異世界転生といえばチート能力だよね
狩りから帰った後、俺は真っ先に書斎に向かっていた。
騎士になるためにはまず騎士学園に通って戦う術を学び、騎士号を得る必要がある。そこで俺は王立ノルン騎士学園という学園を目標に据えた。
ノルン騎士学園。ルカナ王国の中でも最高峰の騎士排出実績を誇る超難関学園だ。受験期にはその狭き門を通るため、国中からからエリート中のエリートが集まる。
主人公になると決めたのだ。目指すは騎士の頂点。ならここは最適だ。
今の俺は2歳。強くなるために体を鍛えるにしてもあまりに未熟すぎる。
では何をすればいいか。魔法を鍛えればいい。そんな訳で、まずは情報収集をしようという訳だ。
書斎を漁ると魔法について書かれたボロっちい本を見つけたので、自室に持ち込みじっくり読み込む。
本のタイトルは魔術入門。魔法の仕組みについての解説と幾つかの詠唱文が載っている。この本で色々な事が分かった。
魔法の発動には術式と魔力。この2つが必要になる。
術式に魔力を流すと術式に則った魔法効果が得られる訳だ。
そして魔法は2種類に分ける事ができる。
生得魔法、そして詠唱魔法だ。
ラメクの爆発を起こす魔法のように、人間は1つ術式を持って産まれる。その人だけが使える唯一無二の物で、これが勇者伝記にも出ていた生得魔法だ。
もう1つの詠唱魔法は名前の通り詠唱文を唱えて使う魔法である。
2つはほぼ同じ物だが、利便性が圧倒的に違う。人によっては生得魔法一辺倒になるほど生得魔法が使いやすいのだ。
例えば生得魔法が水を放つ魔法なら水量や射出速度、発射箇所、とにかく色々調整しながら発動できる。さらに長ったらしい詠唱もいらないのだ。
詠唱だと3〜5秒ほど詠唱した上でテニスボールくらいの水玉が手のひらから出てきてぽーんと飛んでいくだけらしい。とんでもなくコスパ悪いな。
よし、まあとにかく今は魔法を使ってみよう。何事も行動することが大事だ。
書いてある詠唱文に目を向ける。
火球を飛ばす魔法やら水を放つ魔法やらあるが、安全そうなやつから。体が光る魔法があるな、これでいこう。
「期待、乖離、失望、陰気、暴走、脱兎の行先、孤独と絶望、憎悪の矛先」
単語を指さしながら口に出す。
どうでもいい事だが、テノシーの使ってた火球を飛ばす魔法といい、この世界の詠唱ってのはなんか薄暗い単語ばっかりだな。もっと我求めたる所に的な厨二病溢れる文章みたいなのを想像していた。これはこれで厨二病感あるけど。
ふと指先に何かが集まっていくような感覚がする。同時に、右手の人差し指の先端が懐中電灯のように光った。
「おおおお……」
魔法だ。
俺は今、魔法を使っている。
正直人差し指が光るとかいうめちゃくちゃシュールな図だけど、前世に無かった物だ。なんだかすごいワクワクする。
1分ほどで発光が収まったので魔術入門に目を戻す。さあ、引き続き魔法を――
「ノア様、いるかい?」
「おわー!!
そ、ソースか。どうしたの?」
黒髪のおばあちゃん、ソースがガチャリとドアを開け部屋に入ってくる。ノックくらいして欲しいぜ。
ソースは俺の姿を確認すると、微笑みながら俺を抱き上げる。
「新しいメイドが来たのよぉ。今玄関で待ってるから、ノア様も挨拶しに行こうねぇ」
新しいメイドか、おばあちゃんでも増えるのだろうか。
怖い人は苦手だ、優しい人だといいなぁ。
♢♢♢
「皆様初めまして! 私、シュガーと申します!
よろしくお願いします!」
「……ソルトです。よろしくお願いします」
わぁー。ぴちぴちの若い女の子だぁ。可愛いなぁ。
だいたい中学生くらい、十二、三歳といった所か。
シュガーは綺麗な長い銀髪で、まんまるの茶色い瞳と笑顔を崩さない口元が可愛い子だった。喋り方は元気いっぱいで明るい。
ソルトは青髪のショートヘアで、大人しそうな綺麗系の美人さんだ。喋り方もゆっくりで落ちついていた。眠そうな目で俺の顔をじっと見ている。
いやはや、若い女の子が来てくれておじさん嬉しくなっちゃうねぇ。
いやいやいや。エロいおっさんの真似してる場合じゃないよ。二人とも前世の俺より年下じゃないか。なんで私チョー働きますみたいな顔してるんだ。
やっぱり時代か? 時代なのか?
「簡単に聞いているとは思うが、二人には主にノアの世話をしてもらう。
詳しくはスープとソースから聞いてくれ」
「はい! なんでもお申し付けください!」
「……全力でお仕えします」
2人はラメク達に対しぺこっと頭を下げる。
俺の世話係のようだ。スープとソースで事足りているような気はするが、2人は基本的にラメク達を支えている。
スープ達が俺を見る時間を減らしたいという事だろう。
それに最近、何故かテノシーが調子悪げだし。
こうして、家族が二人増えた。
♢♢♢
二人との挨拶もそこそこに、部屋に戻って魔法について引き続き調べる。
俺が魔法を使えるのは分かった。詠唱した時の指先に何かが集まっていく感覚、あれが魔力だろう。
魔力を操れさえすれば生得魔法の発動もできるはずだ。次はその生得魔法を試す。
俺だけの特殊能力、気にならない方がおかしいだろう。
それに俺は異世界転生者、SSSSSランクの最強スキルとか、数万人に一人のユニークギフトみたいなとんでもなく強いチート魔法かもしれない。
ぐはは、楽しみで仕方ねえぜ。
よーし、魔力ぅ〜流れろ〜流れろ〜。
にゃむにゃむにゃむ……
……
……
なんも出ねえ……
とりあえずまずは魔力操作を身につけなければ。魔術入門にも魔力の操り方は書いていない。多分操れて当然の事なんだろう。入門書なんだから書いとけよ。
はてさて、どうしたものか。
行き詰まったため息抜きに散歩しようと廊下に出ると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「このお屋敷広すぎるよぉー! ここどこぉー!」
「……とにかく、誰かに会わないと」
今しがた聞いた2人の声。廊下の奥で、掃除用具を持っているシュガー達がいた。同じ場所を行ったり来たり、右往左往している。目に見えて迷子だ。
ただ見ているだけなのもはばかられるので声をかけてみる。
「2人とも、どうしたの?」
急に現れた俺に対する2人の反応は対極なものだった。
「かわいー! えっと、お名前が確か」
「ノアだよ。よろしくね」
「えー凄い凄い、自己紹介できるんだぁ! 私はシュガーだよー! よろしくね!」
距離を詰めて撫でるわ、俺のほっぺちゃんをもちもちして遊ぶわとぐいぐい来るシュガーに対し、ソルトはじいっと俺の顔を見つめている。目を合わせると少しビクっと反応したが、ただ見つめてくるだけだった。
その表情から感情は読み取れない。ま、人見知りなのだろう。ゆっくり仲良くなればいい。
「所で、掃除は大丈夫なの?」
「はっ!? 忘れてましたー! 迷子なんですー!」
シュガーが泣きついてくる。今日は初日だし屋敷も広いし、そんな事もあるだろう。それにまだまだ子供だしな。
ここは1つ、色々と手伝ってやるか。
「もし良かったら俺が屋敷の案内しよっか?」
「いいんですか? しかし、ノア様の手を煩わせる訳にはいかないと言いますか」
「なぁに、このくらい煩う内に入んないよ。任せて!」
どんと胸を張る。
部屋まで案内するだけだ。誰でも出来る。
指定された場所は使用人達が使う寝室。4人まで過ごせる広さの大部屋だ。ここでシュガー達が寝泊まりするらしい。
「いやぁありがとうございます! 助かりました!」
「またいつでも頼ってね」
女の子に撫でられて悪い気はしない。まだちびっ子な今のうちに堪能しておこう。
そんな光景を見ていたソルトがゆっくり近づいてきて俺に目線を合わせた。
「……ありがとう、ございます」
頭に優しく触れられる。向こうから来てくれるとは思って無かった。これは仲良くなるチャンスだ。
満面の笑みで返事をする。
「どういたしまして!」
「……!!」
サッと手を引いて、目を逸らされてしまった。まだちょっと早かったか。
「さあさあ、早速お掃除開始です!」
シュガーが腕をまくり掃除に乗り出す。俺は役立てそうにもないし、そろそろ退散しよう。
「じゃあ俺は部屋に戻ってるよ。また何かあったら呼んでね」
「はい! ありがとうございます!
よーしお掃除お掃除〜」
部屋に戻ろうとした時、人1人が寝れるベッドを複数個、軽々と持ち上げているシュガーが横を通り過ぎた。
「へ?」
「うへ〜埃まみれ。この部屋どのくらい使ってないんでしょうね〜」
シュガーが廊下にひょいとベッドを置くと、廊下にズシンと衝撃が走った。
シュガーの腕は女の子らしい細腕だ。そんな腕で大型家具を軽々と持ち上げられるとは考えにくい。
ベッドに手をかけて持ち上げてみるが、ビクともしない。このベッドが極端に軽いわけでは無さそうだ。
「よ、よくこんなの簡単に運べるね……?」
「え? まあ鍛えればこのくらい余裕のよっちゃんですよ!」
マッスルポーズでこれくらい普通、みたいな顔されても困るぜ。
多分あれだな、魔力で身体強化してる的なやつだ。
同じくソルトが残りのベッドを運んでくる。彼女も身体強化が使えるらしく、重そうなベッドを抱えている。だが、シュガーと違い少しフラフラしていた。
「……ぁ」
バランスを崩してベッドが床に落下する。
床とぶつかるその前にシュガーがキャッチして支えたため支障は無かったが、ソルトは床にへたりこんでしまった。
「……ごめん」
「もー無茶しないでね。こっちは私が運んでおくから、先に窓と床やっておいて!」
ソルトの落とした家具をシュガーが軽々と運んでいく。
ソルトは俯きながらはたきを手に取り窓のフレーム掃き始めた。
「大丈夫? 怪我してない?」
「……大丈夫」
ソルトがはたきの柄をぎゅうっと握りしめる。
ぽつりと、何かを呟いた。
「……早くできなきゃいけないのに」
「できなきゃいけないって、さっきの事?」
「……うん」
2人の超パワーは魔力を体に巡らせる事で爆発的に身体能力が向上する現象を利用した技術らしい。まあ予想通りだな。
普通は戦闘に用いる物だが、シュガー達は業務の効率化に転用しているとの事だ。
ただ、ソルトの場合まだ制御が完璧ではない。
先程のように弱くしすぎて物を落としたり、逆に強くしすぎて持っている物を握り潰したりしてしまうらしい。
「……私は口下手だし仕事もダメダメ。それに引き換えシュガーは優秀だし、皆に好かれやすい」
ソルトが部屋の外、うひ〜と言いながらベッドフレームのホコリをはたきで取り除いていくシュガーに目を向けた。
一つ一つの動作が素早い。確かに優秀なメイドって感じだ。話した感じ積極性もある。彼女はシンプルにコミュ力高めなのだ。
「……あの子に、迷惑かけないようにしないと」
ソルトが深く息を吐き、再びホコリを掃き始めた。
「まあそんな気を落とさないで。誰だって失敗するものだからさ」
「……分かってはいるけど、でも……」
「人は沢山失敗して成長するってよく言うじゃん。今は沢山失敗しちゃうかもしれないけど、頑張ってればいつかシュガーにも追いつけるよ」
ソルトが俺に顔を向ける。
口元に手を当て、クスリと笑った。
「……ふふ、ノア様って随分大人びてるんだね。まだこんなちっちゃいのに」
当たり前だろう。精神年齢だけなら君より年上だぞ。
不意にソルトの手が伸びてきた。
「……ありがとう。ちょっと元気出た。私、頑張る」
その後シュガーが戻り、2人ですっからかんになった部屋をテキパキと綺麗にしていく。
数分後、リビングくらいの広さの部屋は窓も床もピッカピカにされていた。
「はや〜い。2人ともお疲れ様」
パチパチと手を叩いておだてるとシュガーはえへんと胸を張り、ソルトは目元を隠すように目線を下げる。
2人を見比べるとシュガーは自信があるというか、余裕が見て取れる。余裕があるってのは大事だ。切羽詰まると何事も上手くいかない物だからな。
ソルトも先程の事で余裕が生まれてればいいのだが。
「ソルトから聞いたよ。本当に優秀だね」
「ありがとうございます! まあ、失敗する訳には行きませんから……」
シュガーの顔が俯く。が、すぐに先程と同じ眩しい笑顔に戻っていた。
「そうそう、早く動くやつ俺もやってみたい! 確か魔力を体に巡らせるんだっけ?」
「……そうだね。魔力操作ができるならいけると思う」
また魔力操作か。それができないんだよなぁ。
「魔力まだ操れないや」
「案内して頂いたお礼もありますし、私教えますよ!
やってみますか?」
「やる!」
ありがたい話だ。
そんな訳でシュガー達とちょっとだけ練習する事になった。
「まずは力抜いてください。だら〜ん」
シュガーが後ろから俺の手を取り、両手を前に突き出すようなポーズを取る。
うん、なんか2人とも距離が近くない? 女の子に囲まれるのは嬉しいけど何か犯罪臭がするな。
「どうかしました?」
「いえ、なんでも」
「そうですか? とりあえずお腹のこの辺に意識を集中させて、何かが集まるイメージをしてみてください」
シュガーが俺の後ろからヘソより下、丹田の部分をきゅっと抑える。
とにかく言われた通り、そこに何かが集まるイメージをしてみた。
少し集中していると、初めて魔法を使った時と同じ何かが集まっていく感覚がした。まずは頭まで意識を回してみる。
「頭に、頭に、頭に」
「まあ魔力操作って難しいですし、できなくてもあんまり気にしないでくださいね」
シュウウウウ……
謎の音が部屋に蔓延る。突き出した手を見ると、白い煙みたいなものが音と共に吹き出していた。
「え、あ、凄い、できてる、できてますよノア様! これ生得魔法ですよ!」
「え、これ?」
集中が途切れると謎の煙は止まり、霧散してしまった。同じように意識を集中しもう一度試してみると、やはり再びシュウウという音と一緒に、白い煙が出てきていた。
なんか見覚えがある。湯気だ。
「……もう使い方覚えたの?」
「まあなんとなく……?」
頭に送る魔力量を増やすと出てくる量や勢いが増えたり、肘から出したりと発射場所が変わる。まあ確かに利便性は高い。指が光っただけの体が光る魔法よりはこっちのが役に立ちそうだ。
それはそれとして。
「俺の生得魔法、湯気かよ!!」
存在しない何かに向けて嘆く。
sssssランクのチートスキルは、数百万人に一人の激レアユニークギフトは無いのか!?
俺は異世界転生者だぞ!!
「ご主人様は爆発を起こす魔法でお嬢様は水を浄化する魔法ですからね! 火と水、お2人の生得魔法が掛け合わされた素晴らしい魔法です!」
シュガーの熱演にソルトもウンウン頷いている。
う〜ん。なんかパッとしないなぁ。ラメクの魔法みたく派手さが無いと言うか。
ま、まあ確かに俺だけの唯一無二の魔法だ。それにこれから覚醒するハズレスキル系かもしれない。頑張って鍛えてみよう。
さて、魔法の次は身体強化だ。
再び腹に意識を集中し、今度は全身に意識を巡らせる。そのままベッドを持ち上げ、
られなかった。
「むむむむぅ……! む、無理だ!」
ベッドから手を離し大きく息を吐く。手が痛い。
集まった魔力を頭に送るのと同じ要領で全身に巡らせてみたが、まったく上手く行かなかった。何か間違えたのだろうか。
「うーん、なんでできないんだろうなぁ……」
「いやいや、普通は年単位で鍛えて習得する物ですからね!?」
大人でも身体強化が使えない人はわんさかいるらしい。そもそも基本的に騎士や兵士など戦う人間しか使わない上、その割合は10人に1人くらい。そこから更に鍛えて習得するのだ。
つまり練習あるのみって事だな。
「……練習するなら私で良ければ手伝う」
「本当に!?」
「あちょ、ズルい! 私もやります!」
2人は俺の世話係兼教育係として家に来ていて、本来なら俺が7歳になってから騎士になるため鍛え始める予定だったらしい。が、なんか才能ありそうだから今のうちに鍛えようとの事だ。
うん。なら断る理由は無い。お願いしよう。
「よーし、じゃあ明日から頑張りましょう!」
「……ノア様は魔法を一瞬で使いこなしちゃったし、期待大だね」
「ふふ〜ん。もっと使いこなしちゃうよ〜」
魔法を使おうと人差し指を立てる。しかし今度は一向に湯気が出てこない。
急に魔法が使えなくなったかと焦って何度か試したその時、ぐにゃりと視界が霞む。同時に足から力が抜けてバランスを崩しその場に崩れ落ちてしまった。
「ちょっ、大丈夫ですかぁ!?」
横でシュガーがわたわた慌てているのが分かる。起き上がろうと腕を動かすが震えて力が入らず、体を起こせなかった。
「な、なんだこれ……?」
「……魔力切れかな。大丈夫、しばらく安静にすれば治る」
ソルトが俺を抱え上げ、俺の部屋まで連れて行ってくれた。
確か人間はアデノシン三リン酸、ATPをエネルギー源として体を動かしている。おそらくこの世界ではATPに加えて魔力もエネルギーとして体を動かしているのだろう。故に魔力が尽きると体を動かすエネルギーが足りなくなる。お腹が空いて動けないようなものか。
全身が嫌に気怠くて自力で起き上がれないし、あんまり良いもんでもない。風邪ひいた時みたいだ。
魔力は最低限残すようにしよう。
そんな訳で翌日。1晩寝たら完全に回復し魔法もしっかり使えたため、シュガー達との練習が始まった。