規格外
屋敷の庭は青々とした芝生が広がり、所々に立派な木も生えている。貴族家らしい丁寧に管理されたかなり広い庭だ。剣を振り回そうが、魔法をぶっぱなそうが誰にも迷惑がかからない。ここなら鍛えるにはうってつけだ。
さて、ノルン騎士学園には入学試験がある。内容は剣術、魔法、筆記の3つだ。筆記は問題無いが、魔法は使いたてホヤホヤのペーペーだ。剣は握った事すら無い。瑛二のように剣道部なら良かったんだけどな。
「ノア様戦闘経験の方は、うん。無いですよね」
「もうまったく無いね」
あるとすれば脳内妄想バトルくらいである。
「なら剣を振る前に基礎から知っていきましょう。剣の世界には二大流派、桜閃流と小椛流があります」
「へー、それぞれどういう違いがあるの?」
「簡単に言えば攻撃特化の桜閃流と防御特化の小椛流ですね。一応他にもいっぱいありますけど全部二大流派の派生です」
二大流派は数千年の歴史を持っているかなりスゴいやつらしい。
剣を生業とする者は片方を学び、もう片方を齧るのが基本らしい。とりあえずメインの流派を決めるのはある程度成長してからにして、今は両方学んで行く予定だ。手に馴染む方をメインにすればいい。
「ち・な・み・に、私は桜閃流中級。ソルトは小椛流中級です。ふふ〜ん。こう見えて凄いんですよ」
「……基本的な事は全部教えられる。存分に頼って欲しい」
「おお〜。ごめん、中級ってどのくらい凄いの?」
シュガーがずっこけつつ教えてくれた。
剣の腕は流派事に階級で表される。下級、中級、上級、緋剣・蒼剣の4段階で、下級は俺みたいなペーペー。人に教えられるとか強い魔獣を倒せるだとか、剣で飯が食えるプロ級になってようやく中級だ。
とすると中級の2人は確かに凄いな。まだまだ若いのに。
「よし、じゃあ2人を目指して両方頑張ります!」
「……いい心構え。将来は剣聖だね」
「おお、剣聖!!」
やはりいるんだな、剣聖。
剣士の階級の最上位、緋剣・蒼剣。各流派には奥義があり、桜閃流奥義を会得すれば緋剣、小椛流奥義を会得すれば蒼剣を名乗れる。この2つの称号揃えれば晴れて剣聖を名乗れる。という訳だ。魔術師にも似たような階級があるらしい。
よし、概要はなんとなく把握した。
目標は2人より強くなる。そのためにまずは身体強化や型、技を覚えないとな。
「まあ座学もこの辺にして、そろそろ体を動かしましょう! ソルト!」
シュガーが木刀を取り出した。実際に動き見せるつもりのようだ。
「はいはい……力、快諾、人望、過ち、崩落、大地の胎動、地平と焦燥、虚脱と懺悔」
ソルトが芝生に触れて詠唱する。
すると地面が盛り上がり、ボコッと岩が生えてきた。岩を生やす魔法だ。こんなので何する気だ?
「行きますよー! よーく見ておいてくださいね!」
岩から20メートルほど離れたシュガーが姿勢を低くし、抜刀の構えを取る。シィィと大きくゆっくりと息を吐く音。岩を睨みつけ、大きく踏み込んだ。
「一ノ太刀・風切!」
シュガーの姿が消える。
突然の強風。髪や服が後ろに引っ張られ、思わず目を閉じてしまう。
目を開けるとシュガーが岩の前で木刀を振り切ったまま静止していて、岩は綺麗に真っ二つになっていた。
「はぇ?」
「ふぅ。よし、ノア様もやってみてください!」
「いや無茶言わないで!?」
いきなり岩が切断できてたまるか。
しっかし凄まじいな身体強化。斬ったのは木刀だぞ。真剣で斬ったような、ツルツルの物凄い綺麗な断面だ。
「……じゃあ次は水面ノ太刀。これは相手の攻撃を受け流す小椛流の基本技で……」
色々説明されていざ剣を握ったが、身体強化が使えないので2人のような動きなどできる訳が無かった。
とりあえず素振りや筋トレといった基礎的なトレーニングにシフトする。走り込みに腕立て、うんうん。トレーニングしてる感があるな。
昼下がり、お次は魔法の練習だ。
色々迷った結果、俺の生得魔法は水蒸気を操る魔法と名付けた。シュガーに湯気を操る魔法と言われたが、なんかダサいので丁重にお断りさせて貰った。
さて、俺の生得魔法の発動プロセスは昨日使った時になんとなく分かっている。
まずは水蒸気を出す体の位置を設定、次に放出量を決め、最後に出力を設定すると湯気が出てくる。これは発動中の調整・変更も可能だ。これら設定を変えると魔力消費が増える。
何も設定せずに頭に魔力を流すと、手のひらから扇風機くらいの風量で湯気が出てくる。クッソ弱い。
とりあえずこれを標準。デフォルトとしよう。
基本的な効果は体から水蒸気を出せる。かつオマケとして、何か物に触れていればその物からも水蒸気を出せるようになるみたいだ。
色々分かった所で少し実験してみよう。
とりあえずの出力と放出量を最大に設定。背後に放出する事で水蒸気を推進力にし、その状態で走ってみる。
「よっしゃ、発しゃあああぁぁぁぶへぇ!?」
一瞬背中に強い衝撃が走り、そのまま前方へぶっ飛んで地面に転がった。
思ったより出力は強く設定できるみたいだな。今の5分の1くらいでもいいかもしれない。
「大丈夫ですかー! んー、私もああやって色んな使い方できる魔法が良かったなぁ」
「……これは開発のしがいがありそう」
シュガー達がこっちを見ながら何か話している。なんか子供が新しいおもちゃを見つけた時のような目を向けられてる気がするな。
とにかく今は調整あるのみだ。放った水蒸気の推力で動きを補助したり、水分を染み込ませて芝生にぬかるみを作ったり。色々試してみるのだった。
生得魔法の練習もそこそこに、詠唱魔法の練習に入る。やる事は詠唱の暗記と的を撃つ練習。ぶっちゃけ生得魔法より大分地味だ。
けどまあ何事も最初はこんなもんだよな。いきなり戦闘であんなクソでかい狼と戦えなんて言われても無理だし。
魔術入門片手に火球を飛ばす魔法で岩を撃っていると、すぐに魔法が出てこなくなってきた。だいたい10回くらいだろうか。
「もう魔力切れかぁ」
「まあ生得魔法も沢山使いましたし仕方ないですよ。明日また頑張りましょう!」
なんにせよ魔力切れは良くない。昨日学んだことだ。
倒れる前にやめよう。
「そういえば昨日より多く魔法使えてるかも」
「お、いい所に気付きましたね! 魔力は使う程増えていきますよ!」
筋トレ後の超回復のように、使った後しっかり休むと増えるらしい。
よし、魔力は毎日限界まで使う方向で行こう。沢山あって困るような物でも無さそうだしな。
現状、魔法方面での目標はまず魔力を増やす事と、次に生得魔法の開発。あとは詠唱文を見なくても詠唱魔法を使えるようになる事だ。
よっしゃ、やってやるぞ。
♢♢♢
午前中は剣術を、午後は魔法を、そんな生活を続けていたある日、練習が中断された。テノシーが産気づいたのだ。
体調が悪そうだったのは妊娠による症状だろう。
ソースの指示で家中の全員が総動員し、母子ともに健康に産まれた。ソースは助産経験豊富らしい。むちゃくちゃ頼もしかった。
産まれた子供の名前はエム。俺やラメクそっくりな赤い髪の女の子だった。
「おおおお女の子か……!」
「ラメク様! 落とさないでくださいよ!!」
ガタガタと震えるラメクがエムを抱き上げる。
「ノア、妹だぞ妹!」
ラメクが抱いているエムを見せてくる。
小さくなった俺の手よりも更にちっちゃい赤い手がぎゅっと小指を握る。
暖かい。
前世では一人っ子だったので、妹ができるのはどこか不思議な感覚だった。
エムは順調に育った。
ラメクが抱くと泣いて、テノシーが抱いても泣いて、俺が抱いても泣く。
俺が赤ん坊の時にまったく泣かなかった影響かラメクとテノシーは少々困惑していたが、スープはこれぞ元気な赤ん坊だとか言って1人だけ元気にあやしていた。将来はおじいちゃんっ子になるのだろうか?
そんなこんなで3年。エムが色々とできるようになるとラメクやテノシーはやはり親バカを発揮し、歩けば天才、喋れば天才と持て囃した。俺が小さい時も似たような感じだったし、こんなもんなんだろう。
まあ、初めてにーにと呼ばれた時は俺も親バカに加わったが……
しかし、実際天才みたいな素振りもあった。文字を読めるようになるのも早かったし、四則演算も少し教えればすぐマスターした。
俺はちょっと転生してるけど、この子は素で頭がいいのかもしれない。羨ましいぜ。
そんなエムの誕生により、俺の生活は変わって行く事になる。
♢♢♢
初夏から仲夏頃。セミの声が聞こえ始めていた。
いつも通り2人と剣の練習をしていたの時、エムが玄関から顔を覗かせているのに気がつく。
日差しを反射した眩しい瞳と目が合うと、リボンとポニーテールを揺らしながらニコニコの笑顔で近づいてきた。
「何してるのー?」
「剣の練習だよ。お兄ちゃん騎士になるからね。頑張らないと」
エムが綺麗な目をさらに輝かせる。そしてふんふん歌いながら、エア木刀を振り回し始めた。多分よく分かってないな。
「エムも剣術やってみる?」
「!! やる!」
元気のいい返事。シュガー達も承諾してくれたので、4人で練習する事にした。
最近、少し伸び悩み気味なのだ。一向に身体強化が出来なかったり、上達してる実感が無かったり。そんな状態なのでリフレッシュにこういう新しい刺激があるのもいいだろう。
「よーし、見ててください妹様! 一ノ太刀・風切!」
張り切ったシュガーが一ノ太刀を披露している。
ああやって岩を簡単に両断してしまうのは相変わらずどうやっているのか謎だ。いや、魔力で人並外れた力を出しているという理屈なのは知っているが、いつ見ても慣れない。
「おー。凄いねぇ。スパッと1発だよ」
「エムもできるよ」
エムがドヤ顔で俺の木刀を持って前に出る。木刀のサイズはエムに合ってないし、構えも見よう見まね。まあまだ小さい子供、と言った感じだ。
そんな様子を見ていたシュガーが耳打ちしてくる。
「終わったら褒めてあげてくださいね。大好きなお兄ちゃんに褒められたらやる気バッチリですよ!」
「大丈夫、分かってるよ」
エムはソルトに色々と教えられながら抜刀の構えを調整している。ああ、実に平和で微笑ましい光景だ。
こんな平和な日が続くといいね。
「一ノ太刀・風切」
エムの呟き。同時に風が周囲を薙ぎ、屋敷の窓ガラスが音を立てて砕け散った。
シュガーが頭に付けていたメイド用カチューシャが風に舞い上がり、ゆっくりと地面に落ちる。
だがシュガーも俺も、それを拾おうとすら考えられなかった。
「どう!?エム凄い!?」
てとてとと走ってくるエム。その後ろ、エムによって真っ二つにされた岩の姿が目に飛び込んで来ていた。
「え、え? 私より速、は?」
震えるシュガーの声。
俺自身の手も僅かに震え、心音が強く聞こえてくる。
「ねーえ! どうだった!?」
身体強化は普通、何年も研鑽を積んでできるようになる事。前にシュガーが言っていた事だ。まだ3年しか経験を積んでない俺が扱える物ではない事は理解している。
だが今俺に甘えているこの子は、一瞬でそれを会得し使いこなした。転生者の俺が魔法を使いこなしたのと同じ事を、素でやったのだ。
「なんの音だ!?」
ラメクがバランスを崩しながらドタドタとやってくる。突然の音に驚愕の色を浮かべ、この場にいた俺達を見ていた。
地面にへたり込んでいたソルトが顔を真っ青にしながら岩を指差す。
「……ご主人様。い、妹様があの岩を」
「こ、これを、エムが、やったのか?」
綺麗な断面を触るラメク。やはり信じられない物らしく、シュガーとソルトに対し何度も確認を取っていた。
シュガーが只管にこくこく頷く側、ラメクが俺にも目を向けたため静かに頷いた。
ラメクの口角が上がっていく。
「こうしちゃいれん。スープ、スープ! 街に行くぞ!」
ラメクがスープを呼び、共に馬に乗って駆けていく。
俺はエムを抱きながら、その後ろ姿をただ見ているしか無かった。
♢♢♢
「ちゃっす。ビネガーちゃんだよん」
「ミーソだ! よろしく頼む!」
ラメクは新しいメイドと共に帰ってきた。シュガー達と同年代くらいの子で、ビネガーはとろんとしたタレ目の金髪ショートヘアの子。ミーソはキッとしたツリ目で赤髪ボブカットの子だった。
「2人にはエムの世話を頼む。迷ったらこの2人に色々聞いてくれ」
「ふっふーん。このシュガーちゃんになんでも聞いて下さいね!」
「シュガーちゃん先輩、なんでこんなにガラスが散乱してるのん?」
ラメクが2人のことを色々と紹介していたが、なんだか目の前の事に集中できずにいて、時間だけが過ぎていく。
頭にあったのは、エムが一ノ太刀を使ったあの瞬間だけだった。