」


 エムの横に並び、同じように手を出して生得魔法をゆっくり発動させる。エムは口を半開きにし、立ち上る湯気を見上げていた。

 一瞬で身体強化を使いこなしたのだ。おそらく実際に魔法を見て何かを感じ取ったのだろう。エムがゆっくり腕を前に出す。

 その時彼女の瞳が、目つきが変わったような気がした。


「おお!? マジか、なんか出てきたぞ!?」


 近くで様子を見ていたミーソが声を上げる。

 確かにエムの前に、無重力空間で浮いているかのような水がいくつか出現していた。


「ふぉぉー! できたじゃないですか!!」


 シュガーが歓喜の声を上げた瞬間、水がパァン!と音を立てて弾け飛んだ。

 弾ける直前、水との間に割って入ってきたソルト諸共吹き飛ばされ、地面に転がる。俺はソルトがクッションになってくれたので怪我は無い。だが皆はそうはいかなかったようで2、3メートルぶっ飛ばされ咳き込んでいる。


「……ッッ……!!」


 ソルトが俺を強く抱きしめる。何かを堪えるために力んでいるようだった。

 破裂の直撃を受けたであろう背中を見ると、メイド服が一部破け、火傷を負っている。

 範囲を確認し、急いで治癒魔法を使う。


「正義、夢、時の防人、憧憬、決意、道標、救済、夢の果て、未来と慄き、時の消失、終末の刻」


 傷を癒す魔法。触れた対象の怪我を治せる魔法だ。このくらいの火傷や軽い擦り傷ならすぐに完治する。

 火傷跡が消えるとソルトの腕の力が緩んだ。


「……ごめん、ありがとう。ノア様は怪我してない?」


「俺は大丈夫。それよりエムは!?」


 先程まで立っていた場所は草が焦げ、黒煙が立ち上っていた。

 やがて黒煙が晴れる。エムはビネガーに抱えられて地面に転がっていた。頬や服に多少の煤は付いているが、怪我は無いようだ。


 ♢♢♢


「名付けるなら爆発する水を操る魔法。強力ですけど、取り扱いは注意が必要ですね」


 シュガーが腕を組み状況を纏めている。難しい顔をしていて、いつもの朗らかさは無い。

 

 エムの生得魔法はラメクを強く引き継いでいるようだ。あの破壊力だと周囲は勿論、自身にも怪我の危険がある。一応生得魔法の持ち主はその魔法に対し耐性があるが、完璧なものじゃない。ラメクも昔自分の腕を吹き飛ばしたとか言っていたし、俺も熱に強いが熱すぎると普通に火傷する。

 

「ごめんねソルト、ごめんね……」


「……大丈夫、ノア様が治してくれた。次から気をつければいい」


 エムがソルトの腕にピッタリとくっついて謝る。

 あの水が爆発するなど誰も予想できなかった事だ。正直、仕方ない事ではあると思う。

 無論謝るのは大事だが、ソルトの言う通り次から気をつけるのも大事だな。優秀な子なのだ、すぐに改善してしまうだろう。


「いんやぁ。しっかしお貴族様ってのはやっぱとんでもない魔法持ってんね。ウチのより遥かに戦闘向きだよ」


 ビネガーが手をぱんと叩いて話を切り替える。彼女は触れている物を燃やしたり消化したりできるらしい。あとは鉄を錆びさせたり錆びを取ったりとか。

 芝生が焦げただけで済んだのも彼女が即座に消化したからのようだ。


「……うん。攻撃性能は高いし、隠密性もありそう。結構ポテンシャルを感じる。鍛えればかなり強くなれると思う」


「やだ」


 エムのその呟きに視線が集まる。

 俯いていたエムが口を開いた。


「エムが魔法使ったら、みんな怪我するもん」


 顔を上げ、目を輝かせて俺に迫る。


「エムお兄ちゃんの魔法のがいい! どうやって使うの!?」


 どうやって使う、と言われても説明はできない。説明するとなると術式が違うから無理。になってしまう。

 が、無理とキッパリ言うのもなんだかな。明確に使えるとは言わず濁しておこう。

 

「お水には固体、液体、気体の3つの状態があるんだ。例えばこの水筒に入ってるのが液体。お兄ちゃんは気体のお水を出してるんだ」


 厳密に言えば湯気も液体だが。


「どうやってキタイに変えるの?」


「お水は水分子っていう粒々がぎゅうぎゅうに集まってでできてるんだ。暖かくすると水分子がバラバラの気体になるよ」


 エムはぽかんとしている。

 なるべく早く分かりやすい説明を心がけたつもりだが、まあ3歳だし分からないか。


「……シュガー、知ってた?」


「ううん、初めて聞いた。水ってそういう風にできてるんだ」


「なあノア、そのミズブンシって何だ?」


 ……ミスったな。この世界の文明レベルだとそもそも原子や分子なんて見つかってないから知らないのか。

 転生者なので前世の知識があります。なんて言える訳ない。どうやって誤魔化そう。


「えーと書斎にある何かの本……だったかな? それに書いてあったんだ〜」


「できた!!」


 唐突にエムが声を上げる。いつの間にか離れた場所で魔法を使っていたみたいだ。

 出てきた水がエムより二回りほど高い位置まで浮かび上がり爆発する。

 既に使いこなしているがそれだけじゃない。嬉しそうに飛び回るその手からは、俺の魔法と同じ白い煙。湯気が立ち上っていた。


「ノ、ノア様の生得魔法を妹様が……?」


「違う」


 俺の言葉で狼狽えていたシュガーの動きが止まる。

 水蒸気を操る魔法の術式を持っているのは俺だけだ。いくらエムが才能の塊とはいえ、物理的に使えない物を使えるはずがない。

 

「あれ、エムの生得魔法だ」


 空を見上げる。

 揺蕩う湯気は高く高く登り、上空で花火のように炸裂した。


 ♢♢♢


「極め付けは見ただけで魔法発動! そこで私は確信したのです。エム様こそが厄災より世界を救う救世主であり――」


 夕食後の休息時間。

 ソファに座ってくつろぐラメクらの前でシュガーが壇上に立ち、今日あった事を物語風に語っていた。ラメクは膝上に座るエムをデレデレの笑顔で撫でながら、満足そうにその語りを聞いていている。

 テノシーも顔を綻ばせ、俺の隣でシュガーの話に耳を傾けていた。


「いやぁエムは凄いなぁ。将来は騎士団の団長だなぁ」


「もしかしたら宮廷魔術師かもしれないわね!」


 エムは天才だ。

 きっと、これからどんどん成長する。この子ならノルン騎士学園だろうがどこだろうが通用するのだろう。俺にできない事もすぐにできるようになるのだ。

 俺よりずっと才能がある。エムはきっと、そういう星の元に生まれた子だ。


「いやぁ。しかし、こんな優秀な子が2人も産まれるなんてなぁ」


 ……違う。


「そうね。ノアもエムも只者じゃないとは思ってたけど、2人共こんな天才だなんてね。ノアが領主になる頃にはスティア家も公爵号かしら!」


 違う。俺は、

 俺は転生を利用して天才を演じるだけの偽物で、エムみたいな本物の天才じゃない。

 俺は本物じゃないんだ。


「お兄ちゃん!」


 呼ぶ声に起こされる。

 心配そうなエムの顔が目に飛び込んできた。


「大丈夫?」


「……うん、大丈夫」


 結局、頑張った所で前世と同じだったんだ。

 俺は主人公足る器じゃなかった。それだけの話だ。


 ♢♢♢


 四季が2回巡った。しかしあまり生活は変わっていない。剣と魔法を練習し、時間が余ったら勉強かエムと遊ぶ。屋敷から出る事もあまり無いし、基本そんな毎日だ。

 今はソルトと木刀で打ち込みの練習中である。

 

「一ノ太刀・風切ッ!」


「……踏み込みが浅い」


 ソルトに受け流され、即座に体制を立て直す。もう一度一ノ太刀を振るった。


「……甘い、変わってない」


 再び阻もうとしてくる。

 背中から水蒸気を放ち、その勢いで無理やり体勢を下げてソルトの防御を突破する。


「!! ……やるね」


 今度は大きく踏み込み、横っ腹に木刀を振り上げる。これで一本――


「……水面ノ太刀」


「うあっ!?」


 ソルトの木刀が凄まじい軌道で彼女と木刀の間に差し込まれた。ソルトが剣の持ち手を右手から左手に投げ変え、強引に防御を取りに来たのだ。

 剣が剣に絡め取られたように動き、軌道が逸れる。

 水面ノ太刀は小椛流の基本技。水面ノ太刀で攻撃を受け流し、技を繰り出す。

 悪い予感がした瞬間には俺の頭上にソルトの木刀があった。


「……飛沫」


「いだぁっ!?」

 

 脳天に木刀が落ちる。その衝撃で地面に倒れた。


「いっててて……マジか〜。いけると思ったんだけど」


「……油断大敵。けど中々いい動きだったと思う」


「ありがと。次は一本取るよ」


「……ふふ。まだまだ取らせない」


 ソルトの手を取り立ち上がる。

 ソルトは褒めてくれたが、未だ身体強化の使えない俺の剣術はまだ下級の域を出ない。魔法も練習を続けているが同様だ。

 一方のエムはどんどん強くなっていく。やっぱり才能の差は歴然みたいだな。


「……どうしたの?」


「ん? いや、なんでもないよ」


 ソルトが顔を覗き込んでくる。

 少し考え込んだ後、ソルトは1つの結論にたどり着いたようだった。


「……分かった。私に勝てなくて悔しいんだ」


 ソルトが俺のもちもちほっぺちゃんをみよんみよんと引っ張る。少し抵抗するが、敗者は勝者に従うしかないなどと言ってほっぺちゃんで遊び続けた。


「……ふふ、大丈夫。ノア様は頑張ってるし、いつか私にもシュガーにも勝てる」


 俺の両頬を解放すると、微笑んで撫でてきた。

 まあ、頑張ってはいるつもりだが。それでも劣等感は拭えない。


「お兄ちゃん! 聞いて聞いて!」


 近くで打ち込み練習をしていたエムとミーソが練習を終え、休憩しに戻ってくる。

 嬉しそうに駆け寄るエムの傍ら、ミーソはガックリ肩を下げていた。


「どうしたの?」


「あのねあのね、ミーソに勝った!」


「ク、ククク……負けたっ!」


 ミーソが拳を握り締める。直後はぁとため息をついてしゅんと脱力した。


「魔法でこっちの動き牽制しつつ爆破の勢いと水蒸気の加速でカッ飛んできやがった。技はまだ荒削りだけど、戦闘力だけならもう中級相当はあるだろうな」

 

「えへへ。いつかお兄ちゃんにも勝つよ!」


「お、お兄ちゃん勝てる気しないけどなぁ……」


 ミーソだって桜閃流中級だ。そんな人間に勝てるエムに俺がどう勝てると言うのだろう。

 エムはもしかしたら騎士の才能があっても人を見る目は無いのかもしれない。


「昨日ビネガーも負けたっつってたし、アタシらじゃもうエムの相手になんねえよ。旦那なら勝てるかもしんねーけどな」

 

 ラメクは我が家で唯一二大流派が両方中級だ。それくらいしないとエムには歯が立たないらしい。


「そういえば、父さん達朝から出かけてるけど何処に行ったの? 夕方頃に帰るとしか聞いてないんだよね」


「……領地の西の方に魔獣が出たから討伐しに行った。ノア様も領主になったら、強い魔獣が出た時討伐しに行く事になる」

 

 魔獣か。

 生物が魔力を過剰生産する魔力暴走という現象を起こすと魔獣に変化する。魔獣になると積極的に人間を襲って甚大な被害が出るので討伐は必須だ。基本的にはその場にいる住民達が倒すが、あまりにも強い魔獣の出現が分かった場合は領主やお抱えの兵士達が討伐するよう決められている。

 

「父さん達が出たって事はかなり強い魔獣なんだよね、父さん達大丈夫かな?」

 

「ま大丈夫だろ。旦那はアタシらメイドが束になっても勝てないくらいには強いからな。帰ってくるまで遊んでようぜ」


 まあ心配した所で何かできる訳でもないし。帰ってきた所を子供らしく元気よく出迎えてやるか。

 

 ♢♢♢


 そんなこんなでエム達と練習しながら遊んでいると、いつの間にか日が傾いていた。夕飯の時間だ。動き回りすぎて足が痛い。

 使っていた木刀を片付けようとして立ち上がった所に、シュガーとビネガーが歩いてくる。

 

「お夕飯ができたので呼びにきました! ご飯にしましょう! と言いたい所ですが!」


「こりゃ皆先にお風呂だね。もー、皆揃って洗濯当番(ウチ)の仕事増やしてくれちゃって〜」


 ビネガーが1番汚れているエムの頬をむにむにと揉む。揉まれたエムはきゃーと言いながら、ミーソの後ろに逃げて行った。


「ひひひ、待て〜! もっと揉ませろ〜!」


「服は出しておきますのでおはや……めに……」

 

 何かを言おうとしたシュガーが急に動きを止めた。俺達の後ろの空を見つめている。不思議に思った全員がその方向を向き、静寂が場を支配した。

 西の空、夕日を背に遠くから何かが数体飛んできている。

 鳥だ。


 いや、羽ばたく姿は明らかに鳥だが鳥にしては妙に大きい。世界最大の鳥はダチョウらしいが、そのダチョウと比較してもかなり大きい。大型のヘリコプターくらいのサイズだろうか。

 

 だんだんとこちらに近づいてくる。目を凝らすとその姿がハッキリと見えた。

 外見は鷲に似ている。鷲をそのまま大きくしたような形で、体毛が嫌にどす黒く、全身から黒いオーラを放っていた。

 そんな中、爛々とした目だけは怪しい赤に輝き、視線は明確に俺達を狙っている。


 シュガー達の表情が歪む。静寂を切り裂いたのはエムの無邪気な声だった。


「あれなぁにー?」


「あれ……はは、ヤバ。どう見ても魔獣だねぇ」


「なんで! だって鳥型の魔獣は今日ご主人様達が討伐しに行ったんですよ!?」


「知るか! ゴタゴタ言うのは後だ! 旦那達がいない以上アタシらで対処するしかねえ!」


 鳥達のうち数匹が地上に降り立った。俺達を取り囲み、逃げ道を塞いでいる。そこそこに知性があるらしい。

 降り立ったのは五匹、空では三匹が周回して様子を俯瞰している。

 足から頭まで優に五メートル強。もはや鳥なんて生易しいものではなく、バケモノとでも形容した方がいいだろう。重い足音を響かせ、こちらにゆっくりと近づいてくる。

 緊迫する状況の中、シュガーが全員に命令を下した。


「お二人を中心に円形に構え! 命に替えてもお守りします!」

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